第9話 宝石騎士《ジェムナイト》

 それから俺は魔王国と宝石都市を行ったり来たりする日々を過ごした。

 魔王国では譲り受けた三、四級の魔宝石ジェムを使った武器の開発。宝石都市では魔宝石族ジェニマルたちを交流して戦略を練る生活。


 夜はほとんど宝石都市にいたのでほとんど寝る時間もない。昔の不健康な体だったらとっくに死んでるだろうな。


「……バグベアたちの襲撃は三日後らしいな。なんでそんな事が分かるんだ?」

「ここジェムシュタットは特殊な空間ですわ。普通は他の世界から来ることは出来ませんの。でも周期さえ合えば、無理やり空間くーかんを破って来ることも出来るらしいですの」

「その周期が合うのが三日後ってわけか。厄介だな」


 それにしてもあのバグベアって奴に空間の周期を読み取るような知能があることに驚きだ。顔と知能は比例しないんだな。


「前回の襲撃は大変なもので、たくさん怪我人が出ましたわ。なんとか追い返せかしましたけど、次はもっと大勢連れてくると奴らは言ってましたわ。まだ怪我人も完治はしていないのでこちらの戦力は落ちてます、勝てる見込みはありませんでしたわ」

「だから一人で救世主を探してたってわけか」


 ラビィは藁にもすがるつもりでこっちの世界に来たんだろう。

 そして奇跡的に俺と出会った。正直魔宝石ジェムさえ貰えればなんでもいいとは思っていたけど、ここまで関わってしまったらもう他人と切り捨てることも出来ない。

 なんとか助けてやりたいもんだ。


 そんなことを考えながら歩いていた俺は、ラビィの案内である所にたどり着く。

 そこはジェムシュタットの王宮にある兵舎。ここにいる兵士たちに会いに来たのだ。


「アルさん! 紹介しますわ、彼らが我が国の頼もしき兵士、『宝石騎士ジェムナイト』ですわ!」


 そう紹介されたのは煌めく全身鎧に身を包んだ騎士だった。

 見た目は普通の人に見えるが、きっとこいつらも元は動物の姿なんだろう。人形の方が武器も扱えるし装備も統一出来るから何かと便利なんだろう。


「あなたがラビィ様の言っていた救世主殿か。私は宝石騎士団ジェムナイツの団長、ザック・ジャッカローブだ。よろしく頼むよ」


 そう言って一人の騎士がこちらに手を差し出して来るので俺も握手を返し自己紹介をした。

 サファイアのように青く煌めく鎧が特徴的な好青年だ。前から勘づいてはいたけど魔宝石族ジェニマルの人間形態は容姿が整っているな。

 まあ俺の転生した肉体も中々かわいい顔をしているという自負はあるけど。


「いきなり余所者が来てもあんたは嫌な顔しないんだな。もっと仲良くなるのに時間がかかると思ったぞ」

「ラビィ様が連れてこられたなら無碍には出来ないさ。それに今は故郷存亡の危機。頼れるのなら誰にだって頼るさ」


 なるほど、それほどまでに危険な状況ってわけか。

 確かに兵士たちはどことなく元気がないように見える。バグベアの大群なんて確かに考えただけで嫌になるよな。


「それにしても魔宝石ジェムで出来た鎧とは豪勢だな……ん? その剣についている魔宝石ジェム、なんだか他のそれとは違くないか?」


 ジロジロと宝石騎士ジェムナイトの装備を見ていた俺は一つの魔宝石ジェムに目を奪われた。

 見た目こそ他の物と大差ないが、感じるオーラのようなものが全く違う。

 そして他の宝石騎士ジェムナイトたちも装備のどこかに一つ、明らかに格の違う宝石を埋め込んでいた。


「お目が高いなアルデウス殿。我々宝石騎士ジェムナイトは装備に自らの誓結石……今風に言うと『分け身』を付けることになっている」

「分け身って確か一生に一つしか作れない魔宝石ジェムのことだよな? それって大切な相手に渡すものじゃなかったのか?」


 そう尋ねると横ででラビィが「ぴぃ……」とか細く鳴き顔を赤くする。

 ……やめろ、こっちまで恥ずかしくなるじゃないか。


 するとそんな気まずさをかき消すように団長のザックが説明してくれる。


「確かに分け身は我々魔宝石族ジェニマルにとって大きな意味を持つ。君の言った通り大切な相手に渡したり、代々家に納め合体させ巨大な魔宝石ジェムを作る一族もいる」


 へえ、そりゃ面白い。

 聞けば聞くほどファンタジーな種族だな。


 「我々宝石騎士ジェムナイトは入団と共に自らの『分け身』を武器や防具に装着する。それはこの国に忠誠を示す行為なんだ。自らのもっとも大切な物を国に捧げる、魔宝石族ジェニマルにとってそれは君が想像する以上の意味があるのだよ」


 そう語るザックは誇らしそうに見える。

 いい国だと、そう思った。魔王国にも国のために戦う人がたくさんいるからそれと被って見える。

 だけどいくら国を想っていても実力差は埋めることは出来ない。だが俺ならその力の差を縮める……いや覆えすことだって出来るはずだ。


「その剣を貸してもらえる?」

「ん? この剣を……?」


 不思議そうにしながらも、ザックは自分の分け身が柄に嵌まっている剣を貸してくれる。

 宝石のように煌めく、半透明の刀身。どうやら大きな魔宝石ジェムを切り出して作ったようだ、表の世界で買ったらどんな値がつくか分からないな。


「刀身も素晴らしいけど……やっぱりこの魔宝石ジェムは格が違うな」


 つかに嵌まった拳ほどの大きさの青い宝石。

 それから放たれる魔力は刀身に使われた魔宝石ジェムとは比べものにならない。これで二級品なんだから凄いな。一級品であるラビィの分け身が欲しくなってしまうな。

 流石に小動物と結婚は出来ないけど。


「素材は素晴らしいけど……うん、やっぱり残念だな」


 俺がそう言うとザックは不機嫌そうに眉を顰める。

 おっと言葉が悪かったな。


「勘違いしないでくれ。この剣はたいしたもんだ。魔宝石ジェムの加工技術で言ったらトップクラスだと思うぞ」

「ではどういう意味かな? 返答如何では君と対立しなければならない」

「剣としては素晴らしいけど、これじゃあ素材を活かせてないんだよ。魔宝石ジェムは魔力の伝導率、魔法術式の許容量キャパシティ共に優れた素材だ。

 でも……この剣には魔法効果が埋め込まれていない。これじゃただの魔力をよく通すだけの剣だ。あまりにも勿体ない」


 俺がそう説明すると、騎士団長ザックは「……?」と首を傾げる。

 そうか、そもそも魔宝石族ジェニマルたちは魔武器を知らないんだ。元々知らなかったのか外の世界と関わりを絶ったせいで忘れられたのか。

 どっちかは知らないけど、魔武器の存在を彼らは知らないんだ。


「こりゃあ伸び代大だな……!」


 魔宝石族ジェニマルたちはかなりの魔力量を持っている。

 そんな彼らが魔武器を手にしたらと思うと、笑みがこぼれてしまう。


「魔武器とはなんだ! 教えてくれ! バグベアたちに勝てるのならば我々はなんでもするぞ!」


 おまけにやる気も十分と来たもんだ。


 素材、人員ともに潤沢。

 足りない時間は若さで乗り切る。


「勝てるぜ、この戦い」


 勝ちを確信した俺は、静かにそう呟くのだった。

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