第6話 ヨプ大森林

 クロエから任務の動向を頼まれた日の翌日。

 俺とクロエは王都西部に存在する大きな森の中を歩いていた。


 そう、俺は無事外出許可を勝ち取ったのだ。

 頑固なデス爺からそれを勝ち取るのは簡単じゃなく、激しい戦いがあったのだが……ここでは割愛しておこう。ちなみに肩たたき券は最後の切り札としておおいに役立ってくれた。

 なんと額に入れて自室に飾っているそうなので、俺が肩を揉む日はこないだろう。


「ロプ大森林……話には聞いてたけどこんなに鬱蒼としているとはな。そりゃ馬車は使えないはずだ」

「ここは開拓も進んでいないので新種の植物などもよく見つかるそうですよ。主人様マスターも探してみてはいかがですか?」

「新種かあ。確かにそれは男の子心がくすぐられるな。こんなことなら図鑑を持ってくるべきだったぜ」


 見渡す限りの木、木、木。

 ズブト村手前の森も自然豊かだったけど、あれの比じゃないほどここは自然豊かだった。

 なんていうかいるだけで浄化されるような気分だ。単に自然の魔力マナが豊富だからなだけかもしれないけど。


「……にしても本当にこんな森の奥に住んでいる人がいるのか? 道もないし不便だと思うんだけど」

「亜人種の中には他種族との共存を嫌うものもいますからね。こういった環境を好む種族もいるでしょう。今回依頼してきた犬人族コボルトも、少数の群れで生活することが多くて大きな街に住むことは少ないみたいです」

「確かに王都でコボルトと会ったことはないな。こんな森の奥に住んでたのか」


 魔族領といっても住んでいるのは魔族だけではない。エルフや獣人、ドワーフなどといった多数の亜人も住んでいるのだ。

 人間領にも少しは亜人が住んでいるみたいだけど、人間領において彼らの人権は無いに等しいらしい。その多くが奴隷として捕らわれ酷い目にあっていると聞く。いつか助けてあげられるといいけど……。


「クロエはコボルトに会ったことあるのか?」

「ええ、ありますよ。といっても数回だけですけどね」


 クロエの見た目は二十歳手前くらいだけど、その歳は百を超えている。ダークエルフはエルフと同じく長命なのだ。

 そんなに歳がいってるならもう少し精神が大人になっても良さそうだけど、この世界において精神年齢は肉体の老化に比例するらしいので、エルフは歳を取っても精神は若いままだ。

 逆に短命種は十歳とかでも精神が成熟する。そして俺も若い体に引っ張られ心も子供になってしまっているってわけだ。

 ……もう少ししたら反抗期とか来てしまうんだろうか? それを自覚するのは嫌だな。


「それにしてもいつになったら着くんだ? 足場も悪いしジメジメしてるしで最悪だよ」


 木の根を避け、顔にかかる蔦を除け、木々の間を進み続ける。

 一人だったら飛行フライで木の上をひとっ飛びできたけど、クロエは魔法が苦手なのでそれも出来ない。


「まあこの調子ならもうすぐ着きますよ……あ。ほら! 視界が開けてきましたよ!」

「お、本当か!?」


 駆け足で森の中を走り抜け、開けた所に出る。

 しかしそこは……村ではなかった。


「これは……!」


 薙ぎ倒された木々に抉られた地面。

 まるで隕石でも落ちたかのように目の前一帯の森は蹂躙されていた。


「なんだこれ? 大型の魔獣でも暴れたのか?」

「ふむ、しかしそれにしては爪の跡がありませんね。爪で攻撃しない霊獣類系か、それとも……」


 クロエは真面目な顔つきで謎の痕跡の調査を始める。

 普段俺と一緒にいる時はだらけきった表情なのでこんな顔見たことない。新鮮だ。


「コボルトから報告があったことと無関係とは思えません。私はもう少し調査しますので主人様マスターは少し休憩しててください」

「うん、わかった」


 仕事モードに入ったクロエを置いて、俺は転がっている岩の上に腰かける。

 ふう、疲れた。


「しかし、一体誰がこんなことしたんだろうな。グラムは分かるか?」

「……なんだ? 出ていいのか?」


 話しかけると、今までずっと黙っていたグラムが鍔をカチャカチャと鳴らしながら喋る。


「うお、凄い荒れようだな。いったい何でこうなってんだ」

「だからそれを聞いてるんだよ」


 うーむ、時間の無駄だったかもしれない。

 出てきて貰って早々で悪いが、剣に戻ってもらおうか……と思っていると、グラムは驚くことを口にする。


「残ってるのはこの変な『魔力』くらいか。他に特徴はないな」

「……ん!? どういうことだ!?」

「あ? だってほらこの地面に変な魔力が残ってるじゃないか」


 急いで土をひとつまみし調べてみると、確かに微弱だけど魔力を感じた。

 しかもとびきり変な魔力。これは大きな手がかりになるぞ……!


「なるほどね。グラムは魔力生命体、魔力感知能力は普通の生き物よりも高いのは当然か」

「そういえばアルはただの人間だったな……化け物みたいな魔法センスしてるから勝手に同類かと思ってたぜ……」

「それは褒め言葉として受け取っておくよ」


 なんにせよ手がかりは手に入れた。クロエに教えてやるか。

 魔法が苦手なあいつじゃこれには気づかないだろうからな。


 そう思って立ち上がった瞬間、俺は森の中から殺気のようなものを感じる。

 すると次の瞬間木々の間から黒い塊が物凄い勢いで現れ一直線にクロエの方に飛んでいく。


「……なんだあれは!?」


 正体が何者かは分からないが、あんな大きな物が当たれば体がバラバラになってしまう。クロエは調査で周りが見えてないので俺がどうにかしなくては!


「術式発動、跳躍装置ホッパー!」


 術式を発動し、足に鎧のような物を装備する。

 これはバッタの脚をモチーフにして開発した移動装置。バネの力で急加速することが出来る優れものだ。

 長距離の移動には適していないが、こと短距離に関しては無類の強さがある。


「行っけえ!」


 踏みしめる地面を破壊し、俺は砲弾のような速度でクロエのもとに駆けだすのだった。

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