第13話 家族

「ん、んん……」


 伸びをしながら、シルヴィアが目を覚ます。まだ怪我したところが痛むのか時々表情を歪めている。

 回復魔法はかけてあるので傷は塞がっているけど、ダメージの全てを無かった事には出来ない。魔法は便利だけど万能ではないのだ。


「ここは……?」


 シルヴィアは辺りをきょろきょろと見渡す。今の状況が理解できてないみたいだな。

 そりゃロックビーストと戦ってたと思ったら、次の瞬間には宿で目を覚ましたんだから混乱もするだろう。彼女は俺が戦い始めてすぐに気絶して


 俺はそんな彼女に近づき、よく冷えた水を手渡す。


「おはようシルヴィア。よく眠れたか?」

「え、あ、はい。ありがとうございます」


 困惑しながらも彼女は水を受け取り、一気に飲み干す。

 うん、良い飲みっぷりだ。あれほどの激戦をしてから何も口にしてないからそりゃ喉も乾くよな。


「ごくごくごく、ぷは。ふう……ありがとうございます、アル様。ところでここは……ズブト村の宿、ですよね? いったいいつの間に私はここに……そもそも今はあの時からどれくらい時間が経ってるのですか!?」

「まあ落ち着けって、順番に話すからさ」


 焦るシルヴィアを宥め、俺は彼女が気絶してからのことを話した。


 ロックビーストは俺がちゃんと討伐したということ。

 気絶していたシルヴィアを守護者ガーディアンに乗せて村まで運んだこと。

 シルヴィアは十時間以上寝ていて今は翌日の朝だということ。


 それを全て聞いたシルヴィアはベッドの上で俺に向かって土下座した。


「本当に申し訳ありません。助けるはずが助けられてしまうとは……!」


 頭を下げるシルヴィアの肩は細かく震えている。

 よほど俺に助けられたのがショックだったんだろう。


「私は……従者失格です。守るべきお方に守られるなどあってはならないことです」


 そう言ってシルヴィアは顔を上げる。

 彼女の端正な顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。目元は赤く腫れ涙がとめどなく流れ落ちている。


「このような失態をしておいて、メイドを続けることなど出来ません。心苦しいですが、今日限りでアル様の専属を辞退することに致します」

「なに言ってるんだよシルヴィア、お前はちゃんと俺を逃がしてくれたじゃないか。それなのに俺が勝手に戻ってきた。シルヴィアが責められることは何もないよ」

「しかし……私の力がもっとあれば……」


 俺がいくら擁護してもシルヴィアはうじうじと自分を責める。

 むう、これは相当堪えてるな。早いとこ立ち直らせないと本当にいなくなってしまいそうだ。


「そもそも俺はシルヴィアを助ける為に戦ったんだぞ? それなのにお前がいなくなるなんておかしいじゃないか」

「それに関しては申し訳ありません。しかし私にアル様をお守りする力がないと分かった以上、この仕事を続けるわけにはいきません」


 ご、強情なやつだ。

 こうなりとことんやり合ってやる。


「じゃあ俺の面倒はこの先誰が見るっていうんだよ!」

「私の同僚がいます。彼女たちなら私の後を継ぐことが出来るでしょう。何も問題ありません」

「こんの分からず屋め……! 同じことが出来れば代わりになる訳じゃねえだろ!」

「……何が違うのですか」


 本当に分からないと言った感じでシルヴィアは聞いてくる。

 全く、しょうがない奴だ。


「じゃあ逆に聞くが、俺と全く同じ事が出来る奴がいたとして、お前はその人に仕えたいと思うか?」

「……それとこれとは話が違います」

「いいや同じだね。お前と同じことが出来るからと言ってお前の代わりになんかならないんだよ。替えなんて利かないんだ、『家族』はな」

 俺は元の世界にいた時、家族なんていなかった。

 両親は成人する前に二人とも亡くなったし、親戚もいなかった。逃げるように仕事に打ち込む俺には奥さんはもちろん彼女も、友達すらもいなかった。


 だけどこの世界に来てたくさんの家族が出来た。ハデス父さんやデス爺たち魔王に、シルヴィアや他のメイドたち。そして他にも魔王城で働く仲のいい人たち。みんな家族だ。

 誰一人として替えは利かない唯一無二の存在だ。


「だから辞めるなんて言うなよ、寂しいじゃないか。それとも本当に仕事が嫌になったのか?」

「……そんな訳、ないじゃないですか。私だって本当はずっとお側にいたい、でもっ!」


 やっと本音が聞けたな。

 これで俺も気兼ねなく言える。


「なら、いいじゃないか。俺と一緒にいてくれよ。シルヴィアの代わりはいないんだからさ」

「…………っ!」


 シルヴィアは再び俯き、声にならない声を出す。きっと今整理しきれない気持ちをなんとかして整理しているんだろう。

 しばらくそうしていた彼女だが、やがて顔を上げ俺のことを真っ直ぐに見る。さっきよりぐじゃぐじゃの顔だけど、目の迷いは消えている。


「……分かりました、この先もアル様のお世話は私が致します。アル様みたいな破天荒な方のお世話は他の人には出来ないでしょうしね」

「まあな、そもそも替えなんて利かないんだよ俺は」


 そう言って二人で顔を見合わせ笑い合う。

 やれやれ、まだしばらく騒がしい日は続いてしまいそうだな。

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