第16話 褒美

「さて、どうなってるかな……?」


 軽くシャワーを浴びて体を綺麗にした俺は、足ばやに地下牢へと向かっていた。

 魔王城地下には牢屋があるが、ここは普段使われていない。凶悪犯を城の中に収監しておくのは危ないからな。


 なのでこの地下牢が使われるのは限られた状況の時だけになる。

 例えばそう、その人物が捕まっていることを誰にも知られたくない時とか。


「つまり今がその時ってことだな。にしてもムン姉さんの手が空いていて助かったよ」


 俺の友人シェリー・ムンスタジア、通称ムン姉さんは普段は王都にある監獄の副獄長を務めていて、拷問や尋問の腕前は他の職員の追随を許さないレベルだ。特異体質の彼女は体内で特殊な毒を精製することができて、それを拷問に利用している。

 魔王城に頻繁に訪れる彼女は俺の昔からの友人であり、俺が転生人だと知っている数少ない内の一人だ。


 流石に一人で勇者を尋問するのは大変そうだったので助けを求めたとこと快く引き受けてくれた。頼りになるぜ。


「ムン姉さん、どんな感じだ……って、少し張り切りすぎじゃない……?」


 勇者を拘束している牢の床には大きな赤い水たまりができていた。

 その中心にいるのは憔悴しきった様子の勇者。体中にあるたくさんの生傷が痛々しい。二人きりにさせた時間は短いはずだが、既にかなり楽しんだみたいだな。


「お帰りなさい、若様。こちらは十分に整ってます、いつでもれますよ」


 凄惨な現場にも関わらず、ムン姉さんは朗らかに話す。

 普段は仲間思いの優しいムン姉さんだけど、拷問しごとの時は情け容赦ない。怒らせないように気をつけなくちゃな……


 本当に味方で良かった。


「おい勇者、起きてるか?」


 手枷と足枷を付けられた状態で立たされている勇者の近くに寄る。

 ちなみにこの枷は魔力を吸い取る効果がある。そして魔力の波長を乱す術式も付与しておいたので勇者は魔法を使うことが出来ないのだ。


「…………あの時のガキ。やっぱりてめえの仕業だったか」


 勇者は薄く目を開けて俺のことを確認すると、そう憎々しげに口を開く。

 だいぶ疲弊してるけど、まだ反抗心は残っているみたいだ。中々根性あるじゃないか。


「ムン姉さん、今の感度はどれくらい?」

「そうね……反応を見るに常人と同じかそれより少し高いくらいかしら」

「そっか。じゃあ一気に五倍、いってみようか」


 そう言うとムン姉さんは触手の先端から粘度の高い液体を出し、それを注射器に詰めていく。

 それを見た勇者の顔は青ざめ、取り乱す。


「お、おい! さっきの五倍痛いってことか!? そんなことしたら死んじまう!」

「うるさい人ね。薬の分量が狂ってしまうから少し静かにしてくれないかしら?」

「頼む! もう痛いのは嫌なんだぁ!」


 涙を流しながらみっともなく懇願するその姿は、グラズルで見せたあの傲慢で不遜な勇者の姿とは似ても似つかなかった。

 短時間でここまで追い詰めるとは流石ムン姉さんだ。下手な奴だとやり過ぎて廃人にしてしまうからな。


「おい勇者、もしお前が俺の質問に答えるなら薬の投与はやめさせるし、これ以上いたぶることなく殺してやる」

「お、俺に仲間を売れってことか? 馬鹿言ってんじゃ……」

「お薬の準備ができました」

「わ、分かった! 何でも話すからそいつを止めてくれ!」


 ずいぶん簡単に折れてくれたな、手間が省けて助かる。

 さて、勇者の情報を手に入れる貴重な機会だ。色々聞いてみることにしよう。


 もっともこいつが知ってることくらいなら魔王おやたちは知ってると思うけどな。


「そうだな……じゃあまずは転生した時のことを教えてくれ。違う世界で死んだお前らはまず女神の所に言って異能チートを貰った。そうだな?」

「ああ、そうだ。女神様はクソみたいな人生を挽回するチャンスをくれた。優れた容姿と恵まれた肉体、そして何より高い魔法能力と異能チート。これのおかげ俺たちは勇者になった! この世界の奴らは俺たちをチヤホヤしてくれる、最高の人生だぜ……!」


 話を聞くに、女神はクソみたいな人生を送ってきた奴らを狙い撃ちして転生させてるみたいだな。その方が言うことを聞いてくれるってことだろう。中には言うことを聞かなそうな奴もいそうなものだけど、そういう奴らは転生させてないんだろうな。


 俺もクソみたいな人生だったから選ばれたんだろう。

 正直『あなたは選ばれた勇者です』とか言われてチヤホヤされてたらこいつらみたいな魔族を殺すことをためらわない勇者になってしまったかもしれない。

 正しく育ててくれた魔王おやに感謝だな。


「女神様は俺たちに言った。『魔王国に私の魂が囚われています。魔王国を滅ぼせば封印されてる私は自由の身となります。助けて下さった勇者には望むものを何でも差し上げましょう』ってな。だから俺たちは何があっても魔族きさまらを滅ぼす。女神様を助けるため、そして望みを叶えるためにな……!」


 勇者は濁った瞳でそう言い放つ。

 そうか。ヤケに勇者たちが張り切っているのはその報酬・・のせいなのか。大方男連中は女神と結婚しようとか考えているんだろうな。

 つまり魔王国を滅ぼせば富も名声も女神も手に入り、世界は平和になってハッピーエンド。大作RPGみたいで素晴らしい話じゃないか。

 敵がデータの塊じゃなくて生きた人だということを除けばな。


 ……それより今の話には引っかかる点があった。


「女神が魔王国に囚われている? そんな話聞いたことないぞ。ムン姉さんは何か知ってるか?」

「いいえ、私も聞いたことありません。少なくとも私の働いている監獄にはいないはずです」


 副獄長である姉さんが知らないんだ。少なくとも魔王国にはいない……はずだ。

 それとも魔王の誰かがこっそり捕まえているのか? もしそうだとしたらなぜ? そいつが勇者を呼び寄せてるならさっさと殺せばよさそうなものだが……謎は深まるばかりだ。

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