30話 研究室長は蜘蛛女。副脳もあって便利らしいっすよ。
「王女様の用事に猿くんが役立ちそうならよ、先に研究区画へ行こう。工廠の爺の渡したい物の受け取りはちょい後回しだな」
「猿さんの言う、魔方陣使わない機械の可能性も気になります」
工廠区画の更に奥に研究区画があるというので皆で行くことになった。
工廠の中をぞろぞろ歩く部外者。
工廠の中の連中はスプイーを見るとぎょとした顔になるが、王女が横に居ることに気づくと、軽く礼をして仕事に戻る。
魔道人形は一体しか居ないらしいし、スプイー達魔道人形のいる所と戦争したって言ってたから、少し怖いのもあるのかしらん。
整備を受ける突撃艦を眺めながら、乱雑に置かれた整備用の工具や部品らしき代物を避けて歩きながら奥へ行く。
短距離走くらいの距離に見るからに頑丈そうな壁があった。
壁状に変化した樹という基本は変わらないのだが、ぶっとい黒鉄で格子が作られ補強されており更にその外側へ障壁魔法が淡く輝いている。
「見るからに頑丈そうな壁だな~」
「調べるものが爆発する可能性を考慮にいれてこうなってるらしいんだがよ。まぁ硬いぜ」
「スプイー、この壁壊せる?」
「わたしには強力な兵装はないでございます」
なんだかんだで聞き耳立ててる工廠の人はその言葉に少し安心したような表情を浮かべる人もいる。
魔道人形は恐ろしいものらしい感じではあるが、スプイーはそうではないと、さりげなく王女が喧伝してる気もしなくはない。この辺りはさすが王族って奴なのか。
「ちなみに、おいらに壊せる可能性とか聞かないのかい?」
「壊せるの?」
「無理だな」
「でしょうね!」
王女はなかなか生意気なくそ餓鬼だった。
「艦長や、カーナでも無理だぜ。それこそ、対竜用破砕槌でも持ってこねぇとよ」
おう、そういうことか。
王女はおいらの考えを読んでるがの如く、にこやかに笑っている。
意外と曲者なのかしらん。
「はやく来いよー」
テルルの大声が向こうから聞こえて来た。
「へえー、壁には扉は無く、外壁へ廻りこんで入るんだ」
「問題起きても隔離容易だし、なにかしら爆発しても爆風は船外へ吹き出すと」
「正解だぜ、用心しすぎな気がするが過去になんかあってこうなったんだろうよ」
「あたい、そんな細かいこと考えたこともなかったなー」
「おめぇ士官だろうよ。ちったあ考えろ」
ごま塩頭がテルルをつつく。
確かにこいつ《テルル》の下の兵隊にはなりたくない。
救出作戦のとき、おいらは『特異点とやららしい』から魔力多いと単純に考え、救出作戦での最正解に辿り着く、閃きは凄いっすけどね……
おいらの生暖かい視線に気がついたテルルが何か絡んで来そうな気配だったが、プリカがさっと間に入ってきて魔力を放って小さいがごっつい扉を開ける。空気読むプリカさん凄い。
「急ぎましょう!猿さんの観点をもとに調査すればなにかしら敵について判るかも」
わくわく顔のプリカは、早く早くとおいら達をせかす。
プリカは早く調査したいだけだったらしい。が、助かった。テルルは気が短か過ぎるんよ。
船壁を廻り込むように取り付けられた通路は、人がすれ違うのが微妙にきつそうな感じの狭さだ。壁には小さな船窓があり星空が見える。
兵隊さんの使うものは実利一点張りのなのがおいらの世界の常識だけども、この世界のは遊びが結構ある。小さな船窓だが、あると妙に落ち着くのは不思議だ。
教室一つ分くらいの距離の外壁通路を抜け、また結構な厚さの扉を開け向こうにでる。
通路の先には広めの通路があり、隔離部屋にあったゼリー状のもので満たされた小部屋も抜ける。ここの照明はかなり暗く、異質だ。
「結構厳重なんだなー」
「工房内研究、調査区画は生き物も扱うらしいですからね」
通路の横は透明な窓になっており、研究、調査区画が覗けるようになっている。
が、内部はかなり暗く何があるかも判らない。
「ちょと暗すぎない?」
と言うおいらをよそに、皆は普通に中央にあるものが見えるらしく盛り上がっている。
「装甲外すとああなってるんですね」
「あれ、鉄で出来た内臓じゃん」
「切断するのは大変そうだがよ」
「スプイー?あれ何か判る?」
「全く見等もつかないでありやがります」
皆は見えてるらしい。召還以降、おいらはなんか視力上がってるし、もしかしたらと思いおいらも目を凝らしてみる。
……お、なんぞ見えて来た。
暗さの中にも明るさというか、なんとなく調査区画の中が見える。
奥には結構な数の長方形の障壁に包まれた残骸が、積み上げられ分析を待っている。
中央には装甲を外された敵の大きな残骸、その廻りで調査に勤しむ人達が見える。そして……
「ぎぃやぁぁああ!」
薄暗い明るさの中、目の前に大きな蜘蛛の化け物がこちらに来るのが見えた。
おいらは思わず悲鳴。本能的に、飛び下がって通路の壁に大きく体を打ち付ける。地味に痛い。
蜘蛛の胴体に女性の人型の上半身。六つの赤い目が薄暗い中で、硬質な光りを放っていた。
「きぃやぁぁぁぁ!」
おいらの悲鳴に驚いたか蜘蛛女も悲鳴をあげ、後退する。
皆は蜘蛛女に反応せず、きょとんとした感じで悲鳴を上げたおいらを見る。
何かがおかしい。何故反応しない? 見えてるんだろ?ろ?ろ?
「!」
プリカが何かに気づいたらしい。額にひとさし指を弾くように当てる。
「猿さん、蜘蛛人形態をみたことない?」
「く、蜘蛛人形態?」
「研究職の人は副脳のある蜘蛛人と呼ばれる形態をとる人が多いんですよ。副脳で複数思考や同時作業もできますし」
「へ、へえー……」
「俺は岩窟族形態だがよ。坊主、気がついてなかったのか」
「あたいも岩窟族だな。頑健かつ器用なのが売りだぜ」
あっはっはと笑うごま塩頭とテルル。
「あたしは人族ですね。一番数が多い定番です」
動揺するおいら。
結構種族自体違ったのか……ん?
「形態をとるとか言ってたけど、選べるん?」
「我々は混血し捲くりですからね。身体情報の中のどれを優先して発現させるか。医療莢さえあれば一日もあれば形態変化できますよ」
「まじかよ」
話ながらも、皆、研究、調査区画へ入っていく。まぁ姿形の違いは彼らにとって常識というかどうでも良いことらしい。
おいらも仕方なくついていくが、おいらは蜘蛛女から目が離せない。部屋が暗いから余計怖い。
蜘蛛女が近づいてくる。ちょとびくびくしてる感じだ。
怖いのはおいらの方だよと言いたい。
蜘蛛女はおいらよりかなり大きく、蜘蛛の胴体に女の上半身。胸の位置においらの頭が来る感じだ。
蜘蛛用の軍服っぽいのを着ており、全身を服で覆われているが、茶色いのがプリカやテルルとは違う。
近づいて来た蜘蛛女はおいらをみると興味深げだ。
「この人、結構変わった姿しとりますな。噂に聞く数万年ぶりに召還された勇者の方ですやろか」
勇者と言われても困るおいら。兄貴なら判るがおいらは三下だしなぁ。
ひきつった笑い浮かべどう反応しようと悩む。
「特異点呼びしろと艦長のお達しあるだろうよ」
「あ、そうでしたぁ」
おいらは、どういう事やねんという視線をプリカに向ける。
「『勇者』呼びとか、猿さんが精神的にきついだろうとのファナ艦長が通達出したんですよ」
ファナ艦長。さすが。略して、さすファナ!
「まぁ実際に猿をみて、勇者呼びする奴はいないよな」
「まぁ勇者呼びする奴も多いと思うんだがよ。翡翠出身は元々特異点で教わってるから、そちらの方がしっくり来るってのもあるぜ」
蜘蛛女はおいらの方を興味深そうに観察しながらも挨拶してきた。
「う、うちはケヒーいいますえ、研究長しとりますえ。式典には出席してなかったんで猿はんが顕現したところ見逃したんえ。」
「おいらは三下 猿! 驚かせてすみませんでした!」
おいらは大声で自分の名を名乗り、謝罪もついでに行っておく。
大声で挨拶は三下の基本だぜ。
「ひっ!」
蜘蛛女……ケヒーさんが、ケヒー研究長かがまた驚いて後退する。
よく見ると薄暗い室内の蜘蛛人型研究員は皆、ちょと驚いてる感じだ。
あれ、なんかやっちゃたか……。
「蜘蛛人は闇の眷属だからよ。余りやかましいのは駄目なんだぜ」
ごま塩頭がおいらに注意。古参兵らしいではなく、古参兵なんだな。船内の細かいことに妙に詳しい。ありがたい。
「そ、そうなんか。す、済みませんでした」
おいらは小声で謝罪を重ね頭を下げる。
「え、ええんよ。今度色々調べさせて貰う時は協力よろしゅう」
「実験動物的な扱いでさえなければ喜んで」
色々調べるって怖いなと思いつつおいらは返事を返す。
プリカがつんつんとおいらの袖を引っ張る。何この可愛い動作。
実験調査されるおいらが心配なのかなぁ、可愛いなぁと思ってプリカを見る。
「私もその時は参加させて貰っても良いですか」
「お、おう」
学者肌が炸裂しただけだった。
蜘蛛女のケヒーさんがおいらをしげしげと眺める。六つの赤い複眼のような目が怖いです。
「戦いの儀式のあの召還魔方陣と詠唱、本物だったんおすな。ただの古臭い伝統かと思うてましたわ」
「あたいも、こいつが出て来た時驚いたな、霧が濃くなる感じで一気に体が出来て行ったんだよな」
「魔方陣も調べて、何か変化あった訳もなかったらしいがよ。不思議なもんだな」
そんな彼らを見ながらおいらは思う。一番驚いたのは本人だってばよ。
「そんなことよりよ。こいつに敵さんの残骸をみせてやってくれねーか。面白いこと言ってたぜ」
「うちが残骸調査に参加要請したのはスプイーさんなんですが、猿さんが?」
スプイーと王女は、残骸の方に移動し、色々覗き込んでいたが、こちらを向く。
「わたしでは全く判らないでありやがりますが、猿さんなら何か判るかもしれないでありやがります」
皆が期待した目でおいらを見る。
止めて。おいらただの三下だよ、異星人の宇宙船の残骸とか何をどう判れって言うんだ……よ。
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