59話 おいらは軍人……もう学生じゃないっす。


『シュイシュイ、待て! そいつ敵じゃないちゃ!』


 三白眼のミレッカさんが念話で叫ぶ。


 巨大鮫うつぼはおいらの直ぐ傍で身を捩ると、物凄い水流を撒き散らしつつ、横を通り抜けて行く。


「ぎぃやあああ」


 おいらは水流に巻き込まれ、洗濯機の中の洗い物の如くぐるぐる廻る。

 魔力手で水中から伸びる樹の幹に掴まりなんとか、体勢を立て直す。


 びびったぜ。魔力手出しといて良かった。


『おう、やるちゃね、あの水流に巻き込まれて大丈夫ちゃとは』

『いや、大丈夫でもないっすけどね……』


 衝撃は甲冑で受け流せるが、三半規管に来る動きはきついっす。


 汎用甲冑くんが、簡易回復魔法を施してくれてるようだけど、怪我でもないので効果は薄いようだ。


 プリカが虹色の何かを吐いていた理由がちと判った。


『しかし、結構な魔力手ちゃね。こんなごついの出せる奴は見たことないっちゃ』

『魔力が多いから、流せる魔力多い分頑丈らしいっす』


 テルルがなんかそんなこと言ってた。


『危ないところだったちゃね。止めなければ君の魔力手でシュイシュイ怪我したかも』


 三白眼のミレッカさんが巨大鮫うつぼに泳いで近づき、撫でている。

 巨大鮫うつぼも、おやつにもならないだろう大きさのミレッカさんに撫でられ嬉しそうだ。


『馴れてますね……』

『使い魔っちゃからね』


『まじですか』


 でかすぎだろ、しかも使いどこが無い気もせんでもない。罠専用なのか。


『どうすんだって思ってるちゃろ? こいつ宇宙でも動けるけんね』

『え?』


『飛竜でも動けるんだから、動ける奴は動けるっちゃよ。小惑星の採掘で役に立つっちゃ。』


 兎竜とりゅうも宇宙で動けるもんな。当然と言えば当然かー。


『ついでに、こいつに乗って行くちゃか? 通路まで送るけんね』


 使い魔を自慢したいらしい三白眼のミレッカさんが、背中にある触手状のヒレを掴んでおいらを手招きしている。


『お、お言葉に甘えて……』


 模擬戦の途中だけど、断るのもあれなので、近づいて来た恐る恐る巨大鮫うつぼに飛び乗る。


 表面のぬめりで滑り掛けたが浮遊魔法でなんとか堪える。


『甲冑の操作も結構、様になって来てるっちゃね』


 褒められた。


『いやー、そんなこと無いです……よっ!』


 おいらが触手ヒレに掴まる前に三白眼のミレッカさんは巨大鮫うつぼ……シュイシュイに動くように命じた。


 やはりこの人、気が短い!待たない!

 シュイシュイの体に脚をもって行かれ回転するおいら。


 転がり落ちそうになりながらも、魔力手を展開して尻尾付近の触手ヒレになんとか掴まる。


『変なとこ掴むっちゃね、危ないちゃよ』

『好きでこんな所掴んでる訳じゃないっす!』


『振り落とされても別に怪我もしないっちゃ、安心しろし』


 三白眼のミレッカさんは、止まる訳でもなくシュイシュイを奔らせる……


「ひぃぃぃぃ」


 おいらは尻尾付近で無茶苦茶に振り回されながら水槽の中を移動していく。

 動きはゆったりしてるが、でかいからか、かなり速い。


 強烈な水流で紐の切れた凧の如くくるくる廻るおいら。


 魚群があっと言う間に後方へ過ぎ去り、水棲の使い魔っぽい、何かしら採取してる獣が驚いたようにおいら達を見る。


 ペット自慢というか、使い魔自慢でシュイシュイの速く泳げる凄い所を見せようとしてるのかもしれないがぁぁぁ、目が廻るぅぅぅ!


『ついたちゃよ。此処から左舷甲板に出るっちゃよ』


 綺麗な光差す水の中、ちょとした高台の上にある洞窟のような入り口が見える。


『あ、ありがとうございしたぁぁぁ』


 連れて来てくれた礼を言いつつ、巨大鮫うつぼのぬめる肌の上を滑り落ちるおいら。


 廻る目を堪えなんとか高台の上に降り立つ。


「うぇぇぇぇ」


 甲冑の中で吐かないで!との悲鳴に近い意思とともに汎用甲冑君が必死で回復魔法。


 おいらも汚物に塗れながら甲冑着る地獄はいやじゃぁぁ……なので必死に耐え九死に一生を得た。


 フッ君も地味に安堵している。彼もゲロ塗れは皆嫌なようだ。


『どうだっちゃか。シュイシュイ凄いちゃろ、直ぐに到着っちゃね』


 シュイシュイの上でドヤ顔仁王立ちの三白眼のミレッカさん。


『す、凄かったっす』


 ミレッカさん、貴方の大雑把さが一番凄かったけどな。


『そうちゃろ。宇宙へ出る事があればまた乗せてやるっちゃよ』

『あ、ありがとう御座いますっす』

『期待しとき、すっごい飛ばしてやるきん』


 ミレッカさんは嬉しそうに宇宙でおいらを使い魔に乗せてくれる事を約束した。


 やべっ!言葉選び失敗した! 墓穴掘った!


 フッ君からご愁傷様との意思が来た。

 いや、服の君も一緒だからね。ともに虹色の何かに塗れよう。


『んじゃ、あーしは戻る。メリッグに一矢くらい報いなっちゃ』

『元から、そのつもりっす』


 互いに手を振って別れる。


 水流が凄かったが今度は魔力手でがっちり高台と通路入り口を掴んで

 いたから大丈夫だぜ。


「ミレッカさんと仕事する人達大変そうだな……」


 おもわず独り言。

 フッ君が同意の意思を伝えてくる。



 左舷甲板への通路の入り口はかなり大きく、なにかしらが通った磨り減った跡が道になっている。


「運搬通路も兼ねてるっぽいな。入り口と言うよりは洞窟だなぁ」


 魔法世界ら全体の美的意識って奴なのか、艦内は何処も自然風景然としてる。

 内部はぼうっと光る苔みたいなので結構明るい。


 まぁ艦内は何処からか照らされる光で何処も明るいんだけんども。


 直径が教室二つ分くらいの大きさの円筒状の空間に出た。


 水中から上へ登る緩やかな螺旋を描く階段が壁側にあり、上を見ると水面らしき水の輝きが見えた。


「結構上まである……な」


 おいらはホイホイと軽く走るように階段を上って行く。

 甲冑は余り疲れないし、軽い力でぐんぐん進むから心地良い。


 と、エイのような獣が背嚢に収穫物を載せおいらの横に来て、そのまま上へ昇っていく。


 五匹くらい続いて昇ると上が騒がしくなる。


「作業してるんかな」


 おいらは余り驚かせないように、水面へ顔を出し、ゆっくり甲冑の姿を見せる。


 見ると、浅瀬に乗り上げたエイのような獣の上の収穫物を人やカワウソ系の姿をした使い魔達がのんびり運び出していた。


 天井の高い作業場らしき場所は、南国の小さな砂浜のような感じである。


 床は白っぽい樹の床だけども、上からの強い光で照らされ、きらめく水面と水に塗れた床は砂浜のように見える。


「おおー」


 上を見ると定番の樹の枝が適度に茂り、上からの強めの光に真っ黒な影を床に落としている。


 纏めると綺麗な場所って所だ。 許されるなら後で泳ぎに来たいぜ。


 広域念話のおかげか、水中の階段から水面上へゆっくりと姿を現したおいらの姿に、皆はちょと驚くくらいで騒ぎにはならない。


 助かった。魔女隊の所みたいになったら大変だった。


「頑張れよー。メリッグに一太刀浴びせてやれ」


 数人のおっさん達が判官贔屓な応援をしてくれる。

 カワウソ系使い魔達もなにかしら頑張れ的な動きをしてくれた。可愛い。


「頑張るっすー」


 おいらは手を振ってから、作業場の人達と別れ、兜の中で薄く表示された地図を観ながら、区画ごとにある障壁を越え、ちょいと大きめの通路に入る。


 水槽区画があるからか、障壁多め、普通の扉もある。障壁だけでなく物理でも遮断って奴だろうか。


 階段を上がるとクソでかい大きな空間に出た。

 右舷甲板だ。


 通路の縁に隠れメリッグ副隊長が居るか伺うが、気配はない。

 こそこそと隠れるような感じで壁面を移動する。


「そういやこっちには来た事なかったな」


 独り言を呟きながら、甲板を見ると右舷と何も変わらない。

 遠くの方で飛竜が何匹か竜騎士に体を洗われながらのんびりしてる。


 少し寂しい感じがするのは人が少ないからかな。

 というか子供が追いかけっこをして遊んでいる。


 救助された人達の子供らしい。

 飛竜をおっかなびっくり触ってる子も居る。


「遊び場になってるのか……ここでメリッグ副隊長とやり合うのは無しだな」


 と、おいらを見つけた子供がおいらを指差すと、仲間に声を掛けこちらにやって来る。やべぇ。来る前にとっとと移動しよう。


 確か、上から中央の広場へ出れるよな……

 上への移動経路を考えているうちに子供達に囲まれた。


「え、結構向こうに居た気がするが……」


 子供達の移動が速い。細胞にも魔法陣描きこんで身体強化云々とか医療室で聞いたがそのせいか。


 しかし、燻し銀の服装は子供達も変わらんのだな。


 男の子は貫頭衣にバンダナ。

 女の子は裾の短い貫頭衣。健康的な太腿が丸出しだ。


 色合いは軍服と違い、派手さと繊細さを兼ね備えた民族衣装な感じである。

 服に描き込まれた模様や刺繍は軍服と比べると単調だが洒落ている。


「「「わー、甲冑だ。何しに来た?」」」

「すまねぇ、遊んでる暇はねぇんだ」


 おいらは上の中央広場へ壁側を飛び上がり変則的に動きながら登り始める。

これはおいらが勝負する時の基本原則。


 こっからは通路使わずに壁登って上へ行く……つもりだったのだが。


「追いかけっこか。負けないぞー!」


 子供達が追いかけて来た。密集した樹木の壁ゆえに足場はたんまりある為、

 身体強化もあるっぽい子供達は、結構登れる。まじかよ!


「危ないから、降りろ、今訓練中なんだよ。遊びじゃないんだ」


 外部音声で子供達に呼びかける。


「「「遊びじゃない遊びー」」」


 ……駄目だ、子供に論理は通じない。おいらは涙する。

 子供達の落下の可能性を考えると下手に上へ登る訳もいかず壁を横に移動するおいら。


 親も居ないし、飛竜の世話をしている竜騎士に助けて貰おうと見ると、仲間達とともに子供達とおいらを暖か~い目で見ている。


 いや、遊んでる訳じゃないんすけど。


 と、餓鬼大将っぽい奴がおいらに向けて火の玉を放って来た。

 生身でも魔法撃てるのかよ!


 可愛らしい親指ほどの火の玉は甲冑に当たって弾ける。

 餓鬼大将が何か言うと、壁の樹々に登った子供達が小さな水玉や風刃、火を放って来た。


 調子に乗った子供が石を投げ始めたような感じである。


「おい、こら、止めろやー」


 こういう時強く言うべきなのかどうすべきなのか、学生のおいらにゃ判らない。

 ……と。


「お前ら、何やってる! 悪戯に魔法は禁じられてる! 教わってるはずだ!」


 ほのぼの見ていた竜騎士と工兵というか仲間達が結構な速さで壁のそばまで来て、子供達を叱りつけ、子供達に降りて来いと大声。


 何名か逃げたが大半の子供は降りて、叱られている。


 おいらも何か怒られるかと思い、一緒に降りて叱られるのを待つ。甲冑の兜脱いだ方が良いかなぁ。


「何で君も降りて来てるの?」


 子供達を叱っていた竜騎士がおいらに不思議そうに尋ねる。


「あ、いや、おいらも騒いでた組なので怒られるのかと……」

「何言ってるんだか、速く行ってメリッグ副隊長と決着付けて来いよ!」


 竜騎士の兄ちゃん達は大笑い。

 集まった仲間達とともに、応援なのか背中をバンバン叩かれ追い払われた。


 ……おいらまだ高校も卒業してないし、召喚されて数週間くらい。

学生気分で大人の竜騎士達に叱られに降りた訳だが……


 立ち位置は軍人枠になったんだな……そう思うおいらだった。





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