54話 地獄のメルカッゾ! 回復魔法のある軍の訓練は過酷っす!

メリッグ副隊長の甲冑講座は何時の間にかケヒー研究室長のおいらの研究になっていた。下でメリッグ副隊長が諦めたように立っている。

学者さんの学究魂に火が付いたら止められないのはこっちの世界でも同じらしい。


『猿はん、次はこれどすえ』


 糞広い訓練場の奥に何かを映し出したらしいが知覚できないなぁ。


『見えないっす』

『ではこれは、どうどす』


 障壁より差し出された何かから、何かが飛翔する。

銃弾並みの速度だが何故か見える。判る。


『ああ、それは判るっす』

『全部?』


『大、中、小の虫みたいな何かっすよね』


 おいらは空中に飛ぶ何かを指で指し示す。


『予想通りやわー!!!!』

『やりましたね!!!!』


 ケヒー研究室長と仲間が手を合わせて大喜びしている。


『え、何が予想通りなんですか……』


 と、視界の端で無言で必死に制止するメリッグ副隊長。


『一体何が予想通りだったのか今、教えて貰おうとしたでしょ』


 個別念話でメリッグ副隊長。


『説明を求めると物凄い長い長い長ーい時間解説されるからね』


 学者や趣味人に良くあるあれか……


 おいらも自分に何が起きてるのか知りたい……が、メリッグ副隊長

 を長時間解説の巻き添えにするのは良くないっすね。


 だが、時間取って聞きに行くにしても体調を万全に整えて、プリカに必要そうな知識を事前学習もした上で聞きに行かないと、専門用語の羅列で寝てしまう事は確定だなぁ。


 メリッグ副隊長差し置いて場を仕切り始めているケヒー研究室長。

 知識欲が爆発し燃えてるケヒー研究室長と仲間達。


『訓練というよりも検証になってるっすね』


『猿くんの見えるってのがどの程度までか知りたかったっていうのを最初は見学に来るだけという話だったんだけど……悪いね』


『おいらは数万年ぶりに召喚された『特異点』とやららしいから、調べる機会を伺ってたんでしょうね。しゃあないっす』


 解脱した坊主のような糸目になったおいら。


『そう言ってくれると助かる』


 メリッグ副隊長がおいらに謝意を向けてくる。


 次から次へと実験が切り替わる。主に何処まで見えるかというもの。

 ケヒー研究室長とその仲間達が妙にハイになってるので止めようにも止められない。


 止めてと言うのも気が引けるって奴だ。

 まぁおいらも、自分に妙な感覚があるらしいのは気になる……ので協力するっす。


『さてと、次はメリッグ副隊長にも協力して貰いますえ』


 おいらの視覚の検証を見ながら壁際の樹の高台に腰掛け、置物と化していたメリッグ副隊長が驚いたように立ち上がる。


 訓練場の床がぐぐっと彼方此方で盛り上がる。


『あ、猿くん、足元気をつけて。訓練場の環境を変えるみたい』

『はいっす! でも訓練場の環境を変えるとは何ぞ』


『すぐに判るよ』


 足元が揺れ、にゅるにゅる動き、ちょっときもい。


 広大な訓練場の樹の床全てから、岩の柱ようなものが彼方此方から立ち上がり、床も高低差をかなりつけ、盛り上がった場所や、盛り下がり水を湛えた場所も発生している。


 さながら岩柱が立ち並ぶ、海外の写真で見た幻想的な岩場風の風景になっていく。


『おおー、凄ぇな。観光したい』


 ただっ広い広場だった訓練場が、様々な大きさの岩柱状の樹と高低差のある地面とで謎な景観と化し、おいらの視界はほぼ塞がれる。


 上を見上げると樹々の葉と差し込む光は消え、強烈な光と青空が広がっている。


『青空?』

『幻影魔法だね』


『惑星メルカッゾの風景どすえ、綺麗らっしゃろ』


 砂漠地帯っぽい強烈な日差しと陰影が調和し幻想的な感じ。

 森の中な感じが基本の艦内とは違った美しさだ。


『綺麗っす』


『地獄のメルカッゾ……』


 横でぼそりとメリッグ副隊長が怖いことをおっしゃっている。


『なんすか、それ、地獄のメルカッゾとか』


 おいらはそっと個別念話で聞いてみる。嫌な予感しかしねぇ。


『あ、いや、新兵の時の訓練でね。見えないんだよ、敵が……敵が……』


 トラウマっぽい感じやべー。


『新兵が甲冑着て班組んでちょと先の目標まで到達するだけなんだけどね。視界悪い、影から古参が攻撃して来る。班の連中が何もできず、手足吹き飛ばされて悲鳴上げてどんどん倒れて行くのよ』


 おいら顔面蒼白である。やべー、下手に回復魔法あるから訓練がマジやべー!

 痛いのは嫌じゃあぁぁ。


『まぁ、こういうのは絶対忘れない良い訓練になるから』


 メリッグ副隊長が少し硬めの爽やか笑顔。


『メリッグ副隊長の甲冑は環境迷彩魔法陣と、遮蔽円盤装備でありまっしゃろ。それで少し猿はんを攻撃して貰いまひょ』


『それ訓練用に使える武器枠じゃないんだけど』

『まじっすか』


『医療鞘で治療可能は確認済みどすえ。問題ありまへんえ。頭だけは潰さんように』


ケヒー研究室長……それ、頭以外は攻撃して潰して良いって訓練ですよね。


『あのーおいら……』

『今、ファナ艦長と念話して許可貰いましたえ。猿はんなら大丈夫どす』


 ……まじかよ。


『猿殿ー、この前、手合わせした感じ、猿殿なら大丈夫と思い、模擬戦許可は出しました。拝見させて頂きますー』


 ファナ艦長からの念話も来た。試し撃ち的な攻撃からから模擬戦になってるじゃないっすか!


 ファナ艦長……手合わせの時、カーナ居なければ、半殺しにされかけたもんなぁ。

綺麗な顔して超荒っぽいっす!


『当たらなければ良いんどすえ。ほな、副隊長さん、お願いします』


『へぇ、猿くんなら僕の攻撃も大丈夫と……模擬戦とは艦長も言ってくれるね』


 やべー、軍人さんのアレがメリッグ副隊長に発症した!


 声に怖い物が混じってる。そりゃ、今手ほどきしたばかりのド素人が古参兵と結構戦えると上役に言われたようなもんだ。舐められた感じしたんだろうなぁ。


『あ、あの、おいらは大丈夫なんて思ってないっす!』


 慟哭にも近いおいらの念話。


『首から上は狙わないからね』

『首から下は狙うって事じゃないですか!』


『ははっ。距離置いてから攻撃開始だ。頑張ってね』


 メリッグ副隊長は拳を額に当ておいらに敬礼をすると、甲冑は瞬時に廻りの風景を取り込むように表面の色彩を変え、風景に溶け込む。


 魔力を使う機構上多少洩れ出ている魔力痕さえも消失。


 足跡も立てずにおいらから離れたようだ。風の動きからわかる。


 甲冑は風や音も捉えて、中の人間に伝えてくれる。

 五感が使えるので細かい状況を把握できる。


 無論、過剰なものは伝えない。爆発の時も強い風程度の感覚だったからな。

 まぁこれはこれで、現実の把握からは遠ざかるから問題は出るのかもしれないけんど。




『メリッグ副隊長が開始位置についたので、始めますえー』

『ちょ、まっ』


 おいらは急いで、岩柱の影に身を隠す。

 同じ場所に居ては不味い。


 おいらは即、移動。体を伏せて、蜘蛛のように動く。

 上から見れば超間抜けな絵図らなのは許して欲しい。


 立って動くと簡単に察知され狙われるからと、兵隊という仇名の仲間から教わった動き方だ。


 地味に高度なんだぜ。疲れるけんど、匍匐前進よりも素早く動ける。


 だが、この移動方法でも甲冑だと余り疲れない事に気づいたおいら。強化服みたいなもんだから当然か。


 それなりな距離を移動。岩柱の影においらは身を潜める。


『猿はん、メリッグ副隊長が見えますかえ?』


 個別念話が来た。これなら返答してもメリッグ副隊長には伝わらない。


『見える訳ないっしょ』


 視界には岩場に岩柱、澄んだ真っ青な空しか見えない。あー、お空綺麗。


『メリッグ副隊長が最初に環境迷彩魔法陣とやらでおいらの視界から消えることが出来たのはおいらが居る場所が判っていたからっすよね』


『さあ、どうでっしゃろ』


 教えてくれる気はないらしい。


 名称からして、背景に溶け込む感じの迷彩や映像を甲冑に投影するもののはず。


 おいらの視点から消えたということはおいらの視点から逆算して映像を甲冑の表面に描いたと思われる。


 ……つまり、居場所が判らないか、速めに不規則に移動してる場合は視点によっては丸見えつーことだよな。


 おいらの見えるってのがどの程度までか検証とやらかねぇ。

 と、遠くに何か違和感を感じる。目を凝らすと岩場の色合いに違和感。


 あそこかなぁ。

 左右に頭動かしてるようなゆらぎ方だし。


『そういやおいら、武器壊れてるんすけど……』


 少しの間……


『では、猿殿はメリッグ副隊長に触るだけで勝利判定ですねー。あとは何でも良いから損傷与えて行動不能判定貰うでも良いよー』


『何でも良いんすか?』


『はいー。我々の考えつかない方法、期待してますよー。メリッグ副隊長にも猿さんの勝利条件伝えときますねー』


 ……期待してますか。特異点視点って奴だなぁ。彼ら自身では気づかない部分の洗い出し。


 問題点の洗い出しとか、学校や地域のお偉いさんは嫌がってたなぁ。面倒臭いから。


ファナ艦長は違うようだけども。


 さて、どうするか。


 触れば良いだけの勝利判定は素早いおいらに配慮してくれたんかな。

遮蔽物だらけのこの地形ならかなり勝機はあるし。


 武器といえば、フッ君の魔力手がある。あれは先端こそ硬質化するが基本魔力の塊なので甲冑からも出せる。


 本来は隙間に落ちたものを拾う的な使い方だけんど、おいらの魔力量で使うと、先端の硬質化や伸びる距離が凄いので、もはや武器だとテルルが言ってた。


 まぁ、ダダ爺製ってのがでかいんだろうけど。


 おいらは魔力手を甲冑から出し入れする。


 プールくらいの距離は伸ばせるし掴める。


 おいらが体のでかい奴や武器持ちとの喧嘩の時に使っていた、制服に仕込んでいた武器が紐だった。


 魔力手は、慣れない武器よりある意味使い勝手が良いかもしんないなぁ。紐っぽく使えるし。


 幸い岩柱や岩場等、隠れることの出来る場所は沢山ある。


 ……いける!……かもしれない。


『あ、猿殿が慣れるまで時間掛かるでしょうから、あと十本勝負で行きますねー』


『……は?』


『十本勝負ですよ、十本』


 何それ、聞いてない!

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