第11話 決戦当日

 バグベア襲来当日。

 俺は昼からジェムシュタットに行く準備をしていた。

 するとそれを見たダークエルフのメイド、クロエが不思議そうに聞いてくる。


「ん? アルデウス様、どこか行かれるのですか?」

「ちょっと出かけてくる。上手く口裏合わせておいて」

「それはいいですが……あまり勝手なことばかりしているとバレてしまいますよ。特にデス様にバレたらマズいんじゃないですか?」

「う゛」


 確かにそれはマズい。

 デス爺はしつこいからな……アンデッドはみんなああなのだろうか。

 逃げようにもあの巨体でめちゃくちゃ速いし、力もビビるくらい強い。おまけに魔法の腕も凄いし……ってあの爺、ちょっと強すぎない?


 俺も結構強くなった気はするけど、まだ勝てるビジョンは見えない。おっかねえ爺だ。


「まあバレたら後で気が済むまで説教されるよ」

「ふむ、ということはそこまで重要なことがこれからあるのですね?」


 クロエは基本馬鹿だが、たまに鋭い。野生の勘ってやつだろうか。


「まあそんな所かな。明日の午前中には帰って来れると思う」

「……本来ならどこに行くのか聞くべきなのでしょう。しかしあえて聞きません、ご武運を」


 神妙な顔でクロエは俺に頭を下げる。

 全く、物分かりが良すぎるのも困りもんだな。こんなことされたら悪いこと出来なくなってしまう。


「……なるべく早く帰るよ」


 そう言い残して俺は自室の窓から外に身を投げ出し、決戦の地ジェムシュタットへと向かうのだった。


◇ ◇ ◇


 ジェムシュタットに到着すると、もうバグベアたちの迎撃準備は整っていた。

 子どもや老人、戦闘力の低い者を除く全ての魔宝石族ジェニマルがそこには集まっている。キラキラしてて眩しい。


 現場総指揮を任されてる俺は、現在の武器と戦士の配置状況や作戦の確認をする。なにせ急拵えの戦だ、確認はいくらしてもし足りない。

 今は宝石騎士団ジェムナイトの連中と打ち合わせをしていた。するとある人物が話しかけてくる。


「精が出ますね。アルデウスさん」

「おや、どうされたのですかこんな所に」


 現れたのは宝石都市の女王マリィ・ゴールドだった。

 戦闘中は城に避難している予定なのにいったいどうしたんだろうか。


「少しでもみなさんの不安を取り除ければと、声がけを行なっています。私に出来ることはそれくらいしかありませんので……」

「充分じゃないですか? みんな元気出ますよ」


 まだここで過ごした時間は僅かだけど、この都市の住民たちはみんなマリィ女王のことが好きなのは伝わってきた。

 だからこの人も本当は優しい人なんだろう。最初俺に冷たかったのは敵かもしれない俺に隙を与えないためとかだったんだと思う。


「まあ後ろでドンと構えてて下さいよ。現場は私がしっかりと回しますから」

「……貴方は本当に強いお方ですね。貴方を見ているといかに自分が弱く、矮小な存在であるかを思い知らされます」


 女王は柄にもないことを言うと、俺の前に来てしゃがみ視線を合わす。

 すごい整った綺麗な顔だ。気品って言葉を擬人化したらこうなるんじゃないか? 本物の金みたいに輝く髪も相まって王族感が凄い。

 本当にラビィはこの人と血が繋がってんのか?


「どうぞこれからは私に敬語を使わず話して下さい。戦いを見守る事しか出来ない私にそのような権利などないのですから」

「あ、そう? 猫被るの嫌だったんだよね。だいぶ楽になったわ。あ、マリィも俺のこと呼び捨てでいいぞ」


 急に態度を軟化させるとマリィも周りの魔宝石族ジェニマルたちも驚いたようにポカンと口を開ける。

 ん? 俺また何かやっちゃいま


「ア、アルデウス殿! 流石に非礼が過ぎますぞ!」


 マリィの後ろに控えていた騎士がそう割り込んでこようとするが、マリィはそれを手で制する。ふむ、急にフランクにし過ぎたか?

 子ども時間が長いせいかそこら辺の感覚がわからん。ちなみに大人の時もコミュ障だったろというツッコミは受け付けんぞ。


「よいのです。聞けば貴方……いえ、アルデウスさんは表の世界で王族関係者だとか。であれば私たちの立場は対等。いえ、協力して頂いてる分私の方が下のはずです」


 まあ王族関係者って言っても血は繋がってないけどな。ややこしくなるから黙ってよう。

 そもそも魔王っていうのは世襲制ってわけでもないんだがそれもややこしくなるからこれも黙る。もごもご。


「しかし私も国を預かる身。民の目もあるため同等とさせて頂きたいと思っていますが……」

「だからそれでいいって。仲間なんだから仲良くやろうぜ?」

「仲良く……そうですね。共に力を合わせ頑張りましょう」


 そう言ってマリィは花のような笑顔を見せる。男が見たら確実に心を奪われそうなほどの破壊力だ。俺もあと五年歳を取ってたら危なかったかもな。


「それでは私は王宮へ戻ります。どうかこの国を……民をお願い致します」


 最後に深く頭を下げ、マリィは消える。

 あの人と仲良くなれたのは大きな収穫だな。戦いが終わった後もこの国との関係は続く、色々とやりやすくなったぜ。


 さて、作業に戻るか……と思ったが、なぜか周りの人たちは俺のことをジッと見て動かない。なんだ、見せもんじゃないぞ。

 すると一連の様子を見ていた宝石騎士団ジェムナイツの団長ザックが顔を寄せ、小さな声で尋ねてくる。


「ア、アルデウス殿。陛下と結ばれたりしませんよね……? もしそうなると我々も貴方への態度を改めないといけなくなります」

「あ? 何でそーなるんだよ」

「いえ。あんな風に陛下が笑うのを見るのは初めてで……みな驚いているのです。陛下には浮いた噂もありませんし、もしや……とみな思っているのです」

「なんじゃそりゃ」


 お前ら揃いも揃って恋愛脳かよ。

 こんくらいで結婚だなんだと言ってたらシルヴィアやクロエと俺は何回結婚してんだよ。


「くだらねえこと考えてねえで散れ散れ! やることあんだろお前ら!」


 奇異の目で見てくる連中をシッシと追い払う。


「全く、暇なら日光浴でもしてろってんだ」


 魔宝石族ジェニマルは宝石都市の上空から降り注ぐ、『七色の日光』を浴びることでエネルギーを作れる。彼らは宝光浴と呼んでいるみたいだけど固有名詞が多過ぎるのでもう覚える気はない。勝手に言ってろ。


 この力のおかげで食事は摂らなくてもいいみたいだけど、娯楽として食事文化は無くなっていない。こんな閉鎖空間じゃ楽しみも少ないだろうしあった方がいいのは納得だ。


 そんなような事を一人考えていると、突然『ジリリリリリリりッ!』とベルの音が鳴り響く。どうやらお出ましのようだ。


『王都東北部に次元の歪みが発生しました。予想地点と誤差東へ十二度! 予想開通時刻二十分後です!』


 アナウンスは現状を正確に伝えてくれる。マニュアルを作った甲斐があったな。


「さて、やるとしますか……!」


 こっちもやる気充分だ。

 俺の、いや俺たちの力を見せつけてやるとしよう。

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