エピローグ(上) 戻る日常

「坊っちゃん!! 話をちゃんと聞いてるのですか!!」


 大広間にデス爺の大きな声が響く。

 咄嗟に耳を塞いだけど、まだキーンとしてる。肉体は死んでるはずなのによくそんな大きな声が出せるな。

 ていうかゾンビってどんな仕組みで動いているんだろう、今度解剖させてくれないかな……などと考えていると、デス爺の顔は更に険しくなる。


「また考え事をしてる! 確かに考えることは大事なことですが、話を聞かないとは何事ですか! 爺は坊っちゃんのことを心配してですね……」

「分かったって。俺が悪かったって」


 もうその話は何回も聞いた、放っておいたら無限ループしそうなのでなんとかそれを止める。

 デス爺の説教は長いんだよな……さっき女神と舌戦するという一大イベントを終えたばかりだから疲れ果ててるんだけど。

 まあそんなことを馬鹿正直には言えないので、黙って俺は説教を受け入れる。うう、お腹すいたし眠い。


「なんで一人でグラズルから帰ってきたのですか!? キチンと同行する者を用意しておきましたのに!」

「えーっと……飽きたから?」

「そんな理由で! 一人で! あの距離を! 帰ってきたんですか!」

「はは……」


 いつにもまして物凄い迫力だ。これはかなり怒ってるな。

 さてどうしたこれを切り抜けたもんか……と思っていると、大広間にある人物が現れる。


「それくらいでいいんじゃないか? アルも反省しているようだしな」


 そう言ってデス爺を宥めてくれたのは、俺の父親の一人冥王ハデスだった。

 闇を具現化したかのような黒い甲冑と、三メートルを超す巨体が特徴的な“最強の魔王”。戦ってる所は見たことが無いけど、その魔力の量と質が他の魔族とは違うことは俺にも分かる。


「ハデスよ、甘やかしても良いことはないぞ」

「はは! まさかお前に『甘やかすな』と言われるとはな。誰よりもお前がデレデレじゃないか」

「何を言っておる。儂は誰よりも厳しくやっとるぞ!」

「……悪いな。私はツッコミが得意じゃないんだ」

「?」


 なんだこの漫才は。俺は一体何を見せられているんだ。


 まあとにかくハデス父さんのおかげでこの場は何とかなりそうだ。

 デス爺の怒りも今のやり取りで有耶無耶になってみたいだからな。


「とにかく! 危険なことはこれっきりにしてくださいよ坊っちゃん! みんな心配するんですからね!」

「……うん、よく分かってるよ」


 俺が愛されてることはよく分かっている。

 だけどだからこそ無茶をしなくちゃいけないんだけど……まあ言っても分かってはくれないだろう。

 俺はまだ、子どもだからな。


「……まあもう夜も遅いことですしお説教もこれくらいにしておきます。ですが! 次やったらこんなもんじゃ済まないですからね! 分かりましたか!?」

「はーい」


 そう返事して俺は大広間を後にする。

 すると珍しいことにハデス父さんも一緒について来た。二人っきりになることは珍しいので少し緊張する。


「どうしたの?」

「なに、最近二人になることも少ないからな。部屋まで一緒にどうだ?」

「俺は構わないけど……」

「そうか」


 そう言って父さんは笑顔を見せる。

 うーん、本当に珍しい。いったいどういう風の吹き回しだろうか。


「……」

「……」


 しばらく無言のまま、隣り合って俺と父さんは歩く。

 嫌な無言ではない、でもなんかむず痒い。普段は何を話してたっけ? 父さんとはあまり世間話をしないからなあ……


「……リッチの奴もアルが心配なんだ。口うるさいが勘弁してやってくれ」

「へ? あ、ああ! デス爺のことね。大丈夫、分かってるよ!」


 急に話しかけてきたからびっくりした。

 自然に返事出来ただろうか?


「あいつは誰よりも『死』を理解しているからこそ、アルにそれが近づくのを恐れている。聡いお前からしたら今更そんなこと言わなくても分かってると感じるかもしれないが、大目に見てやってくれ」

「うん。分かってる」

「ふふ……そうだよな。お前は賢い、それくらい分かっているよな。だからこそ全部自分で解決してしまおうとするのだろう」


 その言葉に俺はギクリとする。

 女神の件、もしかしてバレてないよな?


 あの件を知ってるのは今のところムン姉さんとグラムくらいだ。話が漏れるはずはない。落ち着け俺。


「ふっ、そう慌てなくてもアルが何をしてるのかは知りはしない。隠れて何かをやっているんだろうなとは思っていたが」

「はは……」


 それってもうバレてるのと同じじゃない?

 だが見逃して貰えてるのならお言葉に甘えよう。でも次からはもっと気をつけなくちゃな……。


 そんなことを考えていると自室の前にたどり着く。

 父さんは大きな体で扉を開くと中に入るよう俺を促す。


「私は息子を信じている、だからお前が何をしようと止めはしないし探りもしない。だが……お前の手に負えなくなったらすぐに頼るがいい。そのために親はいるんだからな」


 そう言って父さんは俺の背を押し、部屋の中に入れる。

 ゆっくりと閉まる扉。廊下側から扉を閉める父さんに向けて俺は言う。


「うん。その時は一番に頼るよ」

「それでいい。おやすみ、アルデウス・我らが可愛い愛し子よ……」


 扉が完全に閉まり、俺の部屋に暗黒と静寂が訪れる。

 ようやく日常が戻ってきたと実感する。城に引きこもってた時はあんなに外に出たかったのに、なぜか今はすごいホッとしている。

 やっぱり自分の部屋が一番だな。


「ふぁ……寝るか……」


 やるべき事はたくさんある。

 でも今は眠るとしよう。俺はまだ子ども、大きく成長しなければいけないのだから……

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