第3話 闇夜舞う影

 月が街を優しく照らす深夜。

 静まり返った王都の街中を走る影が一つあった。


 屋根から屋根へ飛び移りながら街を睥睨するその影は、さながら忍者のようだった。


「や、やめて下さい!」


 すると街中に誰かの悲鳴が反響する。

 影はその声が耳に入ったその瞬間、一目散に声のもとに走り出す。


「離してくださいっ!」

「うるせえ! こっちに来い!」


 声のもとに行くと、屈強な男が若い女性の腕をつかみ、引っ張っていた。

 影は二人の近くに着地すると、男のことを睨みつける。


「ん? なんだてめえは……」

「やれやれ。王都も治安が悪くなったものだ」


 影は呆れたように呟くと、一瞬で距離を詰め男の腹に拳を三発、一瞬で打ち込む。


「が、は……っ?」


 声にならない声を出し、男は地面に崩れ落ちる。

 影は女性に顔を向ける。黒い外套のフードを目深に被っているため顔はよく分からないが、その口元には優しげな笑みを浮かべていた。


「もう大丈夫だ。一人で帰れるか?」

「は、はい大丈夫です。ありがとうございます」


 女性は謎のヒーローに一礼した後、気になっていたことを尋ねる。


「あなたは一体どなた様なのですか? ぜひ改めてお礼を……」

「名乗る程のものじゃありませんよ。それでは」


 影はそう言うと、空高く跳躍し、闇夜に消える。

 女性は彼が消えてからも、しばらく夜空を見上げ続けるのだった……。


◇ ◇ ◇


「なーにが『名乗る程の者じゃありません』だ。格好つけやがって」

「うるせえなあ。本当に名乗る訳にはいかないんだから仕方ないじゃねえか」

「痛っ! おい! 叩くことないだろ!」


 腰でゴチャゴチャとうるさいグラムを無視し、俺は建物の上から王都の街並みを見渡す。

 カーバンクルを探すために、シルヴィアの監視をすり抜け深夜の街に繰り出すことは成功したけど……カーバンクルの手がかりすら掴めずにいた。


「見つかるのは犯罪ばかり。嫌になっちゃうな」

「ていうか犯罪多くねえか? 王都ってこんなに治安悪いのかよ」

「戦争が続けば治安も悪くなる。みんな不安なんだろうよ」


 今のところ戦火は王都には及んでいない。

 しかし戦争の長期化は人の心を蝕んでいく。精神を病んでしまうことも珍しくはない。

 こんなくだらない戦争、とっとと終わらせないとな。


「その為にもまずはカーバンクルだ。足で見つからないならコレ・・で探すまでだ」


 手に魔力を集め、俺は新たに開発した魔法術式を頭に浮かべる。


魔糸操作マリオネットVer.2.0蜘蛛の感知網スパイダーセンサー!」


 手を空に向け、大量の魔力糸を発射する。

 それらはまるで蜘蛛の巣のように街中に張り巡らされる。


「なんだこの魔法は!? この糸で捕まえる気か!?」

「そんなことしたら普通の人まで引っかかるだろうが。この糸に生き物を捕まえるような強度はねえよ」

「じゃあなんのためにこんなもんを」

「これは名前通りセンサーなのさ。この糸に当たると俺に振動が伝わんだ。どんな大きさのものが、どんな速度で、どんな風に動いてるかが分かる。これなら人か動物かを判断出来るだろ?」

「はあ……こんな複雑な魔法よく思いつくもんだ」


 グラムは興味深そうに呟く。

 この魔法のことを一発で理解できるとはやっぱりグラムも魔法に対する理解が深い。上手く調教すれば俺でも思いつかない術式を開発するんじゃないか? くく、楽しみだ。


「……なに悪い顔してんだ、おっかねえ」

「ん? 気のせいだろ」


 やけに鋭いグラムの指摘を無視し、蜘蛛の感知網スパイダーセンサーに神経を集中させる。

 これは……普通の人か。

 こっちも人。次も人。夜だってのに意外と出歩いてんだな。


 これは収穫なしかなと思った次の瞬間、糸が奇妙な物体を捉える。


「ん? なんだこりゃ」


 小さい四足獣らしき反応。

 それが街中を高速で駆け抜けている。魔族にも犬猫を飼う習慣はあるけど、ただの犬猫じゃこの速度は出せないのでペットの線は薄い。


「もしかしてこれがカーバンクルか? まあ行ってみりゃ分かるか」


 建物からピョンと飛び降り、落下する。

 そして地面スレスレで飛行フライを発動。俺は夜の王都を飛翔する。


「速いけど追いつけないほどじゃないな。とっ捕まえて調べさせて貰うぜ」


 五分ほど飛行していると、走る小動物らしき姿が見えてくる。

 小型犬くらいの大きさのそれは、全身がもふもふの白い毛で覆われていた。耳が長くて兎みたいな姿をしている。


「そこの小動物、止まれ!」

「ぴぃ!? なんでしかあなたは!?」


 喋った。

 これはこれは……本当にカーバンクルかもしれないな。面白くなってきた!


「ぴぃ! 顔が怖い!」


 小動物はそう悲鳴を上げると、スピードを増しながら路地に逃げ込む。

 厄介だな。倒すなら天舞う光刃スカイソードなどで攻撃すれば済むんだが、そうする訳にもいかない。


「だがやりようはある……!」


 頭に捕獲までのルートを導き出した俺は、笑みを浮かべ小動物を追うのだった。

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