50話 テルルに訓練任せるのが心配でメリッグ副隊長が来たっすよ。


「猿の身体の謎かぁ」


 テルルがおいらの体を見る。


「まぁそのうち判るだろ、色々検証もする的な事をカーナが言ってたし」


 ……検証かぁ。何をどう検証するのか怖いっすけど。回復魔法あるからと、解剖される事は無いと信じたい。


「とりあえず、基本の甲冑の使い方から教えよっかね」


 テルルが軽く合図すると、少し離れた場所で膝を付いて座っていたテルルの甲冑が歩いて来る。あと横に置いてあった甲冑も追従するように歩いて来た。


 正式には重骨装甲と言うみたいだが……何かしらの獣の骨と西洋風な甲冑を組み合わせた感じ。ワイルドだねぇ。


 テルルの甲冑とともに模様や汚れ等の装飾が一切ついてない、新品のような甲冑もやって来た。


「……ん、新品……だと?」


「猿用というか、教練用の汎用甲冑で、人工精霊にも癖がついてない奴だな」


「記憶水晶ならよ、腕の良い奴の記憶を押し込めば、すぐに動かし方程度はわかるようになるんだがよ」


「おいらは禁止されてるから、普通に訓練して覚える必要がある……と」


 ごま塩頭のバリガが大変だなお前な顔をする。


「記憶水晶便利っすね。訓練要らずっすか」


「記憶水晶による学習はさ、記憶定着あるから忘れないけど、熟練兵の記憶だから、記憶が自分の体と違うじゃん」


 テルルが手足を広げて立つと、後方から人型搭乗口を開いたテルルの甲冑が、吸い込むようにテルルを取り込み、装甲を閉じる。


『動きも凄いから自分の体に合う感じに馴染ませるまで大変だったりするんだ。あたいはきつかったな』


 装甲を閉じた甲冑の隙間に魔法障壁の淡い輝きが宿る。と、ともに会話が外部音声っぽいのに切り替わる。


「記憶水晶からの記憶と、あたいの体格と甲冑の型の違いもあって慣れるまで大変だったな」


 甲冑を装着したテルルは何かしらの格闘技っぽい動きから、回避の動き、魔法攻撃の動き。


「甲冑着てても動きはつけてない時と遜色ないのは凄いよなぁ」


 救出作戦の時の剣持ちの動きとか、鎧を着てない達人の動きだった。


「そんなの当たり前じゃん。むしろ、着てない時より動ける」


 テルルは高々と飛び上がると、先ほど登った太枝へ降り立ち、左右へ空中を機動しながら降りて来た。凄ぇ。


「熟練兵の記憶があれば、少なくともどう動けば良いかはわかるんだろ」


「ん、まぁな」


 まさに熟練兵って動きだ。無駄がない。ここまで自力で到達するのは難しいと思うわ。


「新兵は、自分の体の動きとよ、定着された記憶と擦り合わせていくんだがよ、よほど、動きの鈍い奴でもなければ、十日もあれば皆と遜色なくなるぜ」


「熟練兵の量産かぁ。地味に凄いなぁ」

「ん、そうか?」


 彼らにとって常識過ぎて、ピンと来ないみたいだ。


「量産なら記憶入れて即、熟練の兵にならないと駄目じゃん」

「それは確かに怖いわー」


「魔道人形がそれだったと聞いたがよ」


 ……あー、スプイー達、魔道人形が今でも恐れられている理由の一つがわかった感。


「そんな事より、猿、甲冑の訓練、訓練!」

「ああ、そうだった。お願いしますテルル先生!」


「……と、その前に」


 ……嫌な悪寒。


 テルルが熊の如く両手を挙げる姿勢。

 そのまま甲冑で掴み掛かって来た。


 おいらは、つい、其れを両手で受け止めてしまう。


「掛かったな!攻撃を意識させなければ、回避しないと踏んだ」


 甲冑は大きいので手で組み合うというよりは、上から押さえつけようとするテルルとそれを下から押し上げるおいらの構図だ。


 半端ない圧力。力を抜こうもんならそのまま殴打は確定だ。


「なにしやがる!『先生』だろ、今は!」


 ちょい切れのおいら。


「甲冑と同格とも言われるダダ爺謹製の軍服の力が知りたい……じゃなかった、魔力通して軍服の増力魔法を起動させろ」


 めりめりと音がしそうな圧力に耐えつつ、小声で聞く。


「フッ君!」


 ……どう力を増したいか考えてから魔力流せとの感覚がフッ君から来た。

 集積念話に近く、使用方法が脳内にドンと来る感じだ。


「おk、全力で行くぜ!」

「あ、馬鹿!」


 ドンという感じで空気が鳴り、衝撃波が組合う両手から噴出すように飛び出す。

 廻りの見物に来てた陸戦兵達が衝撃波に吹き飛ばされる。


 ミリッという音がテルルの甲冑から聞こえる。力比べは勝てそう。

 と、テルルの甲冑の前面が開きテルルが飛び出して来た。


 フッ君の障壁に触る直前でゆっくりとした動きで障壁を融合させると、おいらの腕を掴むと抱きつくように体を密着して来た。


 硬く締まってるけど適度に柔らかい。あ、良い匂いもする……

 え、何してんのと思う間もなく、テルルの肩が寸頚の如くおいらの顎を打ち抜く。


「がはっ!」


 おいらは一瞬気絶し、魔力供給の途絶えたフッ君の力は消え、テルルに押さえ込まれる。


「いきなり全力でやる奴がいるか馬鹿! おたいの甲冑に傷がつくだろ!」


 体を裏返えされ、押さえ込みの体勢から首関節を素早く極められる。

 さすが陸戦兵。組技凄い。おいらは組むと三下雑魚がもろに出る。素早いけど力はあんま無い。


 悲鳴も出せない極めっぷりに、医療鞘送りを覚悟するおいら。

 みしり……と、おいらの首から嫌な音が聞こえてくるるるる!



「おーい。猿くん死にそうなんだが」


 飄々としたイケメン声が聞こえて来た。


「え、メリッグ隊……副隊長!」


 テルルがその甘い声に釣られたように、即、首関節を解き、立ち上がって敬礼する。


 他の陸戦兵見る限り、態度は変わらんのでテルルが憧れてるだけっぽい。

 野獣系イケメンは色々得だなぁ。おいらにゃ縁の無い世界だ。


「俺等へ対する態度と全然違うんだがよ」


 ごま塩頭のバリガがおいらに手を出し起こしてくれる。


「対竜騎士用の格闘術上手いじゃない」

「光栄です!」


 テルルが硬直したような妙な感じの直立不動で答える。馴れてない敬礼はしない方が良いな。


 バリガ達、甲冑兵達も噴出しそうになるのを必死で堪えている。


「ん? 今の竜騎士用なの?」


「そうだよ。猿くんの軍服は竜騎士用だからその訓練だったと思ったけど」


 メリッグはおいらの質問にお洒落無精ひげを蓄えた顔で、爽やかな笑顔で答えてくれる。


 やめろや、男でも落ちそう。


「甲冑で反撃不可能な状況にしてからの、格闘戦に持ち込んで極める。後は燃やすも、刺すもやり放題。陸戦兵は怖いねー」


 メリッグは肩を竦めて怖い怖いな表情。

 柔道の横四方固めみたいなもんか、あれも技の由来はえげつない。

 動けなくして、小刀で鎧の隙間からザックザクだもんな。


「ゆっくり触れば障壁は融合魔法発動するからな。速ければ弾くけど」


「障壁を強く張ってる相手はそのまま関節を折るのも良いよ。可動域の障壁は柔らかいからね。今度試してみると良い」


「了解です!試してみます!」


 テルルがやる気満々の答えのあとおいらを見る。


「猿、協力してくれ!」

「嫌っす!」


「なんだよ、じゃ仲間に……」


 テルルは他の陸戦隊の面々を見るが皆視線を逸らす。

 そりゃ痛いのは嫌だもんなー。




「そういえばカーナは何してるのですかね」

「魔女隊の特訓中だな。最初の敵との戦いで犠牲者が出たからね」


 犠牲者かぁ……魔法による回復でもどうにもならない怪我とかあるのか……

 ……直撃、爆散かなぁ。なんまいだぶ。


 あれだけの激戦でも死者数名ってのは凄過ぎるけどな。回復魔法が洒落にならん性能だもんな。


 メリッグはおいらに顔を寄せると、口を動かさずに小声で囁く。


「俺は猿くんを教えるのがテルルくんだけでは心配だからとカーナが送り出したって訳」


 うん、正解! 先ほど首の骨折られかけました。


「カーナの今やってる訓練、聞いてみる? 念話だけなら許可するよ」

「え、まじっすか。でも念話とか……訓練中ですよね?」


「何しようが、結果が全てでしょ。実戦なんか私語だらけなんだから、それも訓練のうち」


 自由なのか厳しいのか……逆に実戦的なのかもしれないなぁ。

 常に全力で居られるのは一部の優秀な奴だけだもんね。


「では、この辺りの範囲に適当に念話廻すね」


 領域指定して念話なんか出来るのか。 



『いやぁぁぁ! また撃墜』


 いきなり響き渡るプリカの悲鳴。


『もう十四回目だねっ』


『飛竜隊は、あの糞敵の動きを完全に真似してます。分断して弱った魔女を袋叩き』

『プリカは飛ぶの下手だもんねー、ゆえに連続で被撃墜よね』


 プリカの悲鳴と、仲間らしい魔女の会話が念話で来た。


『お前達、動きが甘い。弱った奴を狙うのは分かってるのだから、そこに複数人で範囲魔法でも叩き込め。魔女隊は牙蜂の如く群れで戦え!』


 厳しいカーナの念話。


『わ、わかってはいるんですけど』

『訓練終わったら、訓練映像見て反省と連携の構築だねっ』


『いやぁぁ、十五回目!』

『プリカ盛大にくるくる廻ってるねっ』


『プリカは魔力威力と、正確性が凄い。運用できれば使える……はず』

『砲台役ねっ。わたし盾役すれば良いのかなっ』


 おっおう。すっごく過酷な訓練してる。



「……なかなかの特訓のようですね」


「魔女隊は学徒兵が多いからどうしても厳しくなるな。生き延びて欲しいからね。」


「あたい思うに、敵への対処戦術の編み出しも兼ねて、実戦に近い感じで行ってますね」


 テルルの言葉にメリッグが頷く。


 当たりかよ。地味に核心ついて来る。先ほども組み合いも、実戦ならおいら死んでた。

雑な奴だけど、テルルは兵隊として舐めたらあかん。おいらはそう思うのだった。

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