56話 雑多な遮蔽物に広い空間、それがおいらの勝利する条件!
クソ広い訓練場、岩柱が多数聳える岩場と化したその中で、メリッグ副隊長とおいらは仕切り直しの為にふたたびお互い距離を取り自分が有利と思う場所に付く。
ファナ艦長はおいら達の配置が見えてるらしい。
『そろそろ良いですかー』
『大丈夫っす!』
『こちらも配置につきました』
おいらは、通路側、出入り口方面にある岩柱の影に隠れる。
なにしても良いとかファナ艦長は言ってたっすよね。ならば……
『では十の十、開始ー』
相変わらず気の抜けたようなファナ艦長の号令とともにおいら達は模擬戦を開始する。
メリッグ副隊長は最初は警戒しつつおいらの位置を探す為、余り移動しない。
九回も戦えばある程度の癖はわかるっすよね。
テルルならとにかく即、移動して攻撃を誘い、攻撃しようと物陰から出る相手を探知殲滅狙う感じだろうなぁ。
「今のうちに距離稼ぎましょうかね」
おいらは岩柱を駆け上がり、左右に跳ねるように移動しながら入り口を目指す。
メリッグ副隊長は、物陰から飛び出た、おいらを即探知。速いなぁおい!
視界に遮蔽円盤複数が遥か向こうから岩柱から隠れるように飛行、物凄い速度で突っ込んで来た。
『フッ君!足場!』
おいらの横に座標固定障壁が展開し、おいらはそれを使って横にひとっ飛び。
ギリ辛うじて回避。危ねぇ!
あらゆる方向から来た遮蔽円盤は淡い陽炎のような感じでしか見えないから回避も厳しいんだよな。
六機素早く旋回しすぐに円盤の嵐がおいらを襲う……回避でき……るんだなこれが。
『障壁、背後!』
念話も言語というより意思のみになってるが、フッ君は反応。障壁展開してくれる。
おいらは体を丸め、魔法筒から火炎魔法を展開、座標固定障壁にブチ当てる。
ケヒー研究室長の言っていた人間砲弾式移動方法!
『甘いよ猿くん』
勝利を確信したか、メリッグ副隊長が念話して来た。
速いとはいえ砲弾ほどの速度では当然ない。
追随して来た遮蔽円盤の嵐がおいらに追いつき命中する直前で、おいらはフッ君に指示。
『フッ君!障壁、全方位複数』
雑な指示だがこういう時に集積念話は役に立つ。
狙った位置の場所に座標固定障壁が展開する。 かなりの数だ。
『かなりの数の座標固定魔法どすえ!』
ケヒー研究室長が驚いたような感じ。
一瞬の思考でも念話なら正確に伝わる。
おいらは、移動したい方向と反対に展開された障壁に火炎魔法を放ち、更に他の障壁にも火炎魔法を放ち、ピンボールのように移動し、遮蔽円盤の攻撃の的を絞らせない。
……が、目が廻りそう。
おっし、遮蔽円盤をある程度撒いた! 時間は確保出来た!
そして……眼下に見えるケヒー研究室長の前に降り立ち障壁をゆるりと抜ける。
歩く程度の速度なら障壁は融合して抜けられるのだ。設定によるらしいけどさ。
全て弾くようにするのもできる。隔離された時のおいらの居た居住区画の通路の障壁とかそうだった。
『え、何処行くの猿くん!』
『そうどすえ、模擬戦はどうするんどすえ』
おいらは脱兎の如く甲板に向けて走り出す。
『なにしても良いとファナ艦長が言ってましたから』
皆様、おいらからの念話を聞いている雰囲気。
『やる場所を移動するっすよ!』
おいらは、甲板の壁を駆け上がり、太い樹々の茂る上方へ姿を隠し、かつその樹々の枝の上を素早く移動する。
この辺りは人も少ないけんど、それなりに人は居る。
突然の全力疾走に、跳躍かまして来た甲冑に驚いている。
遥か下方でおいらを指差して何か叫んている。
驚かしてすまねぇな。
『やる場所を移動って、何言ってるの猿くん。無茶苦茶だよね!』
『外出られると計測できないでおす。どうしまひょ』
……ふむ、ファナ艦長からの反応が無い。
おいらは今の内に距離を取るべく移動する。
雑多な遮蔽物と空間のある訓練場の外。
其処でメリッグ副隊長をなるべく引きずり廻す。面倒臭くなって隙が出来た所を狙う。
至って単純な作戦だ。
ファナ艦長が艦内での模擬戦を嫌って、模擬戦終了宣言したらまぁ終わりだけんども。
と、広域念話が来た。ファナ艦長だ。
『模擬戦を艦内で許可しましたー。兵装は近接系のみですが、危ないので各自気をつけてくださいねー。医療班は回復鞘で待機ー。』
甲板に居る連中が、大騒ぎだ。
何名かは樹上に隠れているおいらを見つけて大笑いしている。
特異点がうんたらとか言ってたから許可するとは予想はしてた。
おいらの世界じゃ絶対あり得ないけど。
『あはっは、やるなぁ猿!』
カーナから個別念話。
『怒られるかと思ったっす』
『艦内戦は訓練想定にもあるから心配するな。やりたいようにやれ。これくらいで怪我する奴は再訓練だ』
『いや、避難民居るよね。どうすんの』
『避難場所への退避訓練とでも思って協力して貰うことになりましたー。安心して暴れて下さいー』
『あー、もう判りました。でも、すぐ終わらせますよ』
『さてー、どうでしょう。メリッグくんも慣れてない場所と言う意味で、同じ場に上がったことになりますよー』
また、ファナ艦長がメリッグ副隊長を煽る。勘弁して欲しい。
『猿、あたいも混じりたい!』
テルル、遊びじゃねぇんだぞ。
『猿さん、頑張って、うぇぇぇぇ』
プリカの応援の念話とともに虹色の何かが口から洩れる音が聞こえる。
盛大にくるくる廻ってたもんなぁ。回復魔法しても完全には治らなかったようだ。
『特異点くん、何も聞こえてないよねっ、よねっ!』
先ほどの戦闘でも聞こえたプリカの僚友らしき娘の念話が混じる。
『ういっす。応援以外、何も聞こえてないっす』
『よろしい。行きなさい』
もう一人居た僚友の娘の落ち着いた声。
軍隊というよりは自警団に近いとカーナが言うだけあって私語の嵐である。
但し、だからと言って技量が甘い訳でもないし規律が無い訳でもない。
飛竜も魔女隊も互角以上に敵と奮戦していたしな。
本来は甲冑同士、大体の場所は判るらしいのだが、その機能は切られている。表示させ続けてる艦内地図に本来は赤い点が表示される。とフッ君から来た。
だけんど、おいらが目を凝らすとうっすらとメリッグ副隊長の姿が見え、距離が正確に判る感がある。
フッ君や
例えるなら目の前の鉛筆を取りに行く時の距離感覚と言えば良いのだろうか。
遠いのに正確な距離感が掴める。
明らかにおかしい。おいらにゃこんな力は無い。いや、なかった。
……
おいらの体は、作り変えられたか、そういう風に作られたか……そもそも、おいらは本当においらなのだろうか……
兄貴との思い出も実在したのかもおいらの記憶の中だけで本当に存在したのだろうか。
少しばかり焦燥感が体を焦がす。
樹上の枝の上を移動するおいらの動きが雑になる。
『見つけたよ、猿くん』
と、イケメンな声と同時に遮蔽円盤がおいらに迫るのを感じた。
「やべぇ!」
つい考え込んで隠れるのが雑になった。
おいらは猿のように樹々の枝を飛び逃げる。
考えても……考えてもしゃあないよな!
おいらはおいら!
我思うゆえに我ありって奴。それだけが確実だと昔の偉い人も言っていた。
自分以外は幻かもしれぬって奴だな。
昔、面白いって言ったら殴られた。拳も幻かと問われたっすけどね。
おいらが何者か、何なのか、どうなっているのか。そんな事はどうでも良い。
今はメリッグ副隊長に一矢報いる事に集中だぜ。
おいらは遮蔽円盤を避け、樹で出来た壁の側面に点在する飛竜の巣に飛び込む。
極力メリッグ副隊長の想定外と予想したの場所を移動することに決めているからな。
足音を立てないように座標固定障壁を展開し、猫のように着地。
いやっほう、成功!
足音は立てなかったぜ。
煩くしなければ飛竜がいても怒りを誘いずらくなる……と思う。
飛竜は人と暮らして長い歳月を経てるらしいし。見た目ほど怖くないはず……だと良いなぁ。
少なくとも喰われはしないとフッ君。
教室三個分はあろう、少し隙間のある、緑の葉の生い茂る樹の枝を編んだような広い巣だ。
清潔に保たれているのが見て取れる。
……へえーこんな感じになってるのか……
そして目の前には木漏れ日を浴び、気持ち良さそうに寝ている飛竜。
やっぱでかい。甲冑着てても見上げる感じである。
まどろんでいた飛竜が驚いたような表情でおいらを半眼で見る。
軽く唸り声。
おいらは少し後ずさり。
念話しようとしたら、フッ君から、おいらは飛竜の個別念話の繋がりがないとの事。
「すみませんっす、ちょいと通らせて下さいっす」
小声で、ぺこぺこしつつ、許しを請うたら、竜騎士と念話したのかしらん……な間の後、尻尾を軽く振ってから、睡眠に戻る。
どうやら許しが出たようだ。
足音を立てないよう座標固定障壁を展開しつつ、出来る限りの速さで抜き足差し足。
巣の奥にある装具や掃除道具らしいものが置かれた、綺麗だけども雑然とした大部屋を抜け通路に出る。
通路は人用なので甲冑着用では少し狭い。
「あ、すんません、ちょと通らせて下さいっす」
何人か人が歩いている横をおいらは謝りながらすり抜ける。
歩いてる人は、驚いているが、面白がってる感じのが強い感じ、と言うか先ほど
突っ込んだ飛竜の女騎士さんだった。とりあえず挨拶しておく。
とにかく、引っかき廻すっすよ。
メリッグ副隊長が飽きるまでね。そして飽きた所にズドンとタッチ!
それでおいらの勝利っすよ!
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