第43話 『私』をみてくれる人 ②
「えーっと、今日の現場は……」
平日の朝。
時刻は9時を回ったところ。
学校を公欠で休んだ私は、マネージャーからのメールに添付された地図を見ながら新宿にあるスタジオへと向かっていた。
タッタッ
「——あれから7年、だよね」
昨日ベッドでうとうとしている間に、懐かしい夢を見た。
それは私が声優を夢にしてから、今に至るまでの道のり。
小学4年生のとき『いつか、あの約束した木の下で』というアニメを見て声優を志した私は、親を説得して児童劇団に入った。
そこでの練習はとても楽しく、順調に演技力をつけていった私は、中1で今所属している事務所——『大石プロダクション』の所属オーディションに合格。
それからはあっという間だった。
ひたすら、目の前の仕事とオーディションを受け続ける日々。
そして、今年で所属してから5年目。
マヤさん、めぐめぐと3人で活動しているユニット【
でも、いつからだろう。
——こんなにも息苦しく感じるのは。
——昔みたいに純粋に仕事を楽しめないのは。
「『しおりん』……か」
『しおりん』というのは、ファンの人たちからの私の愛称。
清楚で、いつも笑顔を振りまいて、可愛くて、誰にも分け隔てなく接してくれる、そんな
仕事中は、『私』はいつも『しおりん』であることを求められる。いや、もしかしたら仕事以外でも『しおりん』を演じているのかもしれない。
そのせいか、ときどき私は『私』が分からなくなってしまう。
お芝居とアニメが大好きで、甘いものには目がなくて、今だにロマンチックな恋に憧れていて、そんな普通の女子高生。
『しおりんって理想の女性って感じだよね』
やめて。
『しおりんの彼氏とか務まるヤツいないよな〜』
やめて。
『しおりんって——』
「やめてよっ!!」
気づけば私は大声を出していた。
まずい、周りの人達の注目を集めてしまった。
「す、すみません!」
私は逃げるようにその場を後にしたのだった。
はぁ。最近忙しいから少し疲れてるのかな、私……。
★
「ねえ、君かわいいね~。芸能人?アイドル?」
「ち、違います。どいてください」
スタジオ近くの路地で、私は柄の悪そうな人達に絡まれていた。
今までファンの男の人にしつこく絡まれたことはあったけど、こんなのは初めてだ。しかも周りに人がいないから助けも呼べないし、どうしよう……。
タッタッ
ふと、足音が聞こえる。
その方向に目を向けると——
「えっ?」
そこには
いや、でも本当にそうとしか言えないくらいカッコいい人。
「はぁ……」
彼はこちらを見てため息をつき、面倒くさそうな顔をしている。
本当に申し訳ないけど、彼に頼るしかない。
「あ、カズくん!もう、待ってたんだから~♥」
心の中で『ごめんなさい』と謝り、私は彼に駆け寄る。
「い、いや。俺の名前カズじゃな――」
「お願いします。合わせてください……」
私は必死に彼の目に訴えかけると、彼は事情を察してくれたのか小さく頷いてくれた。
「おいおい、何俺たちの邪魔してくれちゃってんのぉ?」
(ひっ……)
リーダーっぽい人がすごい形相で睨んでくる。
声を上げるのだけは我慢したけど、すごく怖くて体が震えてしまう……。
「すいません!俺の彼女が迷惑かけました。見逃してやってくれないですか?」
「はぁぁ?許すわけ無いだろボケが!人の獲物勝手に横取りしてんじゃねえぞ」
「お前嘘つくんじゃねえよ!どうせ他人だろ。ちょっといいツラしてっからって調子こいてると痛い目見ちゃうよぉ?」
彼が彼氏のフリをしてくれたけど、チンピラの人達は見逃してくれそうにもない。
ど、どうしよう……。
「もう一回聞きます。見逃してやってくれませんか?」
「舐めてんのお前?」
「もういいわ。こいつマジでぶち殺す!」
もう完全にそういう流れだよね、これ。
私が巻き込んだんだから、彼に怪我をさせるのだけは避けないと!
「ねぇ、逃げないとまずいですよ。一緒に逃げないと……」
「大丈夫です。危ないのでちょっと下がっててください」
彼は私の腕を離し、半身に構える。
まさか、喧嘩するつもりなの……?
いくら彼が強くても、こんなの勝てるわけないよ……。
涙目の私は尚も彼に逃げようとアイコンタクトを送るが、彼は戦う姿勢を崩さない。
「ヒュー、かっこいいねぇヒーローくん」
「4対1で勝てるわけねぇだろバカが!死ねや。オラッ」
彼は、突然飛んできたチンピラのパンチを足のステップでよける。
「この人数だとさすがに手加減できないからな。恨むなよ?」
★
バキッ ドスンッ!
「ぐはぁっ」
――数分後。
地面にはチンピラたちが転がっていた。
「す、すごい……」
彼はチンピラ達を投げ飛ばし、あっという間に倒してしまった。
こんなの、漫画やアニメでしかあり得ないのに……。
「じゃあ、俺はこれで」
彼は何事も無かったのように背を向けて歩き出す。
「あ、ま、待ってください!」
とっさに私は彼を呼び止めていた。
——彼のことをもっと知りたい。
助けてもらった感謝、なんて言葉じゃ説明できない不思議な気持ちが私の中に生まれていた。
「……何でしょうか?」
「お、お礼させてください。助けてくれたお礼」
「いえ、別にいいですよ」
「い、いや!させてください。この後ご飯でも……」
「すいません、時間がないので」
「じゃ、じゃあラインだけでも交換してください!」
「まあ、それくらいなら」
スマホを取り出し、私は彼とラインを交換する。
ピコンッ
「えーっと、名前は……って、えっ?」
彼は驚いた表情。
ふふっ、そうだよね。
「お名前、涼雅くんって言うんですね。カッコいい名前……。私、
「はい……。あ、あの。ひょっとして……声優のしおりんですか?」
「はい。大石プロダクション所属の声優、姫宮しおりです♪」
私はサングラスとマスクを外す。
「う、嘘だろ……?」
「嘘じゃないですよ。ほらっ」
「ちょっ、えっ?」
私は上目遣いに、彼——涼くんの手をやさしく包み込む。
ふふ、ちょっと動揺してる。
「い、いや。夢だろ?えっ?」
「夢じゃないです。どうしたら信じてくれるんですか?」
プルルルッ
涼くんの携帯の着信音で、パッと手が放れる。
むぅ……。
『————』
「え、まじ?」
『——』
「わ、分かった。すぐ行く」
プーッ プーッ
話している声は聞こえなかったけど、どうやら急ぎの用事があるらしい。
残念だけど、仕方ない。
「どうやらお急ぎのようですね。じゃあまた今度お礼させてください」
「は、はい。いや、でも本当にお礼なんて……」
「もう、私が貴方にお礼したいんです。これ以上は言わせませんよ?凉くん」
私は少し頬を膨らませ、抗議する。
また会える口実が欲しいだけ、なんだけどね。
「じゃあこれで失礼します。姫宮さん」
「私はしおりって呼んでください、ね?あと敬語もいらないです」
「……」
「返事は?」
「わ、分かりまし――分かった」
「じゃあまたラインしますね」
「あ、ああ。分かったよ……しおり」
「ふふっ、よろしい。じゃあ、私も仕事があるので失礼しますね。バイバイ、凉くん!」
私は手を振って歩き出す。
「きっと、また会えるよね……」
この時の私はまだ知らなかった。
近い内に、
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