35話 良い声の副隊長メリッグ。おいらも妊娠しそうな良い声っすよ

「おーい、生きてるかー」


テルルに抱き起こされ軽く頬を叩かれる。


「軍服に指示すれば回復魔法が掛かりけど、弱いですから一応こちらでも回復かけますね」


プリカの手が軽く光り、おいらを包む。


軍服のフッ君から軽く不満の意思が伝わってくる。

自分でも軽度の回復は出来るらしいとのこと。使いこなせてなくて済まねぇ。


人格ってほどでもないけど、インコ程度の意思はあるんだよなぁコイツ。服なのに。

まぁだから名前付けたんだけどさ。


「ありがとう。もう大丈夫だぜ」


そう言っておいらはテルルに抱えられた腕から立ち上がる。

テルルは男の多い甲冑兵だからか、男との軽い身体の接触は平気なようだ。


「一体何をれんと念話してたんだよ」

「じゃれ合いみたいなもんだ。気にすんな」

「竜とじゃれ合うなんて、命が何個あっても足りませんよ。猿さん」


テルルとプリカがおいらを覗き込むように観察する。


れんの電撃は凄いなぁ。軍服貫通だぜ、さすが竜だな」

「しかも猿さんに火傷を負わせない程度に抑えてます」


「いやでも、気絶させるほどの電撃はどうなん?」

「竜とじゃれ合いでその程度で済んでんなら上出来だろ」


……確かに。竜撃ドラゴンブレスは洒落にならん威力だったもんなぁ。


納得した表情のおいらに二人は頷く。


「荒っぽいのは一応軍隊だからってのもありますよ。街や村だとそうはいきませんから」


と、プリカ。しかしすぐに、地殻津波に飲まれた故郷思いだしたのか心が締め付けられているような苦しい顔になる。隣のテルルも思い出したのか泣きそうな表情だ。


余所者のおいらは慰める言葉もない。少し待ち二人が落ち着くのを待つ。

そして、救助部隊の集合場所である甲板へ向かい歩きだす。


「そういえば、ファナ艦長は綺麗で貴族めいた立ち振る舞いなのに荒っぽかったなぁ」


気分を変えようと話題を振ったおいら。

二人はそれに気がついたのか乗って来た。


「ファナ艦長はなぁ。移民団が出る前から艦長やってたんだぜ。長耳族は長寿なのもあって六百歳越えの歴戦の戦士だ」


六百年かぁ……おいらの感覚だと歴史上の人物だなぁ。生きてるけどさ。


「あの外道星戦の生き残りらしいですね」

「外道星戦って何よ?」


「意思と魂をもつ魔道人形を作り出した者たちが生み出した文明だが魔道人形達は痛みを知らないために、次第に他の星系の人達と軋轢を産み開戦……」


プリカが教科書をそらんじる感じで教えてくれる。


「洒落にならなかったらしいな。惑星が何個も吹き飛ばされたらしい」

「ま、まじかー……やっぱ竜撃ドラゴンブレスで?」


二人が頷く。


やべぇな竜撃ドラゴンブレス


竜撃ドラゴンブレスは流石にあの隕石攻撃ほどじゃないけどな。強力なのは間違いない」


「正確には竜撃ドラゴンブレスで一時的に居住不可能になったと言うことなんですけど、授業で記憶水晶で少しだけ当事者の記憶の断片を見させられますけど、かなり……」


二人がげんなりした顔。かなりきついらしい。記憶の断片ってことは感情付きなんだろうなぁ。


「ある意味経験済みって奴か」


故郷を潰されてる割りには、皆落ち着いてると思ったが。戦争とはそんな感じな感覚が刷り込まれてるのか。


「惑星破砕は記憶水晶と実際は全然違うのはわかった」

「ですね」


テルルが怖い顔して遠くを見る。あのプリカでさえも。


「そうだな……すまん。余計な事言った」


おいらは立ち止まって頭を下げる。


二人は慌てたようにおいらに気にすんなと言ったが、

おいらも人の住んでいた惑星とやらを滅ぼされた怒りはある……が、やはり余所者のおいらとの温度差は激しい。この部分は慎重にしないと駄目だ。


「ま、詳しい事はスプイーにでも聞けば良いじゃん。当事者らしいぜ」

「……当事者相手に聞けないだろー」


妙にスプイーが心の傷がある感じなのはそのせいかー。


「なんで?……いやー、さすがに聞けないか」

「文書記録もありますから、探しておきますね」


「助かる。にしてもまた勉強かぁー」


嘆くおいら。


「猿さんは、学習水晶は使用を止められてますから頑張って下さいね」

「そうなんだ。大変だなー……で、何で?」


「記憶を強く植えつけるから、違う価値観を持つおいらに余り使いたくないそうだ」

「おっ、おう。そうか」


テルルが哀れむようにおいらを見る。

テルルがこの意味を理解してるか疑問だ。


「外道星戦の正確な理解には故郷楽園星域の歴史に技術史に生物、魔法共鳴学に……」


学者肌のプリカが、おいらの横で恐ろしい数の学問書を呟いている。


「お、お手柔らかにお願いしますプリカさん」


となんだかんだやってるうちに甲板に着いた。


「おお、なんか賑やかだな」


甲板上には学校のプール二つ分くらいの長さの砲弾型の突撃艦が三隻並び、手前には装備を運び込んだりしている整備兵らしき人達でてんやわんや。


数十人は居る甲冑兵は装備を装着した奴も居るし、脱いで自分の甲冑や装備を弄っている奴と様々だ。皆、談笑し、緊張感は余りない。


手前側には飛竜が六匹ほど、巣というか個竜区画から出てきており、

鞍やその他になにやら装備をつけられている。


妙に体格の良い黒軍服達は竜騎士だろう。竜の数だけいて、整備兵と打ち合わせらしきものをしている。


「来たか!猿」


離れた場所で指示を出しているカーナがおいら達に声を掛けてきた。

背筋がピンと伸び、歩き方も活力に溢れていて、つい兄貴を思いだす。


辺りに居る陸戦隊の奴らもおいらに気づくと、声を掛けて来る。


「突撃艦の魔力減ったらまた頼むぜ」

「あいよ、いつでも行くっすよ」


翡翠へ救助へ向かったときの奴らだ。この感じ好きだな。


竜騎士や整備兵の一部もおいらを見ているが、好意的……な感じかな。

もしかしたら翡翠での王女救出時に一緒に出た竜騎士達なんかもな。


「遅れてすみませんっす」


おいらはカーナに頭を下げる。


「いや、集合は出立の二刻前が慣習なのを言い忘れてたこちらの落ち度だ。問題ない」


おいらは早めに起きたつもりだったが、軍隊ってのは厳しいな。


ー刻はほぼ一時間。一日は二十五刻だ。隔離時にプリカに教わった。

一年は三百七十日。年とか刻とかはおいらの脳内適当な訳で喋る時は当然別の発音になる。


カーナは指揮官として動いている状態で、喋りも軍人として動いてるときの喋りだ。

ちょとばかし闘気も漏れてるので猛獣が近くに居る感じ。びりびり来る。


「良いねぇ」


兄貴の近くに居るときは、いつもこんな感じだった。


「本当かよ。あたいは、作戦始まるとカーナはおっかないから苦手だ」


「カーナさん、平時は竜騎士の中でも気易い感じで話易い姉御って感じなんですけど

作戦始まると頼れる感が凄いですよね」


「そうだな。あんなでも頭も切れるし、古参の出る幕もほとんどねぇよ」


と後ろから、いきなり物凄くイケメンな声がした。

当然の如く過敏反応のおいらは声の主と一瞬で距離をとる。


「おお、噂通り速いな。驚いたよ」


声を掛けられただけで、妊娠しそうな良い声の男はおいらより頭一つ分背の高い筋肉質の三十代前半くらいのおっさん。


竜騎士の服を着ているから、カーナの部下かな。

燻し銀に使い込んだ軍服を着て、古参兵っぽい凄みが体から喋りから溢れてる。


明るめの茶色の髪に銀の入った、無精髭の生えた野獣系美男のおっさん。

顔に斜めに入った傷が凄みを付け加えている。


飄々とした感じで野獣系。女にもてそうだ。おいらの敵だな。


「メリッグ隊長!」


テルルが、直立不動になって挨拶する。

プリカは学徒兵だからか、そこまで反応はしていない。怖いおっさんが声掛けて来た的な顔だ。


テルルの反応から大物らしい。


「よせやい、今じゃあ副隊長よ」

「君が猿くんか。いや、召喚された所は見てるはずなんだが、今でも信じられんな」


プリカとテルルが確かに、確かにという感じで頷く。


「髪色は違うけど。大昔のお伽話の存在って感じの特別な何かは感じないねぇ」


野獣系美男のおっさん……メリッグがおいらに顔を近づけて来る。

おいらを、少し睨みつけるような感じで闘気を漏れ出すように浴びせて来る。


「いきなりの出現も手品か魔法で騙されてる気が今でもするなぁ」


圧力が凄い。軽い闘気で肉厚が三割は増えた感じ。


凄いのはおいらにのみ圧力があることか。横目で見るプリカとテルルは緊張こそすれ、喧嘩になりそうな雰囲気を感じてる様子じゃねぇ。地味に凄いな、このおっさん。


「喧嘩売るなら、買うっすよ。コレ(救助)の後ならね」


勝てる気はしないが、負ける気もしない。何時間でも逃げ続けてやるっすよ。


「で、メリッグ隊長はカーナに喧嘩で勝てるのかな」


ちょいと鎌をかるおいら。

メリッグは表情をしかめっ面に変えるが、嫌なことを聞かれた感じじゃない。

むしろ嬉しそうだ。


「いやー。ちょと無理かな。十数える間持つかも怪しい」


メリッグは居るカーナの方を見る。おいらも釣られて見るが、カーナもこっちを見ていた。


「おっと、猿くんにちょと威圧したのバレちまってる……怖い怖い」

「メリッグ副隊長、おいらならカーナ相手なら一数える間も持ちませんよ」


メリッグ副隊長は笑いおいらを軽く叩く。


「俺の威圧を喰らっても怯まない奴がねぇ……二つ数える間くらいは持つだろ」


ちょとだけ褒められた。嬉しい。


「ま、そのうち手合わせでもしてくれや。配属場所によっては俺の部下になるかもだ」


そういってメリッグはくるりと背を向けると片手を上げて去って行った。

糞イケメンな動きにテルルは憧れの目。


「カーナさんにメリッグ副隊長が喧嘩で勝てるかなんて聞くから焦りましたよ猿さん」


プリカがあわあわしながらいらに言ってくる。


「あー、鎌掛けたんだよ。素直に乗ってくれた。しかし凄いなぁ。隊長の座譲って自分は副隊長に降格とか、器がでかい男だな」


「竜騎士隊の隊長の座をカーナに譲ったの有名だぜ。あたい的にはメリッグ様が隊長のままで良かったと思うけどな」


「カーナさんは竜騎士の模擬戦で一対三十で勝ったって噂もありますね」

「あ、それ本当らしいぞ。陸戦隊でも噂になってた。化け物の新入りが来たってね

あたいと殆ど同い年なのになぁ」


「隊長譲ったのは隊員全員がカーナの方を向く感じになってたからなんだろうなぁ」

「あ、なんとなく判ります。カーナさんが居るとつい、頼りたくなりますよね」


兄貴の臭いのするカーナならそうなる。何故か人が集まる。頼る。そんな感じ。


辞めるか移籍せずに副隊長なのは引き止められたか、人材不足か……両方だろうな。

だが、隊長やってたプライドも高いであろう男がそれを受け入れられるのは凄い。マジ凄い。


半端なお偉いさん達は、面子プライド絡みで兄貴に喧嘩売ってはぶっ潰されてた。プライドって奴は本当に面倒臭い。


「メリッグさん凄ぇ」


おいらは小さく呟くのだった。

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