第15話 ネムママ

 俺のことを育ててくれた八人の魔王たち。

 みんな個性豊かで俺にとって家族同然の人たちだが、その中でもネムは一番「ママ」って感じの人だ。


 見た目は小っちゃいけど、落ち着きがあって頭が良くて優しい「出来た大人」。特に魔法に関する知識は凄くて、魔法の基礎は全部ネムから教わった。

 厳しいところもあるけど俺に甘い一面もあって、人前じゃ恥ずかしいから駄目だと言われてるけど二人きりの時は甘えるのを許してくれるのだ。


 大人の記憶を持つ身としては恥ずかしい部分もあるけど、体も脳も子どもなので甘えたい衝動はどうしても湧いてきてしまう。

 ネムはそれを茶化さずにちゃんと受け入れてくれるのだ。


……シルヴィアも受け入れてくれるだろうけどあっちはウェルカム過ぎて甘えづらい。子ども心は複雑なのだ。


「ねえ、ネムはどこ行ってたの」

「北方の国ニヴリアに行ってました。氷の女王と今後の事についての話し合いがありましてね」

「へー。ニヴリアって氷の国でしょ? やっぱり寒いの?」

「ええ寒いですよ。断熱魔法がなかったらすぐに凍っちゃいます」

「その魔法まだ知らないんだけど!」

「はいはい、後で教えますよ」


 ベッドに座るネムに寄りかかって、俺は子どものように甘える。

 『智王』の二つ名を持つネムの話はどれも面白くて聞いててタメになる。本当はずっと魔王城にいて欲しいんだけど、ネムは優秀なので城を空け国外に行くことが多い。

 もっと色んな魔法を教えて欲しいんだけどなあ。


「ねえ、今度はそれくらい王都にいれるの?」

「アルデウスには悪いのですが……今回もすぐにつことになりそうです。私もたまにはあなたとゆっくり過ごしたいんですけどね……」


 そう言ってネムは俺の頭を優しくなでてくれる。

 恥ずかしくて、くすぐったくて。ずっとこうされていたい気持ちになる。


「やっぱりそれって『勇者』関連なの? 最近大変だって聞くけど」

「そうですね。最近は特に侵攻が激しくなっています。兵たちの尽力で前線を維持出来てはいますが……事態が好転する見込みはありません」

「そうなんだ……」


 勇者。その正体は地球から来た人間だ。

 俺も地球から転生した存在なので勇者といえばそうだけど、他の勇者とは決定的に異なるところがある。


 それは呼び出した人と場所。


 一般的な勇者は女神教の神殿で神官の手によって召喚されるけど、俺は魔王城で魔王たちに呼び出された。

 神殿で呼ばれると女神に会うことが出来てその時に『異能チート』を貰えるらしいけど、俺は魔王城で呼ばれたのでそんなものは持っていない。


 勇者は『異能チート』だけじゃなくて、対魔族特化の色々な技を持っているらしく魔族たちは苦戦を強いられている。俺はその助けになりたいんだけど、中々デス爺がそれを許可してくれない。


「勇者が魔族に強いのは知ってるけどさ、魔王のみんなも強いよね。なんでそんなに苦戦するの?」

「一番の原因は『勇者が生き返る』ことにあります。勇者は死んだら記憶を維持したまま女神教の神殿で甦ることが出来るんです。それも何度でも」

「はあ!? 何それ!?」


 あまりにもズルすぎる。

 こっちは一度死んだら終わりだっていうのに。


 ……それにしても死んでもコンティニュー出来るとかいよいよゲームの勇者みたいだな。


「なので最近は殺さず生け捕りするようにしてるのですが、怪力の持ち主である勇者を普通の牢に入れるのも難しいですし、隙を与えると自害してしまうので上手くいってません」


 そう言ってネムは「はあ……」とため息をつく。

 よく見ればその目の下にはくまが出来ている。きっとロクに寝る暇もなかったんだと思う。俺も何か力になれたらいいんだけど……なにか……。


「あ」


 名案がひらめく。

 そうだ、これだ、これしかない……!


「ねえ、勇者って魔族領に入ってきてるの?」

「今の所そのような情報は入って来てませんが……北東の城塞都市グラズルに潜んでいるという『噂』ならあります」

「へえ……」


 グラズルか、そこならそんなに遠くないな。

 俺は一人ほくそ笑む。


「……アルデウス、また良からぬことを考えてるでしょう」

「え!? そ、そんなことないよ!!」


 必死に誤魔化すけどネムの目は欺けない。

 彼女は「はあ」とあきれたようにため息をつくと、俺の頭をまた優しくなでる。


「元気なのはいいことですが、あまりハメを外し過ぎないでくださいよ? 私だけじゃなくみんなあなたの事が大切なんですから」

「……うん」


 それはよく分かっている。

 でもこれは俺がやらなきゃいけないことだ。


「それでは私は部屋に戻ります。アルデウスも夜更かしせずに寝るのですよ」

「うん、おやすみ」

「はい。おやすみです」


 ネムは最後に一回、俺の頭をなでると部屋を出ていく。

 扉が閉まって十秒ほどすると、辺りを窺いながらグラムが魔剣より姿を表す。


「……いやあ、あの嬢ちゃん、小さいのに凄え魔力だったな。チビるかと思ったぜ」

「ネムママは本当の天才だからな」

「お前がそこまで言うとはな。しかしそんなに強くても勇者ってのには勝てねえんだな。恐ろしい奴がいる時代に目覚めたもんだぜ」


 勇者が初めて現れたのは、今から約百年前。

 それまでは魔族領と人間領はよい距離感を保っていて、争いはそこまで起きてなかったらしい。


 しかし百年の間にこの世界は様変わりしてしまった。


 たくさんの魔族が死に、国が滅び、領土が失われた。このまま戦争が進めば俺の家族も無事では済まない。だから、


「俺が『勇者が甦る魔法』を解明する。そうすれば魔族側こっちにかなり追い風が吹くはずだ」

「そりゃいい案だなアル。で、どうやって解明するんだ?」

「そんなの決まってんだろ?」


 ――――相手の勇者たちは元は地球から来た人たち。同郷だ。


 ――――でも関係ない。俺は家族のためなら修羅の道にだって落ちてみせる。


「勇者を生け捕りにして体を隅々まで調べる。場合によっては解剖することも考えてる」



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