第5話 味気ない珈琲

「シルヴィアいるかー?」


 今日も今日とて魔法の研究に勤しんでいた俺は、眠気を覚ますために珈琲を飲もうと思ったのだが……部屋を見渡しても廊下を覗いてみてもシルヴィアの姿が見つからなかった

 自分で淹れてもいいけど、なぜか同じ豆を使ってもシルヴィアのそれと比べると劣ってしまうんだよなあ。


「うーん、明らかにそばにいる時間が減ったよな。前は四六時中べったりだったのに」


 ズブト村から帰ってきた辺りから、シルヴィアは俺の側にいることが減った。

 朝俺の部屋にやって来て最低限の雑事を済ませると、足早にどこかに消えてしまう。後は昼と夜に少し顔を出すくらいだ、明らかにおかしい。


「何か俺に隠してるのか……?」

「どうかされましたか?」

「おわぁ!?」


 急に耳元から聞こえた声に飛びのき振り返ると、そこにはクロエの姿があった。いつの間に後ろに回り込んだんだ……心臓に悪い。


「おはようございます主人様マスター。今日も良い天気ですね!」

「ああ、おはよう。ところで何でメイド服なの……?」

「ふふ、似合うでしょう」

「いやそうじゃなくて」


 クロエは楽しそうにメイド服のまま一回転して見せる。

 まあ……確かに似合わないこともない。性格はアレだけど見た目は抜群にいいからなこいつは。

 だが良いのは見た目だけでその家事スキルはお察しだ。ゴリラに家事を任せる馬鹿はいないだろう。


「ふふ、珈琲でも淹れましょうか?」

「人に泥水を飲ませる気か?」

「ひどいっ!」


 わざとらしく泣き真似をするクロエ。

 全く、朝からやかましい奴だ。


「おふざけは置いといて。シルヴィアをあまり見かけないんだけど、クロエは何か知らないか?」

「そういえば確かにあまり見かけませんね。たまに城で見かけても足早にどこか行っちゃうます」


 どうやらクロエも知らないみたいだ。

 口止めされている可能性もゼロではないが、こいつは隠し事ができるタイプじゃないからその線はないと見ていいだろう。


「……あ、そういえばこの前カーミラと一緒にいるのを見ましたよ」

「カーミラと? 一体何してるんだ?」


 吸血鬼族の王、『夜王カーミラ』。

 彼女とシルヴィアは古い友人関係のはず。一緒にいても不思議じゃない……が、そんなに頻繁に会って何をしてるんだろうか?

 うーん、考えても分からん。


「ならいっそ私を専属メイドにされてはいかがですか?」

「それはない」

即答ひどいっ!」


 クロエの一考する余地すらない提案を却下した俺は、自分で珈琲豆をき、れる。

 そして出来上がったそれをゆっくりと喉に流し込む。

 

「……まあ美味いっちゃ美味いけど、シルヴィアのそれと比べるとどうしても劣るな」


 淹れ方はほとんど同じはずなのに不思議だ。珈琲道は奥が深いな。

 ちなみに転生前はエナドリからカフェインを摂っていた。最初はあのケミカルな味が好きで飲んでいたけど、いつからか依存して体をボロボロにしてしまった、反省だ。


 とはいえあの味に未練がないわけではない。こっちの世界の素材で作ってみるのも面白いかもしれない。

 こっちの世界にはマンドラゴラとか世界樹の葉とか滋養強壮にめちゃくちゃ効きそうな素材がたくさんあるからな。それらを入れたら凄いエナドリが出来そうだ。

 ……などと考えていると、クロエが期待に満ちた眼差しでこちらを見ていることに気づく。こいつも欲しいのか?


「クロエも珈琲飲むか?」

「はい! 珈琲はあまり好きではありませんが主人様マスターの作った物であれば泥水でも甘露です!」

「お前結構失礼なこと言ってるからな?」


 仕方ないのでもういっぱい淹れて渡してやると、ゴクゴクと美味しそうに飲む。

 本当に泥水を渡しても美味しく飲めるんじゃないのかこいつは。


「ぷはー! 苦い!」

にげえんじゃねえか」


 甘露とか言ってたくせに適当な奴だ。

 しかし自分の作ったものをこうも豪快に口にして貰えると何だか気分がいい。シルヴィアもこんな気持ちで淹れてくれてたのだろうか。


「あ、そうそう。今日は御用があって来たのでした」


 珈琲を飲み干したクロエは思い出したように話を切り出す。


「用事? いったいなんだ?」

「ふふ、実は無理を言って王都外の任務を貰って来たのです。主人様マスターもお城にずっといるのは暇なんじゃないかと思いましてね」

「へえ、クロエにしては気が利くじゃないか」


 正直城に引きこもってても退屈ではないけど、外に出るのも良い刺激になる。なにより新しいアイディアが湧く可能性が高いしな。


「で、どんな任務なんだ?」

「王都西部に大きな森があるのはご存知ですか? そこにある小さな集落からの調査依頼です。

なんでも大きな魔獣のものと思わしき痕跡が見つかったそうなので。それの調査をして欲しいそうです」

「王都西部っていうと『ロプ大森林』か。あそこってそんなに大型の魔獣は生息してないはずだけど、なんなんだろうな」

「私の予想だとはぐれ飛竜か何かだと思います。なんにせよ楽勝な任務だと思いますよ!」


 確かにロプ大森林は王都近郊の中でもかなり安全な地域だ。この前行ったズブト村の方がよっぽど強い魔獣がたくさん出る。


「……しかしなんでこんな楽そうな任務をクロエがやるんだ? 普通の兵士でも務まりそうなものだけど」

「簡単な話です! 主人様マスターを連れ出したくて部下から無理やり奪いました!」

「……お前の部下に今度菓子折りでも持ってかなくちゃな」


 俺の言葉に「?」よ首を傾げるクロエ。こいつの部下は苦労してそうだな……。


 まあでも外に出れることは嬉しい。問題はどうやって外出許可をデス爺から取るかだが……頑張るしかないな。

 俺は熟考の末、肩たたき券を作り始める。死体ゾンビの肩がこるかは知らないけど、まあ何も無いよりはマシだろう。

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