第19話 女神
「頭が良くて嬉しいわぁ。私の子ども達はみんな頑張り屋さんなのですが……すこぉし、頭が弱いんですよね。困っちゃいます」
そう言って女神は勇者の顔で笑みを浮かべる。その表情に焦りや困惑といったものは見られない。
感じるのは余裕と愉悦。俺のことを完全に舐めてるって感じだ。
だが……それでいい。
油断している今こそこいつの情報を得るチャンスだ。
「それにしても驚きましたよ。息子が一人帰ってきたと思ったら、やけに小ちゃいんですもの。かわいそうに、私のところにたどり着いてすぐに消えちゃいました。なにがあったんだろーって来た道を辿ってみたらこんな所に着いちゃいました」
どうやら俺の目論見は無事成功したみたいだな。
まさかこんな大物が釣れるとは思わなかったけど。
「君……ですよね? 私の息子をあんな風にしたのは。いったいどうやったんですか? 心を壊されて戻ってきたことはありますが、魂を壊されたのは初めてです」
「……聞かれて素直に答えるとでも思いましたか? どう考えても勇者を殺した私と貴女は敵同士でしょう」
口調を変えながらそう話す。
うっかりすると元の口調に戻ってしまいそうだ。こいつは油断ならない、気をつけないと。
「教えて下さらないのですか? それは残念。しかしまあよいでしょう。楽しみを残しておくのも大事ですからね」
「楽しみ……? それは私のことを言っているのか?」
「はい。そうですよ」
女神は優しげな笑みを浮かべる。
しかしその笑みはひたすらに俺の心をザワつかせた。いったいこいつは何を考えてるんだ?
……読めない。あまりにも人の思考とはかけ離れている。
「正直あとは消化試合だと思っていたんです。だってそうでしょう? 魔族の強者は日々減っているのに対し、勇者は増え続けています。いくら一人一人の
そう言って女神はけたけたと笑う。子どものように、無邪気に。
なんて純粋で邪悪なんだろう。
見てるだけで吐き気がしてくる。そらこんな奴に育てられたら勇者の心もひん曲がるってもんだ。
「でも君が現れたおかげで楽しくなりそうです。だって君は初めて
「……いい趣味してますね」
こいつは人間と魔族の戦いをゲームとしか思っていない。
だからいくらでも残酷になれるんだ。
「さて、ではそろそろ君のことについて教えて頂けますか? 私としては結構話してあげたと思うんですけど」
「なんで私が話さなければいけないんだ。お前が勝手に話しただけだろう」
「ぶー、ケチですね。いいです、たとえ繋がれ目を潰されていても分かることはあります」
女神は不満げにそういうと、靴を脱いで裸足になる。
いったい何をする気なんだ?
「ふむ。この床の感じとひんやりした気温。どこかの地下牢といったとこでしょうか? この子は魔族領のどこかに潜伏させていたはずなので、魔族領のどこかと考えるのが妥当。地下牢は簡単には作れないので大型の都市……でしょうか」
「……っ!!」
寒気がする。
目も見えない状況だっていうのにここまでズバズバと当てることができるか? 本当は全て知った上で話してるんじゃないかとすら思えてくる。
いや……慌てるな。
これくらいだったら推理出来る範疇だ。焦ったら向こうの思う壺だ。
俺がアクションしなければ向こうは何も分からない……はずだ。
「魔王国アスガルディアだと仮定した場合、考えられるのはグラズル、ムッダル、ヴィゴーリア……大穴だと王都イズベルシア、でしょうか。どうです? 正解はありましたか?」
ニコニコと笑みを浮かべながら女神は尋ねてくる。
動揺するな。努めて冷静に、落ち着いて対応するんだ。飲まれたら負けだ。
「……さあな」
「あら冷たい。そんなんじゃちゃんとした
「……意味が分からないですね」
「健気ですねえ。色々策は凝らしているみたいですが、まだまだ甘い。あなたの声のする位置は、成人のそれと比べたら
「――――――――ッ!」
抜かった。まさか声のする位置まで観察されてるなんて。
だが慌てるな。これも計算の内だと思わせろ。声の発する位置なんて確定的な証拠にはならない。膝立ちするだけで簡単に偽装できる。
動揺したら……負けだ。
「バレてしまいましたか。実は私は子どもなんですよ」
「……人の子は健気でかわいいですね。キスしてあげたくなってしまいますよ」
「そんな風に思っているなら少しは手心を加えて欲しいですね。例えば勇者の復活を止める、とか」
話せ。なんでもいい。
この細い糸から手を離すな。なんでもいいから情報を聞き出すんだ。
「勇者が生き返るのがお嫌いでしたか? 彼らには好評だったんですけどね。『まるでTVゲームみたいだ』と。あなたはそうは思わないですか?」
「…………さあ、おっしゃってる意味が分からないですね」
「そうですか、それは残念」
あっっっぶねえ!
こいつ平気な顔してブラフかまして来やがった!
TVゲームなんてこっちの世界にはない。安易に「そうですね」と答えたら自分が転生者だとバラすようなものだ。
性格の悪さも一級品だが、頭の回転力も侮れない。これ以上話すのは危険かもしれないな。
「……もうそろそろ貴女とと話すのも飽きてきました。そろそろ帰って頂けますか?」
「おや残念。私はもっとお喋りしたかったのですが」
心底残念そうに女神は呟く。
クソ、結局こいつの鼻を明かしてやることは出来なかった。何か、怒らせるような手立てはないか?
こいつをぎゃふんと言わせられる何かは……
「最後にお顔を見せていただくことは出来ないのですか? 女神ともあればさぞお美しいとお思うのですが」
「残念ながら今お見せすることは出来ません。私はこの体を借りているだけですからね。死んでいただければこちらに来ていただくことも出来るのですが」
「ふむ。そこまで言うということは……もしかして見せたくないんじゃないですか? もしかしていうほどお綺麗ではない、とか」
「…………」
ここに来て初めて、女神は俺の言葉に眉を
その顔にあの貼り付けたような笑みはない。もしかしてそれが弱点なのか? ここまで狡猾で残忍なこいつが……それを言われるのが嫌なのか?
「そういえば聞きましたよ、女神の本体は魔王城に封印されてるってね。ぜひ見てみたいものですあなたの美しいお顔をね。普段勇者に見せている偽りの顔ではない本当の顔を」
「……おっしゃている意味がわかりません。私は一度も子供たちに嘘を述べたことはありませんよ?」
平静を装ってはいるが、確実に動揺していると感じた。
これ以上女神を怒らせる意味があるかは分からない。だけど……いけるとこまでいってやる。
こいつの化けの皮を剥がすんだ!
「どうしましたか、余裕がないですよ? 化粧が崩れてきたんじゃないですか?」
「貴様……私の美貌を疑っているのですか? 私はこの世界の何よりも美しく尊い女神ですよ? 化粧などせずとも私は何よりも美しいッ!」
そう大きな声で言い張る女神の顔に余裕は無い。
長い間自分を慕う勇者としかやり取りをしなかった弊害だな。こいつは自分が傷つけられることを何より嫌う。特に『美』に対しての執着が凄まじい。
こりゃ本当に本体は醜い化物かもな。
「本当に帰ってもらってよろしいですか? 加齢臭がキツいんで」
「貴様ッ!
怒りを露わにして叫び狂う女神。
おーこわ。鳥肌が立つぜ。だがこれで女神が非の打ちどころのない存在ではないことが分かった。
確かに持ってる力は凄いのかもしれないけど、その心は未熟だ。
なら……つけ入る隙はきっとある。勝ち目のない戦いではない。
「殺してやるぞ少年A。私の前に跪かせ、足にキスをさせてやる。その後一人一人大切な者を目の前でゆっくり殺し、最後に貴様の魂も冥府の炎で焼き尽くしてあげましょう……」
ゆっくりと、俺を呪うように女神は喋る。
ていうかいつの間にか『少年A』とか呼ばれてるし。俺の頭文字と偶然合ってるから心臓に悪いな。
「いいからとっとと帰りな
「すぅーーーー……、いいでしょう。認めますよ、あなたは私の敵だと。絶対に見つけてあげます。そして、逃がさない。どこに隠れようとどんなに逃げようと、必ずあなたを捕まえて私の前に引き摺り出してみせます」
女神は無い目を開けて俺を睨みつける。
眼窩にぽっかりと空いたその穴は真っ暗で、まるで闇に覗かれているみたいだった。
「では……また会いましょう。楽しみにしてますよ」
そう言ってがくりと女神だったそれは項垂れる。
それと同時にずっと俺の体を襲っていた悪寒も消え去る。どうやら本当に去ったみたいだ。
さて……どうするか。
こんなことがあった以上この体を残すのは危険そうだ。研究に回さず焼き払ったほうがいいか?
「いや、それはもったいないな。頭だけ切り離せば流石の女神でも乗り移れないだろう」
そう思い至った俺は、勇者の亡骸に近づく。
そうだ、女神の残滓が残ってるかもしれないから脳を少し調べよう。女神の記憶とかが残ってたらラッキーだな。
そう考えた俺は勇者の頭部に手を伸ばした。
俺の右手が頭に触れる、その瞬間。急に勇者の頭部は口を開き――――俺の手に噛みついた。
「――――っっ!?」
右手に走る鋭い痛み。
勇者の歯は結構深くまで刺さっているみたいで振り解こうにも中々抜けない。その間にも歯は深く肉に突き刺さり赤い血が流れ続ける。
「この……離せっ!」
空いている左の手で拳を作り、勇者の顎を殴りとばす。
すると噛む力も弱くなり俺の右手は解放される。
「ばははははっ! 覚えたぞ貴様の血の味はッ! 私は忘れない! 必ず貴様を見つけ出し、私の前に――――」
「しつこいんだよ
左手で火球を放ち、死体を燃やす。
クソ! 油断した!
そうだよな女神がこんな簡単に引き下がるわけがない。自分の甘さを痛感する。
幸い噛まれた傷は深くない。これならすぐに治るだろう。
「ハーハッハッハ! 待っていろよ少年Aッ!」
燃えながらも女神はずっと叫んでいた。部屋に充満する肉の焼ける嫌な匂いと、耳障りな笑い声。
今すぐにでもここから立ち去りたいが、俺はソレが物言わぬ死体になるまで部屋に居続けた。
「若様、大丈夫ですか……?」
全てが終わり、ムン姉さんが部屋に入ってくる。
顔の造形状、表情は分かりにくいけど心配してくれてるみたいだ。
「うん、大丈夫だよ。何も問題ない」
「そう……ですか。あまり無理しないで下さいね。私も魔王様たちも若様の味方ですから」
「分かってるよ。だから……守るんだ」
転生する前、俺は家族というものを実感する前にそれを失った。
温かい家庭、良好な友人関係、そして胸熱くする恋愛。それらを経験することなく惨めに死んだ。
だからこそ、手にしたそれを失うわけにはいかない。
どんな手を使ってでも俺の大事は守ってみせる。
「首を洗って待っていやがれ。お前も、その子どもも全員俺が殺す」
俺はそう決意を新たにするのだった。
ラスボスたちの隠し仔 第一部 幼年期立志編 完
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