第44話 『私』をみてくれる人 ③

(はぁ、どうしよう……)


私は新宿のとある雑居ビルにいた。

目の前の扉を開ければ、今から収録の行われるスタジオ。


「うぅ、どんな雰囲気なんだろ〜、、」


扉の向こうがどんな空気なのか分からないのが少し怖い。

というのも、


「代役で2話の収録から参加なんて、どんな感じでやればいいのよ……」


『はぁ〜』と今日何度目かのため息をつき、途方に暮れる。


今年で5年だけど、こんなこと初めてだ。

事の発端はちょうど1週間前——



————————


「わ、私が代役……ですか?」


夜9時過ぎ。


私がちょうど寝る前に、マネージャーの佐々木さんからかかってきた電話は驚くべき内容だった。


「そうそう、代役のオーディションする時間もなくてね〜。しおりちゃんなら声質も近いと思うし、スケジュール的にはいけるんだけど、どう?」


佐々木さん曰く、『俺カノ』という秋アニメのヒロイン役に決まっていた、同じ事務所の田中さんが産休で収録できなくなったため代役が必要になった、ということらしい。


まさに【寝耳に水】って感じだけど、お仕事をもらえるのであればやらない手はない。


「分かりました。私でよければ是非やらせていただきたいです!」


「ありがと〜!本当に助かったわ。向こう側制作サイドもしおりちゃん希望だったから良い返事できるぞー!じゃあね、おやすみ〜」


「はい、お疲れさまです」


————————



——というわけだ。


まあ、ryogaさんは共演したことがないから分からないけど。


他は共演したことある人ばっかりだから大丈夫。

大丈夫……だよね?


「あ〜、もうシャキッとしないと!」


パンパンッ


私は自分の頬を叩いて、『しおりん』モードに切り替える。

よしっ、いくぞ。


ガチャッ


「こんにちは!大石プロダクションの姫宮しおりです。田中さんの代役で来ました。本日はよろしくお願いします!」


「お〜、しおりんよろしく」


「はい、よろしくお願いします!」


近くの人に挨拶を済ませ、顔をあげる。


「へっ……?」


ふと、声の聞こえた方に目を向けると——


(涼……くん?)


そこにいたのは、先日私を助けてくれた王子様涼くんだった。


「えっ?う、うそ……、涼くん!?なんで、えっ?」


な、なんでキミがここに……どういうこと?


ポカンと口を開けてこっちを見ている彼を見て、私の中でバラバラだったものが1つに繋がる。


まさか——涼くんが、あの『ryoga』なの?


胸がドクドクとうるさいくらい高鳴る。


そして、気がつけば私は彼に近づいて手を握っていた。


「涼くんも声優さんだったんですねっ!」


「は、はい。一応」


「もうっ、なんであの時言ってくれなかったんですか?」


すこし上目遣いで彼を見つめる。

彼もドキドキしてくれてるかな……?


「ちょっと、手離しなさいよ!」


そう言って割り込んできたのは四条さんだった。

彼と握っていた手がパッと離される。


「お、落ち着けエレナ」


「落ち着けるわけないでしょ!!どういうことよリョウガ!」


「い、いやだから……」


真っ赤な顔で涼くんを怒っている四条さん。


前に共演した時はすごく冷静でおとなしいイメージだったけど、今のこの表情を見ると——もう、そういうことだよね?


でも、私も引くつもりはない。


「まあまあ、落ち着いてください四条さん。涼くんはチンピラに絡まれていた私を助けてくれたんです」


「そ、そう……」


これは『しおりん』ではなく『私』からの宣戦布告。


「その時にライン交換して、お礼にご飯に行く約束をしただけですよ?」


「は、はぁ!?だってリョウガはライン交換してないって……」


「交換しましたよ?」


「ちょ、ちょっと待っ――」


私はスマホを取り出し、ラインの画面証拠画像を四条さんに見せつける。


「い、いや違うんだエレナ。これには事情があって……な?」


「ふぅ~~ん、そうなんだ?リョウガは私が心配してた時に姫宮さんとライン交換して楽しくおしゃべりしてたんだ?鼻の下のばして。」


「あ、そういえばあの時の涼くんすごい嬉しそうな顔してましたね」


困りきった顔でこちらを見てくる涼くん。

ふふっ、ごめんね?でも、今は引けないの。


「……」


「な、なあエレナ――」


「私も行く」


「へっ?」


「だから、私もご飯行く。姫宮さんもいいでしょ?」


「私は別にいいですよ。涼くんさえよければ」


「リョウガはオッケーに決まってるわ。ねっ?」


有無を言わさない雰囲気の四条さん。


「あ、ああ」


「四条さん、無理矢理はよくないですよ?」


『しおりん』モードのはずなのに、『私』が出ちゃってるなぁ。


「あら、どういう意味かしら姫宮さん」


こちらを睨んでくる四条さん、私は笑顔のまま見つめ返す。


「お、おい、2人共仲良くな?」


「「……」」







そして、『ryoga』としての涼くんに出会ってから約1ヶ月。

今日は最終話の収録日。


ちょうど先ほど収録が終わり、スタジオを出た私たち・・・は夜の街を歩いていた。


「はぁ〜、疲れましたね♪」


「ああ、しおりもお疲れ様」


「涼くんもお疲れさまです!」


涼くんと2人で歩く街はなんだかいつもよりきらびやかに見える。

ふふっ、ごめんね?四条さん。


「それで、どこの店に行く?」


「そうですね……。みなさん焼き鳥行ってるみたいですし、焼肉とかどうですか?」


「焼肉なんて食べるのか?」


「もうっ、私のこと何だと思ってるんですか!」


「ははっ、ごめんごめん。じゃあ食べ放題の店予約するか」


「〜〜っ!」


そう言って笑う彼の横顔は、すごくカッコよく見えて。

もう、反則だよ……。


「どうしたんだ?」


「そ、そうですね!じゃあ、行きましょうか」


少し立ち止まっていた私は、彼を追って歩き出したのだった。

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