第2話 黒砕

「いったい何なんだよあいつ!? 敵か!?」

「うっさいグラム! 舌噛むぞ!」


 うるさいグラムを黙らせながら、俺は落下する。

 ぐんぐんと近づく地面。窓から飛び出したのは自分の意思だが生憎地面とキスする趣味はない。


飛行フライ!」


 激突する寸前で魔法を発動させ、地面スレスレを飛行する。

 我ながら無駄のない良い動きだ、これなら……


「おい! さっきの鎧の奴、追ってきてるぞ!」

「……だよなあ」


 飛行しながら後ろを見ると、甲冑の人物クロエがちょうど地面に着地したところだった。

 相変わらず頑丈な奴だ。魔法も使わず十メートルはある高さを降りやがった。


 クロエは俺に視線をロックオンすると、鎧を着ているとは思えない速さで駆け出す。


「待って下さい我がマイ主人様マスターッ! 私の愛をッ! 受け取って下さいッッ!!」

「うるせえ! お前の愛は重すぎるんだよっ!」


 全力で拒否しながら逃飛行する。

 だが逃げるにも限界がある。城下街にでれば一般人に被害が出るし、王都から出たら帰るのが大変だ。


 だからどこかであいつの相手をしなくちゃいけない。


「となるとあそこしかないよな……」


 逃げる先を決めた俺は、後ろを注意しながらそこへ急ぐのだった。


◇ ◇ ◇


「ふふ、ようやく私の愛を受け止める気になりましたね……!」


 俺を追い詰めた気になったクロエは、愉悦の混じった声を漏らしながらジリジリと近づいてくる。

 だが俺はここに逃げ込んだのではなく、誘導したんだ。


「この中庭、ずいぶんさっぱりしたと思わないか? ついこないだ派手に燃えたばっかりなんだ」


 俺がクロエを誘導した場所は魔王城にある中庭。

 元は緑あふれる庭園だったが、俺と獣王レオナルドが激しく戦ったせいでめちゃくちゃに荒らしてしまった。

 残骸こそ掃除されたが植物は復活していないので、中庭は味気のないただの空き地になってしまっていた。痛々しい光景だが……今は都合がいい。


「ここなら思う存分暴れられる。かかってこいよ」

「むふふ……つまり私の愛を受け入れる気になった、ということですね?」

「相変わらず都合のいい耳してるな……」


 三年ぶりに会ったというのに全く変わってないなこいつは。

 だが体から放たれる闘気は昔より強くなってる。どうやら遠征先で鍛えられたみたいだな。


「昔の俺はお前にいいようにやられたが、今はそうはいかない。お前がいない間に編み出した魔法を見せてやるよ」

「ぐふふ、相変わらず主人様マスターはお可愛い……三年分クンクンペロペロさせていただきますよっ!」


 手に持ったハンマーを背中に納め、クロエは両手を広げてタックルしてくる。どうやら武器を俺に向けない程度の理性は残っているみたいだな。


 だが俺は容赦しない。

 なあに、こいつが頑丈なのはよく知ってる。多少強くやっても平気だろ。


「つうかあいつ性別どっちなんだ? 兜で声がこもってて判別できねえんだけど」

「来るぞグラム! 舌噛むから黙ってな!」

「またそれかよ!」


 いちいち口を挟んでくるグラムを無視して魔法に集中する。

 見せてやるよこの数年でパワーアップした俺の術式ちからをな!


「術式展開、守護者ガーディアン!」


 現れた二枚の盾が、クロエのタックルを正面から受け止める。

 激突した瞬間、バキイッ!! と物凄い衝突音が鳴るが、守護者ガーディアンはビクともしない。


「ぐにに……いつの間にこんな強力な魔法を……! しかし! 私と主人様マスターの愛は! こんなものでは邪魔出来ません!」


 クロエは大きな黒いハンマーを両手で握るとそれを頭上に振り上げ……思いきり盾に叩きつける。

 するとさっきよりも凄まじい衝突音と共に土煙が舞い上がる。その衝撃は凄まじく、辺りに衝撃波が広がり地面に亀裂が入るほどだ。


 しかし……それでも守護者ガーディアンにはヒビ一つ入っていなかった。


「そんな!? 岩盤をもぶち抜く私の一撃が!?」

「残念だったな。つい最近上方修正アップデートしたばっかなんだよ」


 この前倒した勇者の異能チート絶対障壁ブレイブバリアー』を俺は解析した。

 女神の作った異能それは特殊な作りをしているから、そのままパクって使うことは出来なかったけど、その魔法の構成から真似出来る部分はたくさんあった。

 それを応用することで俺の守護者ガーディアンは更なる進化を遂げた。正直もとの異能チートより強い魔法に仕上がったという自信があるくらいにはな。


主人様マスターの成長は嬉しいですが……邪魔です!」


 クロエはハンマーを手放すと、二枚の盾の間をダッシュですり抜け俺の方に走ってくる。

 むう。硬度は申し分ないけど速度は要修正だな。魔法は奥深いぜ。


「ここまで接近すれば魔法は撃てますまい!」


 一瞬で俺に接近したクロエは両手を前に出し、俺に組みつこうとする。

 隠し玉はいくつもあるので魔法で対応出来なくはないけど、真正面から打ち倒さないとこいつは止まらないだろう。面倒くさいがこれ以上被害を出さないためにも正面から叩きのめす必要がある。


「やってやるよ! 怪力無双ゴブリン発動!」


 体に緑色の線が走り、剛力が宿る。

 そして正面からクロエと手と手を組み合わせ、受け止める。


「なんと……っ!?」


 馬鹿力を正面から受け止められ、さすがのクロエも驚愕の声を上げる。

 俺からしたら魔法を使わずこんな馬鹿力を出せるお前の方がおかしいのだが……


「いい加減――――落ち着けっ!」


 クロエが驚いている隙を突き、腹に前蹴りを叩き込む。いくら頑丈な肉体を持っているとはいえ怪力無双ゴブリンで強化された攻撃を食らったクロエの肉体は怯む。


「これで終いだ、ゴブリンパンチッ!」


 組んだ手を離し、渾身のパンチを叩きつける。

 それを食らったクロエの体は物凄い勢いで吹き飛び三回ほどバウンドした後、止まる。


「はあ……無駄に疲れた」


 ため息をつきながらクロエに近づく。

 朝から無駄な体力を使ってしまった。


「これで少しは満足したか?」


 そう声をかけると、クロエはむくっと立ち上がる。

 するとその瞬間着ていた鎧が粉々に砕け散り、中身が露わになる。


「いやはや、強くなりましたね主人様マスター。まさかこの鎧を砕くほどのお力をお持ちとは思いませんでしたよ」


 そう言いながら砕けた鎧の中から現れたのは、褐色の肌が特徴的な黒髪の美女。シルヴィアと同じく耳が尖っていて抜群のスタイルをしている。

 その特徴が示す種族は一つ。クロエは希少種族ダークエルフの一人なのだ。


 かつて“黒砕のクロエ”と呼ばれ、戦場で恐れられたクロエだが、色々あって俺に懐いている。

 強くて頼りにはなるんだけど……いかんせん好意の『圧』が強すぎて相手をするのが疲れる。ここ三年は遠征に連れて行かれてたので平和だったんだけどとうとう帰ってきてしまった。


「これだけ強くなればもう手加減しなくても大丈夫そうですね!」

「……勘弁してくれ、マジで」


 やれやれ、これからもっと賑やかになりそうだ。

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