第四章 黒い闖入者

第1話 平穏、そして崩壊

 女神との衝撃的な出会いから、早いものでもう三日の時が経った。

 長距離移動と勇者との戦、そして畳み掛けるかのように行われた女神との心理戦。

 流石に疲れた俺はゆっくり体を休めながら、俺は今後のことをじっくりと考えた。


 やるべきことはたくさんある。でも……


「やっぱ魔法開発やめられないんだけど!」

「いつも通りじゃねえか!」


 楽しく魔法開発をしてると魔剣グラムにツッコミを入れられる。こいつもツッコミの腕を上げたな。こちらの世界にも漫才文化があればいいとこまで行けたんじゃないだろうか?


「うるさいなあ、せっかくいい感じなのに式が頭から飛んだらどうすんだよ」

「ああそれはごめ……ってなんで俺が謝らなくちゃいけねえんだ!」


 ノリツッコミまでこなすとは中々やるな。

 もうちょっと遊んでもいいが、流石にこれ以上怒らせるのも可哀想か。


「ちゃんと考えた結果だよ。その上で今まで通り過ごすのがベストなんだ」

「それ本当かよ? 女神に喧嘩を売ったんだ、早めに動いた方がいいんじゃないか? ほら、人間の国に忍び込んだりよ」

「もし仮に勇者を全員倒せたとする。人間の国も滅ぼせたとする。で、それでどうなる? 女神には一ダメージも入らないんだよそれじゃ」

「ま、まあそれはそうだけど。間接的にダメージは与えられるんじゃねえか? 奴は手駒を失うんだからよ」


 そう。普通はそう考える。

 そして相手が普通であればそれでいいんだ。


 でも相手はあのイカれ女神ババア。それじゃ駄目なんだ。


「確かに手駒を失ったらしばらく魔族領は平和にはなると思う。でもそれは長くは続かないだろうな。あの女神ババアは相当執念深い、また新しい手を使ってしつこく魔族領を狙うだろうな」

「それはそうかもしれないが……そしたらまたそれを潰せばいいんじゃないか?」


「だけどその時にはもう俺は生きてないだろうな」

「……っ!」


 人間である俺の寿命は長くても百年。

 女神ってのいうのが何年生きれるのか、そもそも寿命があるのかは知らないけど百年より短いってことはないだろう。


 それなのに持久戦を仕掛けるのは明らかな悪手。問題を先送りにして先の世代に押しつけることになるだけだ。


「だから女神が『転生勇者作戦』をやってる時に女神を倒すしかないんだ。その為には今動くには何もかもが足りない。情報も戦力も、そして俺自身の力もな」

「なるほどな。でもいつまでも力を蓄えてる時間はないよな?」

「ああ。これは軍務に詳しい友人からこっそり聞いたんだけど、今の拮抗してる戦況が崩れるまでに後五年はかかる見通しらしい。だからそこがタイムリミットだ。それまでになるべくたくさんの魔法を開発して強くならなくちゃいけないってわけだ」

「五年か……なんかあっという間に経っちまいそうだな」


 グラムの言う通り残された時間は少ない。

 なんせ女神の情報なんてそうそう手に入らないからな。人間の国に潜入する必要も出てくるかもしれない。


 でもひとまずは今まで通り過ごす。結局それが一番強くなれる方法だと思うから。


「グラムも頼りにしてるぞ。お前は数少ない術式を分かる頭を持ってるし、何より俺の知ってることを全部知ってる。もしもの時は頼む」


 素直にそう頼み込むと、グラムは「……へ!?」と驚く。


「なんだよ急に気持ち悪い! 俺様は脅されて仕方なく付き合ってるだけだからな! ま、まあそんなに俺様を頼りにしてるなら少しは聞いてやっても良かったり良くなかったりするが」


 ツンデレ乙。という言葉を胸の中にしまい込み俺は魔法開発に戻る。


 勇者の中に埋め込まれていた魔法を多数見たおかげで色んなインスピレーションを得ることが出来た。その衝撃が消えないうちにたくさん開発しておきたい。


「えーと……これをあれして……」


 空中に浮かび上がる文字を入れ替え、追記して、不要な部分を消す。魔法の開発は地味な作業だ。その作業風景はパソコンでプログラミングしている光景と大差ないだろう。


 でも……楽しいんだなこれが。

 自分の頭の中で作った魔法が実際に形になるもいいし、思わぬ魔法が偶然生まれるのも最高だ。たとえこの世界に勇者や女神がいなくても俺はこれにハマっていただろう。


 こりゃ今日も徹夜コースだな……と思っていたが、俺の至福の時間は闖入者によって邪魔されることになる。


「失礼します!」


 急いだ様子で部屋に入った来たのは、俺の専属メイドであるシルヴィアだった。慌ててる様子で銀色の綺麗な髪が乱れてしまっている。

 そういえば最近シルヴィアは何処かへ行くことが多くてあまり俺のそばにいない。少し前まではいつも俺にべったりだったのだけど。


 それが関係あるのかなと思ったけど……彼女の用事は俺の予想とは違うものだった。


「く、クロエが帰ってきました! アル様を探して城を爆走してるみたいなので早く隠れて下さい!」

「いぃ!? マジかよ!!」


 久しぶりに聞いたその名前に、俺は驚愕する。

 どうする? きっとまっすぐこの部屋を目指している……急いで逃げなければ!

 グラムナイフを手にした俺は逃走経路を脳内でシミュレートし始める。すると俺のただならない雰囲気に疑問を持ったグラムが話しかけてくる。


「おい、どうしたんだよ? そんなに慌てて」

「今からヤバい奴が来るんだよ! 少し静かにしろ!」


 急ぎ逃走経路を脳内で完成さえた俺は窓から逃げ出そうとするが……その瞬間俺の部屋の壁が……爆音と共にぶっ壊れた。


「おわぁ!? なんだ急に!?」

「……もう来たか」


 舞い上がる粉塵の中から姿を見せたのは漆黒の鎧に身を包んだ人物。

 身長は170cm程で、その手には身の丈を超える大きさのハンマーを持っている。そいつは兜の下から俺のことを見据えると、低く恐ろしい声を発する。


「ようやく見つけましたよ……! さあ! 私の愛を受け止めて下さいッ!!」

「ふざけんな! お前を正面から受け止めたら命がいくつあっても足らんわ!」


 粘っこく体に纏わりつくそいつの思いを振り払い、俺は窓から逃走を始めるのであった。

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