27話 ファナ艦長の心の傷とおいらの忠告……冷静に考えると物凄い告白を聞いたっす


 樹のしなる音が聞こえ、背後の巨木に魔力の蠢きを感じる。

 ちらと背後を見ると巨木に生えるぶっとい枝達がしなるように伸び、おいらをぶちのめすべく動いて来る。


「まじかよ!」


 轟音とともに豪雨の如く叩きつけられる枝を、前後左右に飛び捲くり、かわすおいら。上から振りそそいだ枝は、床にめり込み、穴を穿ち、破片を飛び散らせる。


 飛び散る床と枝の破片がおいらの目の前をゆっくり飛んでいく。


 プリカがカーナに何かを叫ぶように言い、カーナが腕を組んで思考しているのが視界の端に入る。

 止めに入らないのはカーナには深い思慮があるに違いない……が、正直ファナ艦長とめて欲しいなぁ。

 陸戦隊の連中は騒ぐのを止め、半端ない攻撃にドン引きしている。


 床に開いた穴は、おいらの目には大怪我確定の攻撃にも見える。


「さすがにやり過ぎじゃねぇのかねぇ」


 床を転がり、避けながらおいらも緩やかに言葉をつむぐ。

 おいらも少し切れた。やってやろうじゃねぇの。


「こちらの話も聞かないで、ここまでやるのるのは駄目だろうぁぁ!」


 床を転がりながらおいらは叫び、感覚を広げる。


 感覚広げて感じろとかは仲間の武術使う奴に、喧嘩の修行じゃと教わった手だが、こちらへ来てから妙に感覚が鋭くなっている。距離や形、速さ、恐ろしいほどに把握できる。


 静かな怒りで、おいらの感覚が研ぎ澄まされる。


 蠢くながら鞭のようにおいら目掛けて更に、樹の枝が打ち降ろされて来るが、回避。回避先に炎の柱があるがそれも回避。


「猿のあだ名は伊達じゃねぇんだっ」


 地面に打ち下ろされた枝をおいらは素早く掛け登る。

 ファナ艦長が枝の上から丸見えだ。距離的には学校のプールの向こうって感じだな。いける。


まぁ、やるのはつんつん攻撃だけどな。


 こんだけの攻撃して、軍用魔方陣をあんだけ体に詰め込んだファナ艦長が、魔方陣も何もない雑魚に迫られ、喉に指当てるられるだけでも屈辱だろうよ。


 床にめり込んだ樹の枝を伝い、なるべくファナ艦長に近づく。

 気づいた艦長は後ろへ下がりつつ、魔力を遠くへ飛ばす。


 艦長が炎柱をおいらの方へ移動、更に広場の上空あちこちに滞空させていた六つの空刃くうはがおいらを襲う。


 炎柱は陽動だ。狙いは空刃くうはでの不意打ち。

 ファナ艦長は空刃くうはは消滅してると思わせ、広場の上空に滞空させていた。


 が、おいらはそれを認識してる。踊るようにギリ回避。


 実際のところ、出来るとは感じていたがマジで回避できるとは地味に思ってなかった。


 体を切断する軌道で来たそれはおいらの居たぶっとい樹の枝ごと、切り刻む。

 当たってたら、おいらもこうなってた訳か。胴体切断とか回復魔法でなんとかなる……んだろうなぁ。治るにしてもやり過ぎだろ!


 切断された枝を目くらましにして、おいらはファナ艦長の視界から隠れ横へ移動。

 隠れられるのは数秒だろうが、それで十分。


 ついでに投擲によさげな、空刃くうはで切断された枝の切れ端が目に入ったのでそれを持つ。大きさも重さも丁度良い。ついてるぜ。


 おいらはにやりと笑う。


 ファナ艦長は視界からおいらが消えたのを警戒してか多少後ろへ下がる。が、遅いんだよ!


 拾った枝を口に咥え、落ちた樹の枝と葉の隙間から、おいらは猿のように左右に移動しつつ、ファナ艦長に飛び掛る。

 手も使う、ほぼ四足歩行の猿移動。地味に回避特化だし、相手も縦横無尽の移動を避けるのは困難な高度な移動方法……格好悪いけどな。


 あとちょとの所で艦長に気づかれる。が、拾った枝を顔へ投擲。


 だがファナ艦長は回避せず、枝を顔に喰らいながらも、腕に魔力を流し火炎放射器のような小さな空刃くうはの塊を打ち出す。


「まじかよ!」


 さすが軍人さん。回避して隙なんかつくりませんよと。

 地面に這い蹲るようにしながら、横へ飛んで回避。四足移動の利。


 が、ファナ艦長は両手の平を向け魔力を流す。あ、なんかやばそう。

 と思うと同時に爆風のような何かが来た。


 範囲の広い攻撃かよ、回避できねぇ。おいらは吹き飛ばされ、宙に浮く。


「不味いっ!」


 威力は少ないものの空中で回避はまず無理だ。狙ってやったなら……


 物凄い床を蹴る音とともに一瞬でファナ艦長がおいらの浮く眼前に現れた。

 魔方陣に覆われた、頭と腕がうっすら輝き剣呑なその姿は美しくもあり……


「がはっ!」


 回避する間もなく喉を片手で掴まれ、万力のような力で掴まれる。


 意識を飛ばされる寸前まで締め上げられたおいらの目に入る艦長のその姿は、さながら魔神。


「確かに指揮官というものは、後ろで指図してるだけの楽な仕事かもしれませんー」


 ファナ艦長はおいらの首を掴んだまま、空中から落下、脚が床に付くと同時に床においらの頭を後頭部から床に叩き付ける。


「かはっ」


 轟音とともに床においらの頭が文字通りめり込む。砕けた床の破片が辺りに飛び散る。


 頭蓋が砕けないのが不思議なくらいだ。

 いや砕けてるのか……も


 ファナ艦長がおいらの首を掴んだまま、おいらの顔を覗き込むように見ている。表情が消えてるのが恐ろしい。


「私の指示一つで……そう指示一つで……」

「数十億、数百億の知的存在の抹消……そう、文字通りの大殺戮が実行されました」


 ファナ艦長の目に暗い闇が翳る。


「星の海を渡る竜の竜撃ドラゴンブレスはー、それだけの威力があります」

「艦長にはその罪を背負う覚悟と重責もあるのも……事実なのですよー」


 ファナ艦長は喋り終わると双肩に岩でも乗ってるかのように、肩を下げ動きが止まった。

 目を瞑り疲れた表情である。


 首の締め付けももはやない。


 おいらも、どう言ってよいやら判らない。れん竜撃ドラゴンブレスを人の住む惑星に向かって放てばどうなるか少し考えればわかる。


 ファナ艦長は昔、その決断をしたのか……したんだろうな。

 糞軍人なら仕方ないで罪の意識も持たないのだろうが、ファナ艦長は違うようだ。


 状況は全然違うのだが、なんとなく兄貴の最後のときを思い出した。


 まだ手合わせは終わるとの会話もカーナの仕切りもない。まだ手合わせは終わってねぇんだよファナ艦長。


 兄貴も最後きっちり決めなかったから反撃され……

 ファナ艦長から色々教わった。糞痛いけどな。


 ファナ艦長に必要かどうかはわからんけど、この精神状態トラウマだと兄貴と同じ判断しかねねぇなぁ。


「おいらも、教えてやんよ」


 艦長は想いに沈んでいたが反応。


「私にー、何を教えると?」


 少し苛立ったような声。


 おいらは最後床に打ち付けられるときに、艦長の方の腕を畳んでおいた。

 痛みでほとんど動かない手をなんとか持ち上げる。


「こういうこと……さ」


 おいらはその腕を伸ばし、指先をファナ艦長の首筋に当て、軽く魔力を流す。


「これが刃だったら、終わりだった。まだ終了の合図もないっすよ」


 ファナ艦長は、首筋に手をやり、驚いた顔。


「締めはきっちりしとかないと……死ぬ」


兄貴はそうやって死んだ……


 せめて動けないようにしないとな。

 ファナ艦長は目を細める。


「……確かあなたの奉ずる神格はー」


「ああ、死んだよ。兄貴は死んだ。こんな風にぶちのめした相手に話しかけて撃たれた」


 ……おいらの目の前で。相手を仲間にしようとして……


「油断大敵って奴だ」


 ファナ艦長はふっと笑う。


「……確かに私としたことが……」


 ファナ艦長はおいらの首を掴んでない方の腕を上げ微笑む。


 振り下ろすと、上空で待機していた空刃くうはのうち四つが飛んで来る。

 軌道からみるに着弾点はおいらの四肢! 


「え、ま…じ……!」


 まぁ、会話仕掛けるにしても、相手を行動不能にしてからという意味は正しく認識してくれたようではあるが……

 軍人さんはすぐムキになるからなぁ。


 痛いのは嫌ぁぁあ!

 激痛に備えて目を瞑る。回復魔法あるらしいけど四肢切断かぁ、痛いんだろうなぁ……


「それまでっ!」


 カーナの大声が聞こえると、ファナ艦長の空刃くうははおいらの上へ形成された障壁に弾かれる。


 カーナが大股でおいらの方に歩いてくる。足音からするに結構怒ってる感じだ。


「軽い手合わせだろうに、軍属と同じ訓練になってますよファナ艦長!」


 カーナの気迫に、ファナ艦長は我に返った感じで、ちょと慌てた感じでおいらの首を掴む手を外す。


「大丈夫ですか、猿さん」


 プリカがあわあわしながら駆け寄ってきて、手の平に魔方陣が浮かび上がるとおいらに回復魔法を掛ける。

 全身打撲に複数骨折な感だったがあっという間に回復だ。笑える。


「い、いつもこんな感じで訓練?」


「軍属同士の対人戦闘訓練ならこんな感じも見たことありますけど……普通はしませんよ。普通は! 私たちは学属なので当然ここまでしません」


 回復魔法と脳筋軍人。予想はしていたけど恐ろしい組み合わせだ。

プリカも今回のファナ艦長には引いているようだ。


 両膝ついて座る艦長を見ると、カーナが顔を近づけ怒っている。


「そもそも、あちら居るジンブルム艦長に言った言葉で、更に言えば独り言ですよあれは」


 カーナが顔をジンブルム艦長のいる方向へ向けると、ファナ艦長もジンブルム艦長が居たことに気がつく。


 艦長は辺りの惨状を見回すと少しため息をつき、


「確かに、軽い手合わせって感じではなくなってましたねー」


 カーナは腰に手を当て更に畳み掛ける。


「本気ではないとはいえ、やり過ぎです」


 やり過ぎと断言するカーナ。格好良い! ……でも。


「……本気じゃ……ない……だと」


「雷撃とか光魔法の飽和攻撃は使ってませんからね。猿さん」


 プリカが説明してくれる。


「そ、そんなん出来るんかよ。そりゃ本気じゃねぇわ」


 おいらの驚きにプリカは苦笑い。廻りにいたファナ艦長とカーナも釣られて苦笑い。


 ファナ艦長はおいらを見、カーナを見ると溜息を吐くと、すらりと立ち上がり手を頭に当て、手を離す。ぶわっという感じで髪が復活し、金色の長髪が輝くように流れ落ちる。


 髪がそんな簡単に復活するんかい!

 髪の復活に驚くおいらにファナ艦長は更に驚きの行動。

 ファナ艦長は手を胸に当て、優雅に頭を下げ謝罪の姿勢。


「申し訳ない。猿殿。軽い手合わせなのにー、少し本気をだしてしまいましたー」


 少しじゃないだろ的なカーナの視線が凄いが、偉いさんが過失認め三下に頭下げるとかマジかよ。凄すぎる。


「過去の色々、そして今回の戦争での指揮責任での鬱積。八つ当たりしてしまった感もありますー。指揮官失格ですね」


 ファナ艦長は指を口に当て、いつもの飄々としたのりに戻ってきた。

 とりあえず、怒りは収まったようで助かった。


「いや、こちらこそ、余計な…あの…何かを言ってすみませんでしたー」


 おいらはがばっと土下座する。


 三人とも何やってるんだという顔だが、最上級の謝罪姿勢ということは理解してくれたらしく、少し慌てている。


 偉そうにこちらを見ていたジンブルム艦長に向けて言った言葉ではあるが、上級指揮官達すべてに通じる言葉でもあった訳で……


 惑星壊滅戦闘の実質の指揮官でもあったファナ艦長へ対する配慮が微塵もなかった。

惑星『翡翠』の壊滅もファナ艦長の責であると考え方もあるはず。

 おいらも三下失格だ。他人の顔色をしっかり伺えることこそ、正しい三下精神なのに……


 ファナ艦長へ、樹の巨竜の竜撃ドラゴンブレスでも落せなかったんだ

 何をどう指示しようがどうしようもなかった……そう言おうと思ったけどやめた。


 素人が口出すとまた余計な怒りを買うかもしれないしな。


「気を使わなくてもよいですよー。そんな事より、私こそ、素人相手にムキになってしまって。猿殿が思ったより遥かに強くて」


「避けてただけで、攻撃手段無かったろ?」


 カーナの的確な指摘。


「その通り!」


 おいらは拳を前に打ち出しつつ相槌をうつ。速いが攻撃力皆無の拳にカーナもファナ艦長もちょと呆れている。


「また対戦してくださいねー。その時は戦具装備で」


 ファナ艦長は軽く指を頬近くに持ってくると、炎の刃を軽く出す。

 魔具があればあんな感じに攻撃できるようだ。面白そうだ……が。


 おいらはファナ艦長の目を見ながら笑顔で返す。


「絶対嫌です!」


 すぐムキになる人と組み手は嫌。

 これだけは譲れねぇ!

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