58話 水耕区画。綺麗っすよ。マジで。



「ほれ、駆け足っちゃ」


 気の短い彼女に急かされ、おっかなびっくり水耕区画に入るおいら。

 みっしり詰まった大きな蓮の葉か茸の森の中に入り込んだような感じ。無茶幻想的だ。


 小人になったような錯覚さえ覚える。


 蓮の葉や茸の下面からも淡い光が発せられており、下の栽培されている植物達を照らし、結構明るい。


 廻りを見廻すと、水耕区画の中は小道が沢山走っている。


 犬くらいの大きさの、生き物というか八脚の蜘蛛型運搬箱のようなものが植物の間を動き廻ってる。

 果物や、食用の草っぽい何かを触手で収穫してるようだ。結構な数が動き回ってる。


 使い魔らしき獣達の姿も見える。手伝ってるらしい。可愛い。


「きょろきょろ見廻してないで避けるっちゃ」


 と、目の前で大型の運搬用八脚が立ち往生。

甲冑よりも大きい四角い体に蜘蛛のようなつぶらな目の地味に可愛い奴だ。


 横の隙間に立って道を譲ると、大型の運搬用八脚がおいら達の横を動いていく。

 面白いな。甲冑みたいな半精霊化した代物なんかな。


「珍しいっちゃか?」


 おいらは頷く。


「お前さんの世界にこういうのは無かったっちゃか?」


 ……うーんどうだっけ。あったな。


「大工房(工場)とか戦争で使われてたかなぁ」


 そんな自動機械の映像を見た記憶。


「あーしらと余り変わらんちゃね。もっと遅れてるかと」

「完成度が違いますよ、こっちの感じになるには百年以上は掛かりそうっす」


「……冗談ちゃろ? 百年でそんな進歩するんけ?」


 驚くような顔で見られても困る。おいら素人なんすけど。


「もしかしたら二百年……」

「似た様なもんじゃちゃ」


 ……数万年の歳月を経た文明では数百年は大した歳月でないらしい。


「高度に発達する前段階だから発達が早いのかもっすよ」

「ああ」


 彼女は納得したようだ。


「こちらにもそういう時代があったんすか?」

「こいつらの世代交代を無理矢理早めて……という時代があったらしい」


 言いずらそうだ。


「半精霊は使い魔と物の間くらいの代物でさ、廃棄するにも情が沸く。戦いに使うのは良い。あーしらも参加するからね。ただ、進歩のためにどんどん作っては、使えなくなったのは廃棄というのはね」


 彼女はおいらに視線でおいらの世界はどうなんだと疑問を伝えてくる。


「機械知性って呼ばれるものはあったけど、まだ微妙だったかなぁ。フッ君みたいな半精霊ほどナマモノ感は無いっすから、遠慮なく作っては壊しっすね」


「魔道人形の黎明期みたいな感じちゃね」

「機械は機械っすね。機械的反応って言葉があるくらいっす」


「あーしらにも似たような言葉あるわ。水車小屋の杵ってやつ」


 なんとなく共感して笑うおいら達。

 文化が違っても人なんだな。似たような言葉があるのは面白いっす。



 水耕区画の中の上下左右にうねる道を進むおいら。


 道と言うよりは淡い光に照らされた。頑丈な蓮の葉や巨大茸の中トンネルを通る感じで、とても美しい庭園の小道ような感もある。


「効率よりも罠重視っすかこれ」

「畑は美しくないと駄目だちゃろ? 碁盤目状の畑とか気持ち悪いちゃ」


 ……美意識の問題だった。


 おいらは辺りの、みっしりと実った数々の果実や草の実を見る。


 生産力っていう意味なら凄そうだもんなここ。効率を意識する意味がないって事かもしれないなぁ。



 しばらく歩き、トンネルを抜けると、そこは……


 円筒状の教室二つ分くらいの広さの広場だった。


 光源が強めなのか昼間の外の如く明るい。


 壁側の床は丸みを帯びていて、芝生のような草がぐるりと広場を取り囲むように生えていて、花も咲き良い香りを放っている。


 中央に円卓があり、使い魔らしきもふもふ達と、数人の小人が何か喰いながらだべっている。いや、普通の大きさの人も居るか。



 作業用の軍服は仕様が違うのか様々な形態。

 多分自分好みに改造してるのだろう。相変わらず自由である。


 作業用の道具らしきものもあちこちに置かれているから、休息場と倉庫兼ねてる感じか。


 おいら達に気づくと笑いながら話しかけて来た。


「ミレッカ、妙なの連れて来たね」

「ああ、侵入者反応があったっちゃから見に行ったらこいつだった。ついでに道案内ちゃね」


 小柄な三白眼の姉さんはミレッカと言うらしい。


「艦内で特異点が模擬戦するって広域あったけど、ここに来たのか」


 小柄なおっさんが、横にある作業魔道具らしきものにちらりと目を向ける。

 いや、おっさんだけでなく、皆様、魔道具らしきものに目を向けてる。


 魔道具は恐らく武器として使える代物なんだろうなぁ。


「ここで戦うんけ?」


 小柄なおっさんが笑顔。ごつい魔道具握っての笑顔怖いです。


「あ、通り抜けるだけっす」

「そっかー、残念だなぁ」


戦う気満々である。恐ろしい。


「ま、これでも喰ってから行きな」


 普通の体格のお姉さんが積み上げてあった収穫物の箱の中から小さな実を取り出し、おいらの兜の上から押し付けてきた。


 仕方なく兜を上げると、


「口開けなよ。入れてやるよ。採れたてだ。旨いんだ」


 お姉さんが口の中に実を入れて来た。


「お、本当に旨い。何これ」


 濃厚なチーズのような味である。


「だろ、採れたては特に旨いんだ。ここの作業場の役得だよ」


 そう言うと自分も実を口に放り込んでいる。


「遊んでて良いんちゃか? それでも良いちゃけど」


 三白眼のミレッカさんが顔を傾け微妙な表情。


「いやいや、そんな事ないっす。向こう側の甲板への道、よろしくお願いしますっす」

「判った。ついて来な」


 おいらは広場の皆に手を振り、とっとと移動を始めた三白眼のミレッカさんを追いかける。


 少し歩くと、巨大茸や蓮の葉のようなものの姿が消え、薄い青色の太い樹のようなものが増えて来た。

 風景が樹海の中を歩いている感じになって来た。

 上の光源からの光りがあるものの、殆ど遮られ木漏れ日も少ない。


 樹に光る苔や茸が生えているので暗さは感じるものの移動に支障はない。


「これも食材なんすか」

「この辺りはミレの樹っちゃね、樹液が美味いし、樹皮も使える。茸の苗床にもなる優れ物ちゃね」


「へー、それは便利っすね」


 この辺りの道は蔦や枝の上を少し削った細~い道になっている。

 ミレッカさんはその上を鳶職の如くホイホイ歩いていく。


 おいらも猿の仇名を持つ男。

 気合入れて負けずにホイホイ付いていく。


「今度、こっちにも色々聞きに来ないと駄目っすね」

「農業に興味あるんちゃ?」


「興味というか、こっちの事は知れるだけ知っとくべきとは思うっす」


 知って損なことは無いと、昔、ガクシャという仇名の仲間も言ってた。

 甲冑潰せる罠に使える植物とかもあるみたいだし、まじ知って損は無い。


「真面目ちゃね。いつでも歓迎するっし」


 軽く振り返った三白眼のミレッカさんがニヤリと笑う。

 が、少し真面目な顔になっておいらの足元を指差す。


「あ、そこ滑るから気をつけるっちゃよ」

「え?」


 注意を受けたが遅かった。

 おいらは道を覆う、ぬめる苔に脚を滑らせ、枝の上の道から落下する。


『フッ君!』


 フッ君の助けを呼ぶも、直ぐに地面に落ちる。

 結構な衝撃を受けたような気もするが甲冑がそれをほぼ吸収。


 おいらにはダメージは無い。

 地面は淡く輝き……ってこれ障壁の上じゃん。


 地面というか障壁のある下方を見ると、どうやら巨大な水槽っぽい。

 水槽というにはでかすぎて、小さな湖って感じだが。


 様々な種類の魚が沢山居て、それぞれ群れを作って泳いでいる。


 淡く光る薄い青色の太い樹々が深くから伸び、その廻りを彩るように様々な海藻類や海茸が生えている。


 綺麗な淡い輝きと水の揺らぎが上からの光りと相まって物凄く幻想的で美しい。


「おおー」


 おいらは模擬戦の最中という事も忘れ、暫くの間景色を楽しむ。

 と、おいらは障壁の下、水の中へゆっくりと沈んで行く。


 水中で観ても綺麗だ……じゃない。

 そういえば障壁同士の融合は許可の通常設定。


 ずんずん沈み慌てて、水中の樹を足場にしてそれ以上沈むのをとめる。


「やっべ、結構沈んだわ」


 水面は結構上にあり、下方を見ると淡い光があるので底の方まで見えるがかなり深い。


『水は大丈夫なのかい?』


 汎用甲冑くんに問うとこれくらい大丈夫との意思が来た。

 此処の比じゃない超深海でも余裕で動けるとのこと。


 凄ぇな。汎用品でも何万気圧の下でも動けるのかー。

 今更ながら、魔法兵器の出鱈目さに呆れるおいら。


 甲冑の浮遊魔法で浮かぼうとしたが、三白眼のミレッカさんが水中まで降りて来た。


『おーい、大丈夫ちゃか』

『大丈夫っす。手間掛けさせてすみません』


『気にするなっちゃ、此処初めての奴は落ちるのは定番っさね』


 三白眼のミレッカさんは軍服準拠の作業服だ。真空でも水中でも障壁展開して余裕っぽい。


 小柄な体躯が障壁の淡い光に包まれている。

 と、下に何かを感じおいらが下を見ると深い黒い巨大な影がぬるりとやって来る。


 甲冑を丸呑みに出来そうな口が剣呑に開かれ、中に鋭い牙が多数見える。

 鮫とうつぼの中間くらいの巨大生物。


 ぬめる肌と幾つもある昆虫のような目が恐ろしい。


『水槽になんてもん飼ってるんすかぁぁぁ!』


 おいらは悲鳴。

 そいつは加速し、噛み千切ろうとおいらに迫る。


 ……こいつも侵入者潰す罠の一つなんかなぁ。

 汎用甲冑くんからこいつの顎には耐えられないとの情報が来る。


 まじかー!!! 


 回避するにも水中では向こうのが遥かに速い。

 目を潰して動き鈍らすしかないけど出来るか?


 汎用甲冑くんから頑張ると来た。フッ君は協力するから多分いけるとも。


 おいらは両肩の魔法筒に魔力を流しを起動、そちらは汎用甲冑くんとフッ君に操作を任せ、おいらは魔力手を両手に全力で展開。


 両手から甲冑の数倍の長さに展開された魔力手の先端は硬質化し鈍く光る。

なかなかに凶悪な感じ。


『やってやるぜ!』


迫る巨大海うつぼに樹上の足場の上で構えるおいら、と……


『シュイシュイ、待て! そいつ敵じゃないちゃ!』




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