第4話 二人の魔王

「ふむ……今日もやることが多いな……」


 自分の机に積まれた書類の山を見て、冥王ハデスはひとり溜め息をつく。

 魔王国には八人の魔王がいるが、その中でもハデスはリーダー的存在。様々なことに最終判断を下す立場にあるので雑事も多い。


 自分仕様に作られた巨大な椅子に腰を下ろし、彼は書類と向き合う。

 頭脳労働よりも戦うことが好きな彼だが、戦うだけが王の仕事でないことを彼はよく理解していた。


 自分を育んだ国のため、自分を慕ってくれる民のため。

 そして何より、愛する息子のため、今日も彼はペンを片手に戦う。


「……ふう、だいぶ片付いたな」


 仕事に集中し始めて二時間ほど経過すると、書類の山はだいぶ小さくなり、丘くらいサイズになっていた。

 さてもう一踏ん張り……と気合を入れ直すと、彼の執務室の扉がコンコンとノックされる。


「入れ」


 部下かと思いそう扉の向こうに声を投げかける。

 すると扉がゆっくり開き、屍王デス・ザ・リッチは部屋に入ってくる。


「リッチだったか。どうした、私の部屋に来るなんて珍しいじゃないか」

「ふん、お前に少し見せたい物があってな。……それにしても随分忙しそうではないか」


 リッチは彼の部屋に散乱する書類に目を落としながら言う。


「そんなに大変なら少しくらいなら肩代わりしてやるぞ。他のアホ魔王どもにはむりじゃろうが、儂なら出来るぞ」

「ああ、分かってる。でもこれは私の仕事だ、私に任せてくれ」

「そうか。そこまで言うなら仕方ない」


 リッチは呆れたように言いながらハデスの側まで来ると、自らが纏っている黄色い布を彼の前に出す。


「見ろ、これが何か分かるか?」

「ん? 何って普通の黄衣……ってんんっ!?」

 

 ハデスは黒い兜の下の目をひん剥いて驚き、黄衣を食い入るように見る。

 一見するとただの布にしか見えないが、魔法のエキスパートであるハデスの目は誤魔化せなかった。


「なんだこの布は……!? 複雑な……見たことのない魔法効果が付与されてるじゃないか! 認識阻害……だけじゃないな。これは……変換作用? 分からないが他にも効果がありそうだな」

「見ただけでそこまで分かるとは流石『混沌の魔導師』じゃな」

「やめろ昔の二つ名を出すのは」


 三百年前のあだ名で呼ばれ、ハデスは恥ずかしそうにリッチを嗜める。

 一見仲の悪そうな二人だが、その付き合いは長くお互いを認め合っている。


「で? 結局これは何なんだ?」

「これは坊ちゃん……アルデウスが作った」

「ほう、アルが! あいつの魔法技術は目を見張るものがあるな。やはり俺の目は正し……」


「それの効果は聖剣への耐性。さっき実験したが確かに聖剣への強力な対抗策になることを確認した」

「…………っ!」


 リッチの言葉にハデスは驚き、沈黙する。

 そして熟考。彼の頭の中でいくつもの考えが浮かんでは消えていく。


「まあ悩むだろうよ。これは今後の戦況を左右しうる代物じゃ」

「ああ……我々ならともかく、一般兵士は聖剣への対抗策が無いに等しい。だがこの技術があれば普通の兵士でも勇者に一矢報いることが出来る。この差は大きい」


 もし一般兵士全員にこの技術が行き渡れば、今まで取ることの出来なったか大胆な作戦を決行することもできる。ハデスはこれを最も有効に利用出来る方法を考えこむ。


 そんな彼に向かってリッチは言う。


「……お前がこれを使ってどんな作戦を立てようが構わない。じゃが、坊ちゃんを利用するような真似は許さんぞ」


 怒気を孕んだ声でリッチはハデスに言う。

 既に作った物を利用するのは構わない。

 だがあれを作れこれを作れとアルを戦争に利用するのは許せなかった。彼はもうリッチにとって息子や孫同然の存在だったから。


「……そんなことをするつもりは無い。アルは私にとっても息子同然。確かに最初は勇者に対抗するため召喚したが、今はそんな気はない」

「ふん、その言葉、今は信じてやる。じゃが儂の目の白い内はあの子にそんなことさせんからな」


 リッチそう言い捨てるとハデスの執務室から出ていく。

 一人部屋に残ったハデスは誰に言うでもなく呟く。


「くく、あのリッチがここまで子煩悩にあるとはな。アル、お前は凄いよ」


 八人の魔王は決して仲が良いとは言えなかった。

 国のため協力はするが、必要以上に馴れ合うことはない、仕事上の付き合い。それで良いと思っていた。


 しかしアルが来てから彼らに共通の話題が出来て、必然的によく話すようになっていた。

 あの子はこんな食べ物が好きだった、とか。こんな凄いことをした、とか。


 いつの間にか彼らはお互いのことをよく知り、前よりもずっと仲良くなった。先ほどのように本音の言葉で話し合える程に。


「楽しみだよ、アル。君はどんな景色を私に見せてくれるんだ……?」


 楽しげにそう呟いた彼は、期待に胸を膨らませながら作業を再開するのだった。

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