47話 神格『翡翠』様を見に行くっす。


 わいわい話ながら訓練場を兼ねた糞広い広場、おいらが召喚された場所だな……についた。


 遠目に、れんの頭方向にある高台に神格翡翠様が座っているのが見える。

 人のように見えるが人であらざる存在、神格の翡翠様だ。


 高台の廻りは芝生のようになっていて、人が結構居て、何をする訳でもなく、寛いでいる。公園めいた感じ。


 救助された家族なのか夫婦で寝転び、廻りで子供が遊んでいる。その横で陸戦隊が訓練で疲れた体を休めていたりとなかなか妙な空間になっとるな。


「此処はへ体休めに良く来るけど、お祈りかぁ。久しぶりだなぁ。あたい、子供の時以来だ」


「どんだけ昔だよ!」


 おいらの突っ込みにテルルは少し恥ずかしそうだ。


「朝起きると、祈りますよ。あと食事の前とか」

「あたしは戦いの前くらいかな」


「私は結構祈るわよ! ねースプイー」

「今日のおやつは氷飴草が良いとか良くお祈りしているでありやがりますね」


 うーん。かなーり緩い信仰らしい。


「別に信仰しろとか、そんなことは無いからな」


 カーナはそうおいらに言うと額に折り曲げた人差し指を当て軽く黙祷する。

 おいらも真似て、祈る。おいらの周りの人達が戦いで生き延びた。ありがとうと……


「神格は神域を神力とも言われる魔力で満たす。漏れ出る魔力なしでは我々の営みもままない」

「御利益ってやつが、目に見える感じですか……」


 おいらは翡翠様を見上げる。


「天から見守るとかではなく、世界を魔力で満たし、利を人に与えるかぁ。おいらの神の概念と違うなぁ」


 おいらの呟きに皆は顔を見合わせる。


「神格に関しては数万年分の膨大な研究文献があります。猿さん、あとで一緒に読みましょう」

「数万年分の文献!まじかよ!」


「はい! 沢山ありますよ!」


 ……遠慮したいが、両手を握って気合を入れるプリカに気押され、頷いて

 しまうおいら。


「頑張れよー、猿」


 テルルは哀れな学問の犠牲者を気の毒そうに見ている。


「魔力を満たすって本当なんですか」

「検証した論文なら腐るほどあるぞ。神域は一光年から十光年と幅はあるがな」


 カーナが両手を小さくから大きく広げて身振りで説明してくれる。


「神と神格は違うんすか? 一応分けてる感じすけど」


「古代からある宗教の神の信仰ってのはあるらしいけど、神格は大樹神様以降だからかなり違うな」


「猿さん、我々にも古代神話はありますけど、お話の神と『神格』は別枠です。『神格』はそこにいらっしゃるように存在がありますよ。」


「神格は、神話の神と違って、本当に稀にだが意思を伝えて来るからな」

「三万年前の特異点召喚の時の大樹神様が典型的な例ですね」


 竜に滅ぼされそうになった人に助けてやらぁと召喚呪文授けたんだっけ。

 そりゃ神格として崇めるわ。


 ……おいら視点では、神というよりは、大精霊かなぁ。まぁその辺りの基準は曖昧だけども。


「大精霊……フッ君の豪華版か」


「おいおい……いや、翡翠様に聞いてみるのも良いかもな。答えてくれるかもしれんぞ」


 カーナが、大分失礼なおいらの返しに苦笑いで返す。


「言われてみれば……神格は大精霊の一種かぁ。猿さん面白いなぁ」


プリカはおいらの言葉に考え込んでいる。そんな面白いかね。


「いや、失礼だと思うんだがよ。神官達の前で言うなよ」


 ごま塩頭のバリガは苦笑いだ。 

 そういや記憶を見たカーナ達に、兄貴も『神格』扱いされてたな。


 後光と翼の生えた兄貴を想像し、ちょとおいらは噴出す。兄貴にゃ後光に翼とか合わねぇな。


 召喚時に居た高台は、楕円を横にして樹々の壁に少し押し込んだ形状だ。

 かなり大きく小さな公園くらいはある。


 結構な高さで、左右、前方に階段がついている。


 うねったような樹が形作る高台の壁面は、精妙な彫刻が施され、草花も巻きつくように生えていてマジ綺麗だ。


「猿、上では静かにしろよ。許可得てあるけど、神官や高官以外は許可得ないと入れない場所ではあるから。煩いのは翡翠様は気にしないだろうけど、神官が気にする」


「了解っす!」


 階段を登ると上は結構な広さだ。綺麗に整えられ、小さな庭園のよう。

 神官らしき人が何かしていて、おいら達が挨拶すると笑顔を返してくれた。


 背後のうねうね入り組んだ樹木の壁が綺麗に組みあがり、荘厳な感じを与える。

 天蓋の樹の枝は網の目のようで、隙間から見える障壁の淡い輝きと満天の星空が妙に美しい。


 演出なのか強めの光が上から降り注ぎ、淡い光の柱が庭園を照らし無茶綺麗。


「呼び出された時は人が沢山居たから判らなかったけど、綺麗だなー」


 皆もおいらを見て自慢げに頷く。

 その奥まった中央に三畳間くらいの大きさの花と新緑に彩られた豪華な祭壇。


 直上から強めの光が当たり、後光めいた威厳を醸し出している。


 人の背丈ほどあるその上に翡翠様が綺麗な座布団の敷かれた、装飾や花々のついた豪華な椅子の上に豪華な服を着てちょこんと座っている。


 白から新緑の緑へ変化する長髪。豪華な服に、髪飾り。

 目を瞑って座ってる姿は、人間そのものだ……いやまじで、そのものだな。


「人のようで人でないと……」


 うーむ、どこからどう見ても六歳くらいの幼い少女でしかないなー。

 とりあえず、祭壇の廻りをぐるぐる廻ってみる。


 両手を大きく振ったりしても反応はない。

 おいらの妙な行動に皆が笑う。


「猿、気持ちは判るが、その辺りにしとけよー」


 カーナがちらっと見た先には微妙な表情で佇む神官さんがいる。


 確かにこれ以上何かすると怒られそうだ。

 翡翠様を疑ってると思われかねない。


「さて、少し神格について話そう」


カーナが祭壇に手を掲げ説明してくれる。


「移民する人々に楽園本星の大樹神様は分祀された神格を与えてくれる」


「分祀された神格は聖樹竜ユグドラシルドラゴンとともに宇宙へ飛び出し、遠い恒星系に根を降ろした聖樹竜ユグドラシルドラゴンとともに新たな人の地を見守る」


 カーナが翡翠様を見上げながら話す視界の隅で、数人の子供達が高台の上に登って来て、神官に叱られてるのが見える。


「翡翠様だー、初めてみたー」


 子供達が翡翠様近くに来て大喜びだ。神官も諦めたか、悪戯するなと念押しだけしている。

 なんとなく、ゆるやかな気配が流れる……翡翠様の表情も優しげに見える。


「翡翠様は人の姿を模してる。比較的人に近いかもとは言われている」


 カーナも元気な子供達を見て微笑みを浮かべている。

 慈愛の神格とか言ってたなぁ。


 気配というか雰囲気というか、翡翠様の廻りは空気が優しい。

 カーナが子供達から視線をおいらに戻す。説明はまだあるらしい。


「本星域には、真球、白狼、魔猫、船、色々な姿を模した神格がいるがまぁ妙な存在ばかりらしい」


 本星域ってえのは確か、数十の恒星系からなる、楽園本星廻りの初期移民星域だっけか。


「神格は、その姿に近い精神性を宿してるとも言われますが人と交流したという記録は数えるほどしかありません。おそらくは異質すぎるからとの学説が主流ですね」


「研究っても余り罰当たりなことも出来ないしな」


 皆がまぁそうだよなな表情。


 スプイーが少し固まった。魔道人形達は何かやっちまったのかね。後でカーナにでも聞いておこう。


「翡翠様がれんに乗艦されてて本当に良かった」


 カーナが大きく溜息をつく。

 プリカが少し厳しい顔で翡翠様を見上げる。


「顕現した御体はこの世界との標でもありますから、惑星『翡翠』にいらしてたら我々は神格を喪うことになっていたかもしれません」


 皆、複雑な表情だ。プリカはおいらを心配そうな目で見ている。


 神格の『兄貴』を喪ったってことになってるなおいら……兄貴のことを思い出し胸が張り裂けそうになるが、ぐっと堪える。兄貴は前向いて生きろと言うに違いないし。


 おいらは考えを兄貴から無理矢理逸らす。敵の事でも考えるとするかね。


「そういえば、敵の動きって全く分からなかったんですかい?」


いきなりの話題にカーナは微妙な顔をしたが答えてくれる。


「散発的に遠隔地の居住窟が消息を絶っていたりもした。調査はしたのだが……さすがに異星知性の侵略目的の拉致とは想定外過ぎた。単に居住窟を放棄して別のところに移ったのではと思われていたんだ」


「こっちの情報漏れてるかもなぁ」


 魔法技術は解析出来るかわからんけど、身体的な情報は……医療研究所の鼠みたいで想像したくないけどさ。


「ある程度は知られただろうが、高度魔法陣の解析は無理だろう。これから救助と、破壊は同時に行っておけばこれ以上の情報の漏出はない」


 カーナは厳しい顔だ。


 救出とはいえ、同時に棲家の破壊だ。皆怒るだろうなぁ。


「敵艦隊が聖樹竜ユグドラシルドラゴンではないとの報告から、魔道人形由来の外道戦線の再来と想定していた……が、まさか異星文明とは」


 参謀も兼任してるらしいカーナは苦しげだ。


「物語では異星人襲来は良くある話よね! スプイー!」

「まさか本当にありやがるとは誰も思わないでありやがります」


「そうですよカーナさん」

「まー、そうだな。あたいもそう思う」


 テルルが余計なこと言うかと思ったが、きっちり救いの言葉を差し出した。


カーナは苦しそうな顔を少し和らげ、微笑んだ。

おいらもそう思う。が黙っておく。部外者っすからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る