第9話 大脱走

「この剣は直せないですね」

「ええ!?」


 メイドのシルヴィアの言葉に、俺は愕然とする。

 魔剣を壊してしまった次の日、俺は彼女に剣を見せた。シルヴィアはメイドの達人かつ凄腕の剣士でもあるからだ。その素早い剣捌きはとても目で追えないほどの速さだ。


 当然剣士だから剣に関しても詳しいはずなので、魔剣を壊した次の日に見せてみたところ、なんと修復不能と言われてしまった。


「わ、わかった! 勝手に剣を見つけたから意地悪してるんだろ!」

「違いますよアル様。見つけてしまったものは仕方ありません、不問とします。この剣が治せないのは素材が理由なんです」

「素材?」

「はい。鑑定してみたところ、この剣には特殊な鉱石『魔鉄鉱まてっこう』が使われています。これはあまり市場には出回らない希少金属、手に入れるのは難しいと思います」

「魔鉄鉱かあ……確かにそれは手に入れるのが難しそうだな……」


 魔鉄鉱は昔の時代によく使われた、魔力を溜め込む性質のある鉱石だ。

 その性質から魔武器のいい素材になったのだけど、そのせいでかなり昔に掘り尽くされてしまったとデス爺から教わった覚えがある。


「ねえ、何とかならないのシルヴィア?」


 必殺上目遣い攻撃。

 元成人男性としては恥ずかしさも感じるけど、今の俺の感性はほぼ子どもになっている。目的の為ならこれくらい喜んでやれる。


「うぐっ! そのような可愛らしい目で見つめられても、こればかりは私の力ではどうしようもありません……」


 ちっ、失敗したか。

 俺に甘々なシルヴィアが無理だと言うんだから魔鉄鉱を手に入れるのはよっぽど難しいんだろう。

 しかし……せっかく魔剣が手に入ったのに、こんな壊れた状態じゃ研究出来ないぞ。何かいい方法はないだろうか?


「そういえば、王都東部にある山脈『ビキニール山脈』にまだ少量の魔鉄鉱が残っている……と聞いたことがありますが、まあ所詮眉唾でしょうね」


 シルヴィアの言葉に、俺の耳がピクリと動く。

 俺はにやりと笑みを浮かべながら魔剣を触り、心の声でグラムに語りかける。なんと悪魔は触れていれば声に出さなくても会話できるのだ。


(おいグラム。聞いてたか)

(聞いてたけど……まさか、自分で採りに行く気か?)


(ああ、そのまさかだよ。欲しい物は全部この手で手に入れるタチなんだよ俺は!)


 魔鉄鉱を採りにいくことを決めた俺は、早めにベッドに入った。

 シルヴィアに気づかれないよう真夜中に出発するぞ!


◇ ◇ ◇


「おはようございます、アル様♪」

「……うそん」


 月が空を支配する深夜。

 動きやすい格好に着替えて部屋の窓から飛び降りると、その真下にシルヴィアがいてキャッチされてしまった。こんなドンピシャなことある?


「ま、窓から落ちちゃった。てへ」

「そんな可愛らしいことおっしゃっても私は騙されませんよ。魔鉄鉱を採りに行かれるつもりですね?」


 俺の行動は全部見通されていた。

 ぐぐ、流石ずっと俺のお世話係をしているだけある。


「大人しく帰るから見逃してくれない……?」

「いいんですよそんな嘘つかなくても。アル様は一度決めたことは絶対にやる人だと私はよく知ってますから。きっと今どう言って引き止めてもアル様はあの手この手で行ってしまわれます」

「は、はは……そんなこと……あるかも、ね……」


 ここまで思考を読まれていると笑うしかない。

 この人に隠し事は出来ないな。


「と、いうことで私は考えました。どうすればアル様を納得させられるかを」


 シルヴィアは俺を地面に降ろしながらそう前置く。

 なんだか嫌な予感がするな……。


「そして熟考の末、私は画期的な案を思いつきました。『そうだ、私もついていけばいいんだ』と」

「それって……」


「はい♪ 二人きりで山登りデートといきましょう、アル様♪」


 こうして(強制的に)俺とシルヴィアの採掘旅行が幕を開けたのだった。

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