43話 医療鞘で腕の接合。あと医療士官のルベリリさん。今にも死にそうな儚い感じの美女っすね。

 中央にある巨木をくり抜いて作った場所は研究施設も兼ねた高度医療施設。その三階にある医療莢の中においらは居た。


「ルベリリさん、これで良いんかな」

「……は、はい」


 か細い声でほっそりした白衣の女性が切断されたおいらの左手を両手で持ちつつ、頷く。

目の下の隈が特長の、今にも死にそうな、儚い花のような医療士官のルベリリさんだ。


 隔離時の体調の検査で毎日顔を合わせてるのでそれなりに面識がある。

 腰まで届く、銀から薄い青へ変化する長髪に柳腰の歳若い綺麗な人だ。


 おいらは指示通り、軍服を着たまま、粘液に満たされた莢の中に漬かるように寝そべると、ルベリリさんがそっと腕の切断面をあわせるように左手を置く。


 軍服は傷口を保護する働きもあるそうだ。

 カーナは部屋の中央にある水晶で色々操作して状況を確認してるようだ。


「ルベリリ『さん』かー。猿の好みなんか?」


 敬称で呼んだことに対して、テルルがいきなりブッ込んで来た。


 カーナやプリカは一瞬固まり、ルベリリさんは今にも死にそうな感じで硬直している。


「おいらの好みはカーナの『兄貴』だけっすよ」


 おいらの言葉に皆の硬直は解け、カーナからは微妙に闘気が発生している。


 ……あれ? 


 カーナは多少不満気な顔で軍服首元に指を滑らすと胸元を開けたようが何してるんだろ?


「わたしは猿の『兄貴』になった覚えはないぞ」


 カーナは水晶から離れ、莢の横に立つと、膝の上に両手を付き屈み込むようにおいらを見る。


「!……そんな……もっと頑張るっす。いつかは子分にして貰うまで頑張るっす!」


 プリカと医療士官のルベリリさんは微妙な表情をしているが

 おいら、なんか変なこと言ったか?


「おー、猿は強い女が好みなんか。あたいに惚れるなよ!」


 テルルが腰に手を当て、二カッと笑う。確かに結構可愛い。可愛いが……


「ないわー」

「んだとー、あたいが弱いだって?表へ出ろ!」


 プリカが頭を抱え


「私、喧嘩は弱い……」


 と呟いている。

 ルベリリさんが今にも死にそうな感じで笑いを堪え、カーナは自分のちょいと開いた胸元を見ている。


「テルルさん、プリカさんでしたっけ?後で頭の検査しましょうね」


 儚い笑顔で優しく二人を見つめるルベリリさん。


「「なんで検査?」」


 驚く二人を見つつ、莢の高度回復魔法が発動したらしく、莢内の魔法陣が淡く輝き、左腕の辺りがもぞもぞする。


 カーナもルベリリさんも慌てて水晶に戻り、色々確認しているようだ。

 人工精霊って奴だろうか小さな光の玉の様なものも切断面の辺りを飛び回っている。


「おお、フッ君も修復するんだな」


 フッ君から修復まで要する時間と、完全修復の為に同質の布か素材が必要との意味が来た。後でダダ爺に貰いに行こう。


 莢の中から水晶を見ると、左腕と左腕切断面の無茶細かい神経や血管らしきものが伸びてる画像が見える。


 それが繋がり色が変わっていくところが増え、全て緑になった。


「猿さん、問題なく終わりましたよ」


 ルベリリさんが終了を宣言する。


 おいらは鞘から起き上がり、あらよっと外へ出る。

 寝具と同じで粘性なので、水分が服や体に付いているって事はない。


「魔法陣による神経位置情報なしで精密回復魔法はあたしも初めて見た。いい腕だよ、ルベリリは」


 カーナが両手を少し広げ驚きを表現しながらルベリリさんを褒める。


「猿さんの身体情報はかなり細かく取ってありましたから、実際はそれほどでもなかったですよ」


「バラバラになっても首玉さえあれば戻せるってよ。猿、良かったな」

「バラバラになった時点で良く無いだろ!……いや、治るなら良いのか……」


「猿さんがバラバラですか……ちょと想像したくありませんね」


 テルルとプリカの話に少しルベリリさんが難しい顔をしている。酷い損傷のおいらの回復は結構難しいのかも。


「おいらに、魔法陣……とやらは描き込んで貰えないんですかね?」


 カーナとルベリリさんが目を見合わせる。


「猿は色々特殊だから、魔法陣描き込みは『駄目』と結論は出ている。なるべく怪我は避けるように」


「まじですか」

「殆ど差は無いが、違いはあるからな」


「猿さんの脳にだけ描き込みをしないで、問題が出たら取り出して高度回復魔法という手もありますけど特殊性に問題ありますね。回復不可能な可能性もありますし」


「脳だけ取り出しっすか……」


 ルベリリさんの提案にプリカとテルルはちょと引いている……がおいらは強くなれる可能性に歓喜する。


 カーナの役に立てる奴になれるなら回復不可能な可能性くらいどうでも良い。


「良いですねそれ、多少の命の危険なら喜んで受けるっす!」


 と、微妙に怒気というか闘気が部屋に溢れる。


「猿、お前自分の命を軽く見る癖があるな」


 カーナがおいらを鋭い目で見つめている。微妙に闘気を纏っている。

 おいらは思わず直立姿勢。


 視界の端にはプリカとテルル、ルベリリさんまで腰を抜かし、中腰になっているのが見える。


「神格を失い、そう思うのは理解出来るが、我々は許容しない」

「あ、でもおいら三下で……」


「兵の命を軽く扱う軍が強いと思うか」


 ……兵の命の軽い軍はいずれ新兵の集団になる。


「……いえ!そうは思いません!」

「われわれは、そういう集団だ。尊重して欲しい」


「も、申し訳ありませんでした!」


 直立不動のおいら。

 カーナはおいらを見て頭を掻く。


「いや、そこまで強く言ったつもりもないんだが……」


 軽い怒りの収まったカーナがどうしようと言う顔で皆を見回している。

 部屋の隅でプリカ、テルル、ルベリリさんがお互い抱き合うように震えているんだよなぁ。


「カーナさん、怒気が部屋に、み、満ちてましたよ」


 地味に気の強いと思われるプリカ。いち早く回復し、少し震える声でカーナに状況を説明する。

 テルルもその横で軽く息を吹いて回復。


「カ、カーナさんは魔力、闘気ともに桁外れですからね、今度魔法陣の調整しましょう」


 同じく怒気の衝撃から回復したルベリリさんが医療士官の顔を見せる。


「調整嫌いなんだよなぁ、時間取られる」

「しましょうね」


 ルベリリさんの押しにカーナが溜息をつくと承諾する。


「わかった」


 おいらは心配になる。


「カーナは病気だったりするのか?」


 ルベリリさんはおいらを儚げな笑顔で見る。


「カーナさんは闘気も、魔力も強すぎて魔法陣で抑えてるのですよ」

「あれ、おいらも結構強いはずじゃ」


「猿は魔力量は多いが安定しているんだ。知ったときは羨ましかったよ」


 カーナは肩を竦める。

 テルルはそんなカーナを見る。


「カーナはそこまでだったのか、良いなぁ」


 おいらの『?』の視線に気づいたプリカ。


「船内の物は魔力必要で、供出すると少し儲かるんです。あたしも少しやってます」

「あたいは無理だー」


 テルルが残念そうに頭を抱えている。


「都市では箒とか照明とか魔力結構必要ですからね」

「あたい、街だと、給料も魔力購入費でそれなりに消えてたんだぜ」


「魔力多めの人は光熱費掛からん感じか。かなり有利だな」

「光熱費?」


「おいらの世界の……魔力消費費用みたいなものかなぁ。結構高い」


 皆は成る程という顔。例えとして合ってるかちと心もとないけど。


「にしても給料あるんすね」


軍艦だからか、食い物も部屋もタダだったからそういうもんだと思っていたおいら。


「あるぞ。通常通貨と魔力通貨だな。魔力通貨は個人の持つ水晶に魔力を貰う感じ」


 カーナは片手をあげ、飛竜と樹の入り混じった模様の水晶の入った燻し銀の腕輪を見せてくれる。


「私達もありますよ。水晶は色々です。私は首飾りですね」

「あたいは指輪かな」


 プリカとテルルもそれぞれ掲げて見せてくれる。

 テルルのは指輪は親指にはまっている。どちらも複雑な模様と使い込んだ渋さだ。


「猿の口座も作ってある。一応給与は士官扱いで支給されてるはずだ」

「まじですか!」


「支給日にまだなってないから空だけどな」


 カーナが悪戯っぽく笑う。


「猿さん、給与支給されたら、水晶購入ですね」

「猿は魔力あるから小遣い稼ぎ出来て良いよな」


 テルルが羨ましそうにおいらをつつく。おいらは避けそうになるが何とか耐え、テルルがつつくのを喰らう。回避すると面倒だからな。


 プリカがそれを見てちょこっとわらっている。


「艦内ではれんの魔力があるし、食事も無料だから金の使い所は、個人の取引か工房の連中に何か作って貰うときくらいか……」


 カーナが天井を見ながらだんだん悲しそうな声になる。


「使う場所が消えてしまいましたからね……」


 皆がしんみりした雰囲気になる。


 ……惑星『翡翠』はもう無いもんな。


 こうなると、余所者のおいらの出番はない。黙って皆が元に戻るのを待つだけだ。


 と、そんなおいらに気づいたか、プリカがごそごそ腰の鞄を漁っておいら用の軍食を出して来た。


「猿さん、朝食取ってませんよね。これ猿さんの部屋の机の上から持って来ましたよ」


 辛気臭い空気を吹き払うように明るい声だ。

 カーナもそれに乗って雰囲気を盛り上げる。


「軍食はそれが最後だな! 猿、喜べ、これで問題なければ食堂の料理は解禁だ!」

「まじですか!有り難い、悪くは無い味なんですがそれ飽きてるんすよ!」


「猿さんも飽きますよね、毎日三食それでしたもの」

「だなぁ」


 と、会話してる中、皆一瞬寒気が通り過ぎるのを感じる。

何かが部屋の入り口に居る。恐ろしい何かが。


「えー、そんなー、『それ』の新作もあるのですよ」


 のんびりした声が皆の後ろから聞こえ、皆びくりとする。

 ファナ艦長が何時の間にか部屋の中に立っていた。新作らしい軍食を両手に持って! 


『艦長も回復魔法の達人だから来てくれたようだ。生体情報から猿が空腹なのも知ったみたいだ』


 カーナが個人念話で教えてくれた。


「猿君、新作食べますー?」


軍食を両手に持ち、振り振りしながらファナ艦長がおいらに笑顔で近づく。

なんか怖い。ていうか怖い、なんぞこれ。

 ファナ艦長の押しが妙に強い。折角作ったものを喰わせたいのは判る。判るんだけんど……


「あたしもそれ食べたいです艦長!」

「わ、私も頂きたいです」


「あ、あたいもかな」


 皆が一緒に食べてくれた。ルベリリさんもだ。仲間って良いね。涙が出らぁ。

 味は悪くは無いんだ。ただ単調で飽きているってだけで。


 ちなみにファナ艦長は皆が、結構美味しそうに平らげたので満足顔だった。良    かったぜ。

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