第11話 銀閃
切れ目の底ではシルヴィアが必死にロックビーストと戦っていた。
剣が折れてしまっているのでシルヴィアに攻撃手段はない。彼女の拳や蹴りは確かに強烈だが、堅牢な表皮を持つロックビーストに有効打を与える程ではないからだ。
それに対しロックビーストの攻撃はどれも当たれば一撃で致命傷になりかねないほど強烈だ。
圧倒的に不利な状況。
しかしそれでもシルヴィアは必死に攻撃を捌き、回避し、気を引くことで時間を稼いでいた。
「はあ……はあ……。アル様は無事逃げ切れたでしょうか……」
彼女の頭にあるのは、忠誠を誓った主人のことのみだった。
もはや自分が助かる気すらなかった。ただアルが無事であること。それだけが彼女の望みだった。
「ふふ、この命に未練はありませんが……アル様が大きくなった姿を見れなかったことだけが心残りですね……きっととても強く、聡明で、素晴らしいお方に成長したことでしょう……」
シルヴィアはかつて“銀閃”の異名を持つ凄腕の剣士だった。
誰にも心を開かず、ただ与えられた使命のために剣を振るう孤高の剣士。それが彼女だった。
しかし彼女はある日、知り合いのとある魔王に一人の赤子を託されたことで、人生に大きく変わる。
『のう“銀閃”。お主しばらく暇になるそうじゃないか。であればしばしの間、この子の面倒を見てくれんかの?』
『なんで私がそんなことを……』
当然その申し出にシルヴィアは大いに困惑した。
しかしその魔王に借りがあり、断ることが出来なかった彼女は仕方なくその赤子の面倒を見ることになる。
「……最初は嫌々でした。私が子育てなんて、と」
しかしその赤子、アルを育てる内に彼女は変わった。自分を慕い、ついて来てくれる幼き命と触れ合ううちに、戦場で失ったはずの母性が彼女の内に甦ったのだ。
いつしか冷たく鋭かった目つきは柔らかくなり、よく笑うようになった。初めて家族というものを実感し、自分より大事な存在が出来た。
それを守るためなら、命を捨てることに迷いはない。
「今までありがとうございます、お達者で……」
もう逃げる体力すら無くなった彼女は足を止める。これだけ時間を稼げば逃げ切れたはず、シルヴィアの目に安堵の色が浮かぶ。
『グルァ!』
足を止めた彼女めがけ、ロックビーストはその剛腕を振り下ろす。
岩盤をも削り穿つ、恐ろしい一撃。観念したシルヴィアは目を閉じ、それを受け入れようとするが……なぜかいつまで経っても衝撃はおとずれなかった。
「……?」
不思議に思ったシルヴィアは恐る恐る目を開けてみると、なんとロックビーストの腕は彼女のすぐ手前で突然止まっていた。
「これは……!」
よく見ると自分を守るように半透明の盾が二枚、展開されている。
こんなことをする人は一人しかいない。
「アル様……っ!」
来ないで欲しかった。この気持ちは本当のはずなのに……なぜか涙が出てしまうほど嬉しかった。
来てくれて嬉しい。その言葉を飲み込みシルヴィアは必死に言葉を紡ぐ。
「なぜ、来たのですか。来ないでと言ったのに……」
「いくらシルヴィアの言うことだろうと、これだけは聞けない。家族の危機に動かない奴はクソだ」
アルはそう言ってニッと笑うと、あの時の約束を果たす。
「悪いなシルヴィア、今から無茶するぞ!」
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