49話  素人のおいらへの軍事訓練。まずはどのくらい動けるかの把握からっすね。


「あのー、士官の方ですよね」


 民族衣装風の服を着た年配の夫婦がカーナに声を掛けて来た。

 子供が四人ほど、奥さんの服を掴んでこちらを見ている。


「ああ、そうだが、どうなされました?」


 カーナが背筋を伸ばし、軍属の対応をする。格好良いなおい。


「おかーさん、魔道人形!」


 子供達がスプイーを見て怖がっている。夫婦も気遅れしている感じ。


「スプイーは良い子よ。ね、スプイー?」

「はい、スプイーは良い魔道人形でありやがります」


「あ、えっ?…! お、王女様!」


 夫婦は近くに来て初めて王女が居ると判ったらしく動揺しておろおろしている。


「「「「王女様!」」」」


 が、子供達の喰い付きが凄い。


「そうよ、私が王女、クー・リンテル! スプイー、この子達に皿のお菓子渡してあげて!」

「了解でありやがります」


 スプイーが王女の皿のお菓子の山から子供達にお菓子を渡す。


「「「「ありがとー」」」」


 子供達は王女から貰ったお菓子に大喜び。そこで買えるだろとかは関係ないんだろうな。


 小声で子供達が魔道人形もそんな怖くないんだなと話している。


 いやー凄いな。王女は魔道人形に対する恐怖感を持つ人をじわじわ減らしてる感ある。これが王族って奴か。


 いや長耳族の凄さかもなー。ファナ艦長も似た感じがある。

 おいらは関心して王女を見る。


 王女は子供達への懐柔が上手く行ったので超ドヤ顔。


「ありがとうございます。王女様」


母親が王女に礼を言う。


「いいの!お菓子はみんなで食べた方が美味しいの!」


 多分、王女は適当に言ってるが、夫婦は感動している。地位って凄い。


「で、用件は何なのかな」


 カーナが夫婦に話を戻すように促すと、夫婦は慌てて喋り始める。


「食事は確かに美味しいのですが……」

「何か不満があるのか。出来るだけ対処する」


 夫婦は顔を見合わせほっとした表情だ。


「出来れば、調理する場所が……自分達作る家の料理も食べたくて」

「ああ、確かに部屋の割り当てはあるけど調理場はないか」


 軍艦ゆえに食堂はあるけど、個室に調理する場所はないな。そういえば。


 テルルが何か言おうとしたが、素早くごま塩頭のバリガが塞ぐ。さすが古参兵。

 絶対あいつは空気読まない。


「わかった、善処する、共同炊事場になるかもだが良いか」

「十分です、ありがとうございます」


 夫婦は礼を言い安心した顔で去っていった。

 子供達も両親について行きながら、お菓子をもって王女に手を振って名残惜しそうに去っていく。



「飯かー、居住窟ごとに色々特色あるからなぁ」

「確かにあたいも、何時も食べてた料理が食べられなくなるのはつらいな」


 皆が頷く。割りと食にこだわりがある文化のようだ。

 軍食を兎のように食べているプリカはそこまでこだわりは無いようだが。


「そういえば猿は自分の国の食事なくても平気なのか」


 うーん、考えたこともなかったな。


「まだそんな日も経ってないからか、そこまではないっすね」


 元々、それほど食い物に拘りある方でもないし。

旨いものは好きだけどね。


「救助というかよ、回収する人が増えるとよ、れんの中だけではちと狭いなやっぱ」


 ごま塩頭のバリガが肉を食いちぎる。


「岩窟は早めに行くかなぁ」


 カーナが悩んでいる。参謀も兼ねる指揮官は大変だなー。


 少し寂しそうにも見えたのは秘密だ。優秀なカーナだ。相談する相手が居ないのかなと思った。



 次の日。


 おいらは左舷甲板上に居た。

 クッソ広い甲板上の隅に陸戦兵の訓練場がある。


 色々調べたいこともあるが、安全性の確保の為にもおいらの訓練をすることになったらしい。


「陸戦は全ての基本だ。手ぇ抜くなよ!」


 教官を務めることになったテルルが腕を組んで仁王立ちでやる気満々である。


「「「訓練舐めたら逝くぞー、気をつけろ!!」」」


 他の陸戦兵も訓練がひと段落ついた奴が覗きに来て囃子立てる。


 この世界の場合、『逝くぞ』が半分ネタでないのが怖いんだよなー。回復魔法が洒落にならんほど凄いから。


「素早いのはわかってる、後は体力がどんなもんか知りたい!」

「猿くんの医療局からの身体情報は記憶水晶にあるがよ、あれで大体わかるんじゃないかよ」


 横に居るごま塩頭のバリガが提案する。

 テルルは記憶水晶に念話を繋げ色々見る……が。


「小難しい! そんなことより簡単に判る方法があるじゃん」


 テルルは医療情報閲覧をあっさり放棄、壁沿いの樹から垂れ落ちる太い蔓を指差す。


「猿、つるを登ってみろ!」

「え、あれっすか! 」


 壁を構成する樹から垂れ落ちる蔓が結構な数、遥か遥か上の枝から垂れ落ちている。


 いやー綺麗だなぁ。十階くらいの高さじゃねぇかね。あれ。


「グダグダ言うな! 駆け足!」

「ういっす!了解!」


 鬼教官と化したテルル。


 バリガが腕輪を何か操作している。登れる秒数でも計ってるのかね。


「「「頑張れー特異点!」」」


 陸戦兵のおっさん達の応援の声を背においらは蔓を登り始める。


 どうせやるならと、この前交戦した、収束光兵器搭載の蜘蛛脚に囲まれてる想定でおいらは登る。


 登る前にも左右に動いて命中を避けるように走る。


「あいつよ、何やってんだがよ」

「敵さんから逃げる想定でもしてんじゃないの?」


「「「おおー」」」


 軍人らしく大声で話す陸戦隊。会話が丸聞こえである。テルルがおいらの行動の意図を即座に読み取るとはちと驚きだぜ。伊達に小隊長してる訳じゃねぇて事か。


「登れとの命令以外の行動をしてる訳だが……」


 高みにある枝から垂れ落ちる蔓は結構な数がある。


 そのうちの一本においらは素早く壁側に廻り込み蔓を盾にしてる感じで掴み、登攀を始める。


 おいらの世界の軍隊じゃ命令以外の事をすれば営倉入りと聞いたが、こっちではやはり違うっぽい。自警団みたいなもんだとカーナが言っていたし、色々緩い。


「おいらみたいな、色々考える臍曲がりには合ってるぜ」


 蔓から蔓へ飛び捲くりながら、猿の如く上へおいらは登る。


「猿の仇名は伊達じゃねぇって事教えてやんよ!」


 喧嘩の為にかなーり過酷な武術の修行めいたこともしたおいら。あっという間に十階くらいの高さの太い枝に到達して眼下のテルルを見る。


「どうでえ!」

「あたいにもそれくらい出来る!」


 テルルが挑発と受け取ったのか、蔓まで走ると、高々と飛ぶ。


「うおっ、飛ぶなぁ」


想定以上の跳躍においらは驚く。


 テルルは蔓を掴むと片手でそのまま体を持ち上げ、自分の体を上へ放り投げる感じであっという間においらの横に来て枝の上に立つ。


太めの枝とはいえ、枝の上で支えも無しで余裕で仁王立ちだ。


「やるじゃん、テルル」

「こんくらい当然じゃん!」


おいらほどちょこまかな動きでもなく、速くもないけど、力強過ぎる登攀、こいつも身体能力高いなぁ。


 手の甲に複雑な魔法陣の輝きが薄っすら見えるから、魔力で身体能力を上げてるんだろるけどさ。


「猿は、体力もあるな! 陸戦隊に来るか!」

「おいらには兎竜とりゅうがいるからな」


「あー、そっかぁ」


 残念そうなテルル。

 突撃艦で突っ込む脳筋軍団はおいらは無理っす。


「ま、とりあえず次は甲冑の動きを教えるよ」


 テルルはそのまま十階の高さのある枝からすっと落ちる。


「えっ、マジかよ」


 落下するテルル。

 途中で蔓を掴んで落下速度を殺している。凄ぇ。


 だが、カーナはこれ以上の高さから一気においら抱えて落下していたなぁ。細かい事から垣間見えるカーナの凄さ。古参兵からも一目置かれていた……いや、それ以上か。


 おいらは落下を腕力で相殺とかは無理なので、蔓を伝って降りる。

 いやー、登るより降りるって大変っす。ちょい怖い。


「遅い!」


 下で降りるのを待ってるテルルが地団太を踏みながら怒る。


「あの高さから飛び降りるのなんかおいらにゃ無理だって。死ぬわ!」


 そう言いつつ、低い位置まで降りたおいらは床に飛び降りる。無理したので足が痺れる。


「何言ってんの、猿?」


 不思議そうなテルル。


「身体強化魔法陣が体に入ってないんだからよ、無理言うなだがよ。しかし素とすれば、ちょと信じられない身体能力だがよ」


「素?」


 テルルがごま塩頭のバリガに聞く。


「軍の講義で記憶水晶で見ただろうがよ」

「忘れた。あれ映像見るだけで記憶定着ない奴じゃん」


「ったく、俺等は餓鬼の頃から魔法陣入れられるから、強化のない状態も知らんし、結構な飛んだり跳ねたりが余裕で出来るし病気にも殆どならんけどよ、素の状態だと違うんだがよ」


「その凄い魔法陣おいらにも入れてくれよ」


いやマジで。


「特異点は俺たちと違うのが、その存在価値と艦長が言っていたからなぁ。多分無理だがよ」


「あぁ、記憶水晶のあれかぁ。思い出した。猿、お前かなり動けるんだな」

「こっちへ召喚されてから、妙に体が軽いのはあるけどな」


 おいらは軽く体操しながらも体の軽さを感じる。柔軟性も上がってるぜ。まじかよ。


「召喚の時に翡翠様が何かした?……医療記録見たけどよ、何も妙なのはなかったがよ」


 ごま塩頭のバリガが頭を捻っている。

 おいらも検査の時、記録見させて貰った。


 殆ど良くわからんかったけど。さほど差はないと医療士官が言ってた。


 あっちでは医者の書いた書面とか見せて貰うのは無理だったけど、こっちはほんとそういうの無いなぁ。

大らかで居心地よいっす。

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