第3話 血塗れのザガ

「ここがグラズルか……!」


 翌日の昼ごろ、俺たちは城塞都市グラズルへと辿り着いた。

 大きな川沿いに栄えるこの都市は、人間領との国境へ続く道の途中にあって、人間に侵攻された時に王都を守る役割を持つ重要な都市なのだ。


 グラズルは王都ほどではないけど結構大きめな都市で、結構な人で賑わっている。

 露天もたくさん出ていて楽しめそうだ。


「そういえばガーランの用事ってなんなの?」

「そういや言ってなかったか。ここの領主に相談を持ちかけられたんだ。本来であれば魔王の業務を差し置いてやることは出来ないんだが、グラズルなら前線基地に向かうまでの途中にあるし、ここの領主は旧知の仲だから特例で時間を作ったんだ」

「ふうん。じゃあまずその領主に会いに行くんだね」

「そういうことだ。相手にはアル坊は俺の養子ってことにしてるからそのつもりで動いてくれ」

「オッケー、つまりいつも通りってことだね」

「まあそういうことだな」


 そんな取り留めのない会話をしながら俺とガーランは、領主の待つ大きな館に入っていくのだった。


◇ ◇ ◇


「魔王ガーラン様、アルデウス様、お待ちしておりました。領主様が奥でお待ちです。こちらへどうぞ」


 使用人に案内されて俺たちは館の奥まで行った。

 その先で待っていたのはガーランに負けず劣らずの巨体を持った魔族だった。

 羊のように曲がりくねった立派な角。服をはち切らんばかりの膨れ上がった筋肉。見るからに武闘派の魔族だ。


 その大柄の魔族はガーランを見つけると嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「久しぶりだなガーラン! まだくだばってないとは流石我が好敵手ライバル!」

「そういうお前は少し筋肉が縮んだんじゃねえのか? 領主なんて似合わねえことやってっからそんなんになるんだよ」

「ハッハ! 確かに似合わんかもな!」


 領主は剛毅に笑い飛ばす。

 これがガーランの友人か。豪快そうな人物だ。


 そいつはしばらくガーランと話した後、俺に目を移した。


「ところでその子が例の養子クンかな? 初めまして、私がグラズルの領主にして君の父さんの友人、『ザガ・ヴァンホーテン』だ。よろしく」

「アルデウス・サンズです。よろしくお願いします」


 そう言って屈んだザガと握手を交わす。

 ちなみに「サンズ」という名字は偽名だ。魔王の息子サタンサンズという名字は一部の人にしか明かせないからな。


「アルデウスか、良い名だ。それに賢そうな顔をしてるじゃないか。お前にはもったいない」

「まあ確かにアル坊は俺にはもったいない出来た子だよ」

「ほう、からかったつもりだったが、そこまで入れ込んでいたか。『鏖魔おうまのガーラン』と呼ばれたお前が子煩悩になるとは誰も思わなかっただろうよ」

「ふん、悪名高い『血塗れのザガ』が都市の領主になる方が意外だろうよ」

「ガハハ! 違いないな!」


 ザガはそう笑った後、俺を見て口を開く。


「そうだ。君に紹介したい子がいるんだ。リズベット! 出ておいで!」


 そう大きな声を出すと、部屋の奥の扉が開き一人の女の子が現れる。

 金色の髪と瞳が特徴的な、可愛らしい女の子だ。歳は俺と同じくらいだろうか?

 彼女はおどおどしながらもゆっくり歩いてきて、ザガの後ろに隠れる。どうやら人見知りみたいだ。


「おいザガ、まさか」

「ああ、我が愛娘リズベットだ。歳は十一になる。少々人見知りだが優しく良い子だ、仲良くしてやって欲しい」


 リズベットと紹介された女の子はザガの後ろからチラチラと顔を出しこちらを見てくる。どうやら俺たちに興味はあるらしい。

 いきなりガーランが話しかけても怖がらせてしまうだろうし、ここは俺が先陣を切るとしよう。


「こんにちはリズベットさん。俺はアルデウス、アルって呼んで」

「よ、ろしくお願いします。ア、アル、さん……」


 緊張しながらもリズベットは挨拶を返してくれた。

 ふう、無視されたら心の甚大なダメージを受けるとこだったぜ。


「ガハハ! リズが初対面の人と話せるとは珍しい! そうだ、あっちの部屋でお菓子でも食べながらお話ししてるといい! パパはこの怖いおじさんとお話しすることがあるからな!」


 そう言ってザガは俺とリズベットを部屋に押し込めた。

 チッ、どんな話だったのか聞きたかったんだけどな。


「…………」


 リズベットは椅子に座り、俺の事をじっと見ている。

 ……気まずい、何か話さなくては。彼女の向かいの椅子に腰を下ろし、会話を試みる。


「えーと、リズベットさんは……」

「リ、リズで構いません、アルさん」

「そっか、ええとリズさんは……」


 そこではたと俺はあることに気づく。

 リズさんの金色の瞳から感じるほのかな魔力に。


「これは!」

「ひゃあ!?」


 リズさんに近づき、至近距離でその瞳を覗き込む。


「ち、近いですぅ……」


 間違いない、これは、


「魔眼だ、初めて見たぞ……! いったいどんな効果の魔眼なんだこれは?」

「ちょ、ち、ちか」


 気づけばリズさんの顔は真っ赤になっている。

 おっと近づきすぎたか。いけないいけない。


「ごめん、離れるな。でもその眼を見せて欲しいんだ。この通り!」


 手を合わせて頼み込むと、彼女は不思議そうな顔をする。


「魔眼が怖くないんですか? みんな怖がって近づいてこないのに……」

「怖い? 何を言ってるんだ! むしろ俺は興味津々だ! そんな素晴らしいものを怖がる訳ないだろ!」


 俺がそう力説すると彼女はまた顔を赤くし俯いてしまう。

 おや、また怖がらせてしまったか? 子どもの扱いは難しいな。


「……そっか。怖がらない人もいるんだ……えへへ」


 何やらぼそぼそ喋ってるがよく聞こえないな……。もしかして泣いてないよな?

 もし泣かしたらあのザガって人がキレそうだ。ガーランにも怒られそうだしそれだけは避けたいな。


「おい、大丈夫か?」

「は、はい! 大丈夫です! すみません、目にゴミが入ってしまって……」


 言ってリズさんは目元を拭う。

 目に光る物が一瞬見えたけど気のせいという事にしておこう。

 もしこれを認めてしまったらザガに何をされるか分からないからな……。

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