第6話 世界で一番優しい罰ゲーム

 結局その日は日が沈むまでビスケと一緒に剣を打ち続けた。

 最初は剣とも呼べないようななまくらしか作れなかったけど、何時間もやるうちに術式もだいぶ整い、そこそこの剣を作れるようになっていた。


「やっぱ凄いよアルデウスは! 僕はここまで作れるようになるのに五年はかかったよ!」

「ビスケの教えがいいからだ、俺一人じゃここまで上手くはならなかった」


 俺とゴブリンの少年、ビスケはすっかり打ち解けていた。

 お互い一つのことに打ち込んだら周りが見えなくなるもの同士気があったんだろうな。


 しかし……いくら気が合うと言っても|あれは言うべきじゃなかっただろうな。


「さすが魔王の息子だな〜、僕とは出来が違うよ」

「おい、絶対にそれを他の人に言うんじゃないぞ!?」


 うかつだった。

 あの時は変なテンションになって思わずフルネームと正体をバラしてしまった。

 人間であることまで言わなかったのは不幸中の幸いだけど、もし俺が魔王の息子であることがバレれば色々と詮索されて人間であることもバレてしまう可能性が高い。


 そうなれば今みたいに自由気ままな研究ライフは送れなくなるだろう。それだけは避けなければ!


「分かってるって。言わないよ〜」

「超絶心配だけど……ひとまず信じるとするか」


 剣を打つのをやめてビスケと駄弁る。

 しばらくそうしていると、見知った顔がやって来る。


「こんなところにいましたか。もう遅いですから帰りますよアル様」

「ん、シルヴィアか。よくここが分かったな」


 明日の出発は早い。

 とっとと寝て明日に備えないとな。


「帰っちゃうの?」

「ああ、明日の朝にはこの村を出ないといけないからな」

「そうなんだ。もうお別れなんて残念だな」

「まあまた会え……いや、そうだ。お前も来るか?」

「へ?」


 俺の突然の申し出にビスケはきょとんとする。

 隣のシルヴィアも同じだ。


「明日俺たちはビキニール山脈に魔鉄鉱って鉱石を探しに行く、この剣を直すためにな。ここらの地名に詳しい奴がいると助かるんだが……どうだ?」


 ビスケは俺の言葉をしっかりと聞き、少し考えると大きな声でこう返して来た。


「もちろん行くっ! 僕に手伝わせて!」


◇ ◇ ◇


「全く、勝手に決めるんですから」

「ごめんって。でもあいつは絶対役に立つぞ」

「はあ、一般人に怪我でもさせたらどうしましょうか……」

「心配しすぎだって」


 俺とシルヴィアは宿で体を休めていた。

 移動自体はそんなに疲れはしなかったけど、慣れない鍛治でくたくただ。とっとと寝るとしよう。


「先に寝るぞ、おやすみ」


 そう言ってベッドに入ろうとした瞬間、俺はガシッと腕を掴まれる。

 この部屋には今、二人しかいない。誰が掴んだのかは見なくても分かる。


「どうしたんだシルヴィア、まだ何か用か?」

「お忘れですかアル様? 約束されたじゃないですか、かけっこで負けたほうが何でも言うことを聞くと」

「あ」


 すっかり忘れていた。

 ていうかあれ本気だったんだ、てっきりその場の冗談かと思ってたぞ。


「俺も男だ、二言はない。さあ何でも言え!」

「はい、では今日一緒に寝て頂けますか?」

「……そんなことでいいの?」

「はい♪」


 てっきりもっとやばいことをお願いされると思ったので拍子抜けする。

 少し前まではよく二人で寝ていたので何を今更と感じる。


「んー……まあ、いいけど……」

「ありがとうございます。さ、こちらへ」


 導かれるままシルヴィアの布団の中に入り、隣り合って横になる。

 暖かくていい匂いがして。なんだかすぐに眠ってしまいそうだ。


 横を向くと嬉しそうに笑みを浮かべながら俺のことを見ていた。普段人前では冷たい表情の彼女のこんな顔を見たら、世の男たちは一瞬で恋に落ちてしまうだろう。

 感性が子どもになっている俺は「かわいい顔してるなあ」くらいの感想しか出ないが。


「どうしたんだ? 俺の顔見て笑って」

「いえ、何だか懐かしいなと思いまして」

「懐かしい?」

「はい。もう覚えてらっしゃらないでしょうが、私はアル様が赤ちゃんの頃からお世話をしています」


 それは覚えている。

 転生したての頃から自我ははっきりしてたからな。なんか恥ずかしくてみんなには言ってないけど。


「ご飯のお世話から寝る時もずっと一緒で……この先もずっと一緒にいるのだと思ってました。それなのにアル様ったら『もう一人で寝れる歳だから大丈夫』だなんて言うんですもの。私がどれだけ寂しい思いをしたか」

「いやだって普通そうするでしょ……」


 シルヴィアのことは好きだけど、流石に四六時中といくわけにもいかない。

 むしろ夜くらいは自由にさせてあげたいくらいの気持ちで言ったのだが、彼女は本当に離れたくなかったらしい。びっくりだ。


「いつまでも一緒だと思ってたんですけど、その時それが間違いだと気づきました。きっとすぐに大きくなり、私のことなど忘れてどんどん先に進んでしまわれるのでしょうね……」

「そんなこと、ないさ」

「いえ、私には分かります。アル様はいずれ魔王国、いえ魔族領を背負って立つお方になると。間近であなたを見ていた私には分かるんです……」

「そんなの買い被りだよ……」


 俺はただの魔法オタクだ。

 人の上に立つような人間じゃない。そう言おうとして隣を見ると、シルヴィアは小さく寝息を立てていた。どうやら眠気の限界だったみたいだ。


「俺も寝るか……」


 シルヴィアの目元に小さく光るそれを服で拭ってあげ、俺はいつもより少しだけ暖かい布団で眠りにつくのだった。



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