第14話 黒い過去

 ――――今だに夢に見る記憶がある。

     それは辛く、苦しい敗北の記憶。



 幼くして両親を失った私は天涯孤独の身となった。

 物心ついた頃には他のダークエルフは一人として生きておらず、ずっと強い孤独、疎外感を感じて生きてきた。


 そんな寂しさ、怒りを発散するためか私は戦いに明け暮れた。

 幸か不幸か私には戦いの才能があった。ダークエルフ特有の強靭な肉体を存分に発揮し、私はその力を存分に発揮し、破壊し続けた。


 その過程で私を仲間に誘ってくれる人もいたけど……その手を取ることはなかった。

 同じく希少種族であるエルフからも誘われたけど、エルフはまだ何人も残っている。そんな彼女たちに私の孤独が分かると思わなかった。

 いや、分かられたくなかったんだと今は思う。私の孤独は私のだけだと思いたかったんだ。


――――なんて幼稚なんだろう。しかしその孤独だけが私のよすがだった、


「ダークエルフとは珍しいですね。ただで殺すのは惜しい」


 しかし幕切れとはあっけないものだ。

 無謀にも単身で勇者に挑んだ私は、あっさりと敗北した。いくら怒りが強くても、実力差というものは埋まることはない。


「……いいから殺せ。もう、疲れた」

「いいですね、その死んだ目。どうせならその瞳、輝かせてから死にませんか?」


 そう言ってその勇者は私に強力な催眠魔法をかけた。

 かけられた催眠の内容は一つ。それは『最強の魔王、ハデスを殺せ』。


「ダークエルフを憎んでいるのでしょう? でしたらこれ以上の行いはありませんよね。最後の生き残りである貴女が魔族最大の罪を犯す、きっと未来永劫ダークエルフは最低最悪の種族として罵られ続けることでしょう♪」

「そん、な……」


 弱いと死に方すら選べない。

 催眠魔法にかかった私は、魔王国に潜入。ハデスの隙を突き、襲いかかるが……呆気なく撃退される。

 相手は最強の魔族。私は手も足も出ず組み伏せられた。


「お前がダークエルフ最後の生き残りか。まさかこのような形で出会うことになるとはな、残念だ。この手で一つの種族を終わらせてしまうのは心苦しいが……私の命を狙う者を生かして帰すわけにはいかない。後に続く者を生み出さぬためにもな」


 ようやく死ねる。

 そう頭では思ったけど、意外なことに私の体は震えていた。

 頭では死にたいと思っててもやはり死ぬのは怖かった。そして自分の種族の名を汚すことも悲しかった。


 これでは本当に生きてきた意味がない。

 一人で苦しみ続けて生きてきた末路がこれなんてあんまりだ。


 そう絶望していた時、その人は来た。


――――その人、多分操られてるよ。


 冥王ハデスにそう意見したのは、小さな少年だった。

 年は六から七歳くらいだろうか。落ち着きのある、理知的な子に見えた。

 そしてその少年は……魔族ではなく人間だった。


「どういうことだ、アル?」

「感じる魔力が微弱だから分かりにくいけど、多分洗脳されてるんだと思う。催眠魔法の一種だね、普通の催眠魔法と方式が違うけど、確かに魔力を感じる」


 その少年は私の頭を触ると、驚くことに一瞬で私の催眠を解いてみせた。

 他の魔族たちは、催眠されているとはいえ、魔王を殺そうとしたんだから処刑するべきだと主張したが、その少年が私を庇ったことで、私は一命を取り留めた。


 私は騒動の後、私を助けてくれた少年――――アルデウス様に尋ねた。

 なぜ私を助けたのか。なぜそこまで庇ってくれるのか、と。

 それに対するアルデウス様の返事は私の人生を変えるに値するものだったんだ。


「俺も同じだからだよ。ほら、俺も一人だけの人間だろ? それに……前世も一人だったしな。でも今はたくさんの家族に囲まれてる。誰とも血は繋がってないけど、俺は孤独じゃない」


 羨ましい。素直にそう思った。

 私ももっと素直に生きていればそういった関係を気づけたかもしれない。でも全てが遅すぎ……


「俺も同じだったからお前の気持ちはようく分かる。だからよ、俺がお前の家族になってやるよ」

「……へ?」

「そうすればもう心の隙を突かれて催眠なんてかけられないだろ? 我ながらいい案だ」

「いやしかし、そこまでして貰うわけには……」


 気持ちが追いつかない。

 でもそれはなんて幸せなことなんだろうか。喉から手が出るほど欲しいものがぶら下がっている。しかし私はまたしてもそれを掴むのを躊躇ってしまった。

 だけど……この人はそれを許してはくれなかった。


「命の恩人が頼んでるんだぞ? 断るのは失礼じゃないか?」


 意地の悪そうな笑みを浮かべ、アルデウス様は言った。

 そしてその日から、私の中に孤独はあの人に殺されてしまったんだ。



 ――――感謝している。

 そんな安い言葉ではこの気持ちは言い表せない。


 私が戦うのは恩に報いるためなどという安い理由ではない。

 ただあの人に尽くすのが私の生きる理由であり至上の喜びなのだ。


 たった一人の私の家族。

 血のつながりも何もないけど、ただ側にいるだけで心が安らぐ私のよすが


 あの人に頼られたというだけで心は無限に熱くなり、疲労は吹き飛び、力は際限なく湧いてくる。


「かかってこい! 土くれども!」


 例え相手が無限の軍勢だろうと、不死の敵だろうと臆することはない。

 私には家族がいるから、帰れる場所があるから。もう折れることはない。


「これで……どうだッ!」


 何十体目になるか分からないゴーレムを粉砕する。

 既にゴーレムたちはクシナの村に到達してしまっているが、コボルトたちは私が時間を稼いでる内に逃げてくれたので人的被害はない。よかった。


「どうした、怖気付いたのか? だったらこっちから行くぞ!」


 私は重い足に鞭を振るい、痙攣する腕を気合で動かし、敵を討つ。

 全ては信じて送り出してくれた主人かぞくのため。私は今日も戦い続ける。

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