第25話 1人じゃない
昼休み。
俺は屋上で葉月さんとお弁当をつついていた。
山田君は何か用事があるとかで今日は来ていない。
それにしても――
「……」
「げ、元気出して!今日は涼雅くんの大好きなハンバーグだよ?」
「どうも……ゴホッ ゴホッ!」
「大丈夫!?このお茶飲んで!!」
「あ、ありがとうございます……」
食欲が全く無い。というか食べようとしても喉を通らない。
原因は、そう、今朝の騒動だ。
ロッカーを開けたらそこにあったのは葉月さんとB組の金髪ギャル、日向彩華の体操服。
俺が身に覚えのない体操服に面食らっている間に鈴木達か絡んできた。そしてその直後に日向彩華が入ってきて犯人認定されたのだ。
あのタイミングの良さといい、俺のロッカーに体操服があることが分かっていたかのような言動といい、犯人は鈴木達だ。それは間違いない。
けれど、アイツらが葉月さんと日向のロッカーから体操服を盗んだという証拠が無い。
せめてもっと時間があれば何か証拠を出せたかもしれないが、日向彩華が俺を犯人だと決めつけてすぐに先生に言いつけたので、タイムリミットは今日の放課後。もう時間は無い。
これで終わりなのか……。
あんなに頑張ってようやくなれた声優という天職を、こんな冤罪で辞めないといけないのか?
「くそっ!」
ガンッ!!
拳を地面に叩きつける。
どうすればいい、どうすれば……。
不意に、スッと俺の右手が包まれる。
顔を上げると、そこには俺に向かって優しく微笑む葉月さん。
「大丈夫だよ。君は私が守るから」
「葉月さん……」
「なんちゃってね!ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったね私……。でも、きっと大丈夫。私が彩華ちゃんを説得させてみせるよ。あの子もきっと、話せば分かってくれる人だから」
不思議と気持ちが落ち着いていく。
そうだ、まだ終わったわけじゃない。
「でも、なんでそこまで俺を助けてくれるんですか?」
純粋な疑問だった。
俺は葉月さんに何かしてあげたことはない。
「なんで、か……。そうだね、強いて言うなら『恩返し』かな」
「恩返し?俺は別に何も……」
「ううん。私は涼雅くんにたくさん助けてもらってるよ。数えきれないくらい、たくさん……」
そう呟く葉月さんの視線は、どこか遠い所を見つめている。
――ああ、そういうことか。
「ryoga、ですか?」
「うん。私ね、知りたかったの。ryogaくんってどんな人なんだろう、どんなことを考えて、どんな人生を送ってきたんだろうって。もし高校に入ってryogaくんと同じ学年になったら、私に振り向いてほしいって思ったんだ。キミがいたから、中学生の地味だった私はこんなに可愛くなれたんだよ?」
「葉月さんが……地味?」
にわかには信じがたい事実だ。
地味だった?目の前のアイドル顔負けの美少女が?
「ふふっ、『本当?』っていう顔してる。あ、じゃあスマホに写真残ってるから見せてあげるね!」
そう言ってスマホの画面を見せてくる葉月さん。
そこに映っていたのは、三つ編みに黒縁メガネの地味な女の子。
写真を撮られるのが恥ずかしいのか、伏し目がちに俯いている。
「ほんとだ……」
「この時の私に言ってあげたいな。アナタはryogaくんに会えたんだよって」
「でも、がっかりしましたよね?ryogaの正体がこんな冴えないやつだったなんて……」
「ううん。キミは――私の思った通りの、魅力的な男の子だったよ」
「えっ?」
葉月さんの言葉に驚く。
だって、俺はクラスで「根暗」なんてあだ名をつけられるような奴なのに。
「たしかに、初めはちょっと暗い人だなぁって思ってたよ?でも、話してみて分かったの。根倉くんは本当はすごく誠実で、声優っていう仕事に誇りを持ってて、他人のことを思いやれる人。だから、私は……ううん、何でもない。そういうことだから、涼雅くんは絶対大丈夫!」
「そっか……。ありがとうございます」
こうして元気づけてくれる葉月さんを見て分かった。
俺は1人じゃない。俺のことを――ryogaのことを待っている人達がいる。
証拠が無いからはいそうですか、なんて諦めるわけにはいかないだろ、根倉涼雅!
「うん、じゃあ教室に戻ろうか」
「そうですね」
こうして俺と葉月さんは教室に戻っていった。
それにしても、山田君はどうしたのだろうか?
何か思いつめたような顔をしていたけれど……、心配だ。
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