第19話 魔王会議

「あ! 見つけた!」


 魔王城の中を走り回ること十五分。

 俺は廊下を悠然と歩く剣王ガーランを見つける。


「ん?」


 俺の声に反応したガーランは振り返る。そして俺の顔を見ると骸骨の顔で嬉しそうに笑う。


「お、アル坊じゃねえか。どうしたそんなに急いで」


 ガーランは三メートルを超える体をかがめ、俺と視線を合わせて尋ねてくる。

 流石に「勇者をとっ捕まえて研究したい!」と言うわけにはいかない。俺の魔王おやたちはみんな過保護げろあまだから許してくれないだろう。本当の狙いが分からないように誤魔化さなくちゃ。


「えーと……ガーランが外に行くって聞いたんだけど、本当?」

「ああ、明日の朝にでも王都を発ち城塞都市グラズルに向かうつもりだ。そこの領主と話すことがあってな」

「へえ」


 ビンゴ。

 ネムの話によると、グラズルに勇者が潜伏してるという噂があるらしい。これはチャンスだ。


「ねえ、俺もそれについて行きたいんだけど……だめ?」


 秘技、うる目上目遣いおねだりを発動。

 魔王おやばか特効の最終奥義だ。恥ずかしいのであまり使いたくないけど、このチャンスは逃せない。使える手札は全部使う。


「う゛、駄目ってことはないが……他の魔王達やつらがなんて言うかだな。アル坊は王都から出てことねえし、もし人間だってことがバレたらマズいからな」

「でもこの前、シルヴィアとズブト村まで行ったよ! それに人間だってバレない魔法もあるから大丈夫!」

「お、おお、そうなのか。それなら大丈夫……なのか?」


 揺らいでる。もう少しだ!


「ガーランと街に行ってみたいなあ……ガーラン・・・・と」

「はあ……仕方ねえなあ。出来るか分からねえが頼んでみるよ。俺だってお前と遊びてえさ」

「やった!」


 成功を喜び、ガーランに飛びつく。

 これで最大の難所を突破した。大手を振ってグラズルに行けるぞ!


「ありがとうガーラン! じゃあ決まったら教えてね!」

「あ! おい! 走ると危ないぞ!」


 目的を達した俺は、明日に備えて部屋に戻るのだった。


◇ ◇ ◇


 魔王城最上階『王の間』。

 魔王しか入ることを許されないこの部屋には、六人の魔王が集まっていた。彼らはここで、魔王国の今後を決める重要な会議を行っていた。

 議題のメインはもちろん『勇者』について。勇者達と実際に戦うことが多い剣王ガーランと獅子王レオナルドの話を聞いて今後の対応を決めていた。

 アルデウスの作った対聖剣用術式は最初こそ役に立ったが、しばらくすると勇者サイドもそれを対策し始めた。勇者達との戦いはいたちごっこになることが多い。


「……さて、これで議題は全て終わったな。みんなご苦労だった」


 冥王ハデスがそう告げると、円卓を取り囲む魔王達は肩の力を抜き各々世間話を始める。


「デス爺さん、あんたの故郷近くで茶葉を買ったんだ。やるよ」

「随分気が利くじゃない獅子王よ。何が目的だ?」

「ハッハ! 知れたこと! 我が息子の話を聞かせて欲しいのだよ! 長いこと会えなかったからな、話も溜まってるだろ!」

「やれやれ、そんなことだと思ったわい。といっても話せるエピソードなど三千個ほどしかないぞ?」

「ガハハ! 強めの酒が必要だな!」


 仲良さげに話す屍王デスと獅子王レオナルド。十年前だったら考えられなかった光景だ。


 元々魔王同士は仲が良くなかった。

 魔王国のために仕方なく協力はしてたものの、話は合わずお互いに敵視していた。


 しかしアルデウスが転生して話が変わった。

 息子という共通の話題ができたことで彼らは急速に仲良くなり、今では酒を酌み交わすことも珍しくない。

 それほどまでにアルデウスという存在は彼らにとって大きく、かけがえのないものになっていた。


「なあハデス、話があるんだけどよ」

「む。どうした」


 みんなが談笑している中、ガーランはハデスに話しかける。


「実はアル坊がグラズルについて行きたいって言ってるんだ。俺としてはいいんじゃねえかなって思ってる。外の世界を見るのも大事だしな」

「ふむ確かに。お前がついているなら安全だろうが……どうしたものか」


 二人でそう話していると、愛息子の名前を聞いた他の魔王達も話に加わってくる。


「坊ちゃんがお外に出るですと!? 行けません! 爺は許しませんぞ!」

「うお、ビックリした! まあまあいいじゃないかデス爺さんよ。息子も外に出たい年頃だろう」

「うおおおお! 爺は寂しいですぞ!」

「ガハハ! 愉快な爺さんだ!」


 大声で騒ぐ二人を他所に、青髪の小さな大魔道士ネムは真面目な顔でハデスのもとに近づく。


「しかし……グラズルには勇者が潜伏しているという噂があります。そこにアルデウスを行かせるというのは良くないのではありませんか?」

「ふむ、ネムの言うことももっともだ。アルも元々『勇者召喚』で呼び出された身、勇者と同郷なこともあるし何か起きてしまうかもしれないな」

「では……」

「しかし、避けては通れない道だ」


 ハデスのその言葉に、王の間は静まり返る。


「このまま戦況が進めば……遠くない未来、魔王国は勇者の手に落ちる。これは覆せない現実だ。そうなる前に確実にアルは動くだろう。あの子は家族想いの優しい子だからな」


 その言葉に魔王達は静かに頷く。

 そんな子だからこそ、彼らは本当の自分の子のように彼を愛することができた。


「危ないことから遠ざけていては、いつか訪れる困難に立ち向かう力もつかない。千尋の谷に落とすつもりはないが、アルにも試練は必要だ。それに本当に勇者がいると決まったわけじゃないしな」


 ハデスはそう言うとガーランの方に目を向ける。


「もし本当にいたとしても、アルには我が国最強の剣士がついている。そうだろ?」

「……もちろんだ。何があってもあいつだけは守り通すさ」


 その言葉に頷いたハデスは立ち上がる。

 そしてまだ何か言いたそうにしているネムの肩に、その大きな手を乗せる。


「心配なのは分かるさ。でも安心しろ。お前がいない間にあの子は成長した。親離れの時も近いさ」

「それは嬉しくもあり、寂しくもありますね……。私の中のあの子は、赤ん坊のままなので」

「それは私も同じさ」


 そう言ってハデスは王の間を後にするのだった。

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