第45話 焼肉

「それで、どこのお店にします?」


「そうだな……『角牛』とか」


『角牛』というのは全国チェーンで展開している焼肉店だ。


そこまで美味しいというわけではないが、2時間食べ放題で3000円程度とかなりコスパがいい。


「う〜ん、でも私ホルモンとかも食べたいんですよね……。あっ、これとかどうですか?」


そういって姫宮さんが見せてきたスマホに載っていたのは『ホルモンLover』という名前。

レビューも高評価が多いし、値段も中々……って


「カップルプラン?」


紹介文の一番上に『カップル限定 食べ飲み放題2000円!』と大きめに書いてある。


リア充御用達ってことか……コスパは最高だが仕方ない。


「えっと、別の店にしようか」


「えっ、なんでですか?」


不思議そうにこちらを見てくる黒髪ロングの美少女。


「いや、それカップル限定だから……」


「そうですね。じゃあ2人で予約しますね?」


当たり前のように店の電話番号を打ち込んでいく姫宮さん。

お、俺がおかしいのか……?


「い、いや、待ってくれ。だから俺としおりじゃ無理だ」


「えっ?」


いや、なんでそんな驚いた顔で「えっ?」って……。


「いや、だから俺としおりは付き合ってないから——」


「私たちカップルのフリするんですよね?」


「へっ?」


俺と姫宮さんがカップル?

いや、さすがに無理があるだろ……。


「じゃあ、今から電話しますね♪」


「ち、ちょっと待っ——」


プルルルッ プルルルッ


「あっ、15分後に2人でお願いします。コースは『カップルプラン』で。……はい、失礼します」


俺が制止する前に予約を済ませてしまう姫宮さん。

ま、マジか……。


「ごめんなさい、ホルモンがすごく美味しそうで……あっ、ひょっとして私とカップルなんて嫌……でしたか?」


今にも泣きそうな顔で俺を上目遣いに見つめてくる姫宮さん。

くっ……。


「い、いや、そんなわけない。」


「やった♪じゃあ私たち今からカップルですね!」


ギュッ!


さっきまでの泣き顔が嘘のように、満面の笑顔で腕を絡めてくる姫宮さん。

ゆ、夢なのか?いや、流石に夢だろ……。


「み、店に着いてからで良くないか?」


「もうっ、こういうのは事前に準備しておかないとボロが出ちゃいますよ?涼くんも収録前に必ず台本予習しますよね」


「まあ、それはそうだけど」


ん?なんか納得したけど、どういうことだ?


「そういうことです。それじゃあ、いきましょうか!」


タッタッ


そうして、俺と姫宮さんは店へと向かったのだった。





カランカラン


「いらっしゃいませ〜!何名様ですか?」


「2人で予約していた『姫宮』です」


「姫宮様ですね、こちらの席にどうぞ〜」


俺と姫宮さんは、店員さんに案内されたテーブルに座る。

って、何だこれ?


テーブルには『隣り合って座ってください』という注意書きがある。


「隣、失礼しますね」


「あ、ああ」


それにしても、どういうことだ?

俺が首を傾げていると、店員さんが現れる。


「お客様はカップルプランということでお伺いしてます。お間違い無いでしょうか?」


「はい」


「当プランは食べ放題を通常の半額で提供させていただく代わりに、注文時にお客様がカップルであることを証明していただくものになります。詳しくはこちらをご覧ください」


……はっ?

いや、そんなの聞いてないぞ。


「う、嘘だろ……?」


「う、うそー。ソウダッタンデスネー」


慌てて渡された紙に目を通すと、そこに書いてあったのは【注文時に『キス』or『ハグ』or『愛の告白』をしてください】という内容。


「お客様、カップル……ですよね?」


くっ、マズい。店員さんが疑いの目でこちらを見ている。


「涼くん、キス……しますか?」


潤んだ瞳でこちらを見てくる姫宮さん。

いや、何を言ってる……。


「だ、ダメだ。それはさすがにヤバいだろ」


「じゃあ、『しおり、愛してる』って言ってください」


真剣な表情の姫宮さん。店員さんも厳しい視線を向けてくるし……くそっ!


「し、しおり。あ……愛してる」


「ふふっ、私も涼くんのこと愛してます」


くっ、なんでそんなに嬉しそうな表情で俺を見てくるんだ……。

いや、冷静になれ俺。これはあくまで演技、フリだろ?


「ふぅ」


ほっと息をついて思考をリセット。

危ない危ない、さすがに勘違いすると痛すぎる。こんな美少女と付き合えるなんてさすがにアニメの中だけだからな。


「はーい、ありがとうございまーす!ではご注文お伺いしますね」


「えっと、カルビ3人前と——」





「はぁ〜、美味しかったですね!」


「ああ、ほんとに美味しかった」


何回か注文して、時間的にももう食べ放題の終わる時間。


「それにしても涼くんの告白、嬉しかったです♪」


「はぁ、ほんとにもう勘弁してくれ」


あの後、注文の度にハグやら告白をさせられた。


なんとかキスだけは回避したけど、さすがにキツかったな……。

緊張しすぎて、最初のうちは肉の味が全然しなかったし。


「失礼しま〜す、ウーロン茶です」


「どうも」「ありがとうございます」


最後に注文したお茶のグラスに口をつける——って、なんだこの味?

まさか……


「しおり、飲んじゃダメだ!」


ゴクッ ゴクッ


「あれっ、なんか変な味……」


しまった、遅かったか……。

少量だが、姫宮さんは飲んでしまっていた。


「すいません、これお酒じゃないですか?」


「えっ?あっ、申し訳ありません!今お冷をお持ちしますね」


店員さんは慌てた様子で厨房からお冷を持ってきた。


「おい、大丈夫か?しおり」


俺は店員さんからもらったお冷を姫宮さんに飲ませる。


グラスの残りからして、そこまで飲んではいないから大丈夫だろうけど念のため。


ゴクッ ゴクッ


「え〜?ぜんぜんらいじょうぶれすよー」


姫宮さんは顔を真っ赤にしているけど、意識もあるし大丈夫そうだ。

それにしても、マジか。普通に酔っ払ってる……。


「……」


急に黙り込んでしまった姫宮さん。

どうしたんだろうか。


「おい、しおり?」


「……涼くん!わらしはおこってるうんですよ?あんな可愛い子と」


「な、何を言ってるんだ?」


顔を真っ赤にして、俺を非難するように見つめてくる。


酒のせいか、訳のわからないことを……。


「とぼけないでくだしゃい!四条さんとどういうかんけーなんれすか!!」


「え、エレナ?い、いや、ただの幼馴染というか……。養成所が同じだっただけだ」


「ずるい……」


ず、ずるい?意味がわからないぞ、ほんとに。


プルルル プルルル


ふと、ポケットのスマホから着信音が鳴る。

誰からだ?


「もしもし、根倉です」


『あっ、リョウガ?体調悪いって須田さんから聞いたんだけど、大丈夫?』


電話の相手はエレナだった。

体調が悪い?どういうことだろうか。


「えっ?別に悪くは——」


そう言いかけて、ふと気づく。


強制じゃ無いとはいえ、打ち上げに参加せずに姫宮さんと2人きりで別の店でご飯を食べているのを正直に言うのはマズい……よな?


おそらく須田さんがフォローしてくれたのだろう。


「ああ、ちょっと体調が悪くてな。家で休んでる」


『そ、そう。私今からヒマだし、その、看病とかしてあげようか?』


「へっ?」


『あっ、別に変な意味じゃ無いからね!私はただ——』


いや、さすがに今家に来られるとマズいだろ……。


「いや、大丈夫。朱理が看病してくれてるから」


『そ、そうね。朱理ちゃんがついてるなら大丈夫よね』


「あ、ああ。それじゃあまたな」


『ええ、おやすみなさい』


ピッ


ふぅ……なんとかバレずに済んだ。

そう思ってスマホを直すと、肩に軽い衝撃。


ポスンッ


横を向くと、姫宮さんが俺の肩にもたれかかって目を閉じていた。


「すーっ……すーっ……」


「……お疲れ、しおり」


涼雅は寝息を立てているしおりを起こさないように、背におぶる。


「うわー、あのカップルめっちゃヤバくない?」


「高身長イケメンと黒髪美少女とか、ヤバいな……」


店内から聞こえる感嘆の声も、だがしかし、本人は気づいていない。


(はぁ、悪目立ちしてるんだろうな俺。さっさと帰ろう……)


店内でお会計を済ませた涼雅は、タクシーを拾ってしおりを家まで送り届け、その足で自分も帰宅したのだった。

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