第8話 コボルトの村
ゴーレムを倒してから二時間後。
俺とクロエは無事コボルトの村「クシナ」に辿り着いた。
百人に満たないコボルトが生活する慎ましやかな村だ。派手さはないけど住民たちは楽しげに暮らしている、いい村だな。
「はるばるこんな所までありがとうございますナ。何もない所ですがゆっくりして下さいナ」
独特な訛り口調で俺たちを出迎えたのはこの村の村長だった。
少しくすんだ白色の毛を全身から生やしていて、身長は一メートルほど。この村のコボルト全員に言えることだが犬種で例えることは難しい見た目をしている。
あえて例えるなら……雑種? 元の世界にいた犬とは違い、ワイルド味があふれた見た目をしている。
そんな犬を二足歩行にして服を着せればコボルトの出来上がりだ。
「お出迎えありがとうございます村長殿。しかしゆっくりしている暇はありません、急いで対処に当たらないと……」
「まあまあ、まずはお茶でも飲んで下さいナ。何もない村ですが、採れるお茶は美味しいんですナ」
「いやだから……」
クロエは困ったような顔で俺を見てくる。
やれやれ、人見知りは治ってないようだな。
「せっかくだしお茶くらい飲んでいけよ。調査はそれからでも遅くないだろ」
「わ、分かりました。
「いや、俺は村を見て回ってるから一人で行ってこい」
「しょんな!」
クロエは潤んだ目で俺に抗議してくるが、それを放置する。
俺とかシルヴィアとか長い付き合いの人とは馴れ馴れしいクロエだけど、初対面の人と接するのは昔から苦手だった。
魔王国の兵士として働き始めて少しはマシになったかと思ったけど、あんまし変わってなかったみたいだな。
「じゃ、しっかり働けよー」
何やら後ろで喚くクロエを放置して、俺はクシナの探索を開始するのだった。
◇ ◇ ◇
「しっかし、本当に
ビスケの住んでいたズブト村も田舎だったが、この村ほどじゃなかった。
なんせこの村には宿も店もない。まあ道がないから外から客も来ないか。
「魔導針がなきゃたどり着くのも一苦労だったなこりゃ」
そう呟き、俺はポケットからコンパスによく似た装置を取り出す。
その針の先は村の中心部を指している。そう、この装置の針の先は、『方角』ではなく『目的地』を指すのだ。
といってもどこの目的地も指せるわけではなく、俺の持ってるこの魔導針は「クシナ村」のみしか指せない。
なんでもこの大陸の地中に存在する巨大なエネルギー『魔脈』を利用した装置らしい。原理は勉強したけどまだ完全に理解は出来ていない。今度ちゃんと勉強しなきゃな。
「便利だけど悪用も出来そうだよな。色々と気をつけないと」
手先で魔導針をいじりながらクシナをぶらつく。
しばらく見て回って分かったけど、この村は「焼き物」を作っている人が多い。食べ物のではなく、陶器なんかのことだ。
趣味なのかと思ったけど、中々立派な物も見かける。街に売りに行ったりしてるのだろうか?
……にしてもよく肉球のついた手で上手く作れるな、意外とコボルトは器用な種族なのかもしれない。
などと考えていると、急に後ろから話しかけられる。
「ねー、兄ちゃんって『毛なし』?」
「ん?」
振り返るとそこにはコボルトの子どもがいた。大人のコボルトとそれほど身長は変わらないけど、顔つきは幼い。意外と判別出来るもんなんだな。
「なんだ? ちゃんと毛なら生えてるぞ?」
「でも顔とか腕には生えてないじゃん! 変なの!」
俺の頭には立派な黒髪が生えてるけど、確かにコボルトと比べたら薄毛だ。
この子コボルトに悪気はないんだろうけど「毛なし」という呼び方は引っかかる。いくら外の世界と交流が少ないとはいえ、トラブルのもとになりかねない呼び方だ。
「おい、その呼び方はやめろ。お前だってけむくじゃらと知らない奴に言われたら嫌だろ?」
「それは嫌だけど、毛がないのは本当じゃん!」
「いやだからな……」
子どもでも分かるように、噛み砕いて説明する。
あーだこーだと言っている内に、気づけばたくさんの子コボルトたちが集まってきてしまう。俺はゆっくり村を見て回りたかっただけなのに、なぜだ。
「……だからそういう事は言ってはいけないんだ。分かったか?」
「うーん。まだよく分からないけど、分かった! 言わないようにする!」
「……まあ分かったならいいか」
俺の教えた意味は大きくなったら理解するだろう。子どものうちはなんとなく理解しておけばいい。
さて、気を取り直して村を散策、といきたい所だが今の俺は多数の子コボルトに囲まれてしまっている。こいつらの目は俺を見て輝いている、初めてみる魔族に興味津々なんだろう。正確にはもっと珍しい人間なんだけどな。
無理矢理振り切ってもいいけど、クロエにあんなことをした手前、俺が逃げてはあまりにも情けない。
はあ、仕方ないが相手をしてやるとするか。
「お前ら、魔法は見たことあるか?」
そう聞くと子コボルトたちは一斉に首を横に振る。
「見たことない!」
「まほー、見たい!」
「できるの!?」
「まほーってなに!?」
口々に騒ぎ立てる子コボルトたち。
そうか、そんなに見たいか。なら仕方ない、とびきりのを見せてやるよ。
「よく見てろよ?
手のひらに火球を出し、それを上空に放り投げる。
おおー! と子コボルトたちは歓声を上げる。だがこれで終わりじゃないぜ。
「術式変化……!」
俺は遠隔で魔法の中に仕込んでいたもう一つの魔法を発動する。本来であれば一度発動した魔法を途中で違う魔法に変化することなど出来ないが、あらかじめ変化ギミックを仕込むことで魔法を変化せる方法を俺は開発したのだ。
「
仕込んでいたもう一つの魔法が発動した瞬間、上空に放った火球が大爆発し空に巨大な火の花を咲かせる。もちろんモチーフは花火だ、原理はまるで違うけど中々高い再現度だと自負している自信作だ。
「うおーすげえ!」
「あれがまほー!?」
「まぞくってすごい!」
初めてみる魔法に子コボルトたちは大喜びする。
魔法っていうのは何も戦うためだけのものじゃない。使いようによっては生活の役に立てたり、人を喜ばせることにも使える。
俺も戦争中じゃなければそっちの魔法を考えていたかもな。
「ねえ! ほかには何かないの!?」
「もっと見せて!」
キラキラした目で子コボルトたちは俺の足に群がる。
……ったくしょうがないな。他にも見せてやるとするか。
「しょうがねえ。もっと派手なの見せてやるよ!」
俺は少し面倒くさそうに。だけどどこか楽しげに子どもたちの相手をしてやるのだった。
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