第42話 『私』をみてくれる人
『しおり、お前は一番になりなさい』
それが私、姫宮しおりのお父さんの口癖だった。
今でこそトップ声優なんて言われている私だけど、生まれたのは普通のサラリーマンとパート主婦というごく一般的な中流家庭。
そして幼い頃の私は親の言うことをよく聞く、いわゆる『いい子』だった。
そんなある日のこと——
★
小学校の宿題を早めに終わらせた私は、リビングのテレビでバラエティ番組を見ていた。
この番組はいつも見ていて、そこそこ面白いんだけど何か退屈な気持ち。
「はぁ〜、ほかにおもしろい番組ないかな」
リモコンを操作し、チャンネルを切り替える。
ポチッ
『さて、私が今やってきているのはここ——』
ポチッ
『では、明日の天気をお伝えします。関東地方はおおむね——』
ポチッ
『ふざけるなっっ!!』
ビクッ!
いきなりの怒声に、思わず体がビクンと震える。
「な、なに……?」
リモコンを手放し、おそるおそるテレビ画面に目を向けると、そこには頭から血を流した少年が鬼の形相で軍服姿の男を睨み付けていた。
『お前達が村のみんなを……カレンを殺したんだ!』
『ふんっ、何を言うかと思えば。戦争に犠牲は付きものだ、私は軍人としての責務を全うしたのみ。恨むのなら私ではなくせいぜいお前の国を恨むんだな』
『——もういい。お前は……俺が必ずこの手で倒す!』
『ほう、できるものならやってみろ!小僧』
2人が剣を抜いて今まさに戦いの火蓋が切られようとした瞬間——
タラララ〜 タララ〜
場面が切り替わり、エンディングが流れ出す。
「……っ!」
気づけば私はソファーから身を乗り出し、画面に釘付けになっていた。
すごかった……。
自分が今まで見てきたどんな番組よりもドキドキして、画面の中に引き込まれてキャラクターと一体になる感覚。
その作品をスマホで調べると、『いつか、あの約束した木の下で』、略称『いつ約』という作品だった。
幼い頃に故郷を敵国に滅ぼされた少年が、復讐のために兵士となり幼馴染の仇を打つというダークなストーリー。しかし、幼馴染が生きていることが発覚し——
「ど、どうなっちゃうの……?」
いてもたってもいられなくなった私は、ビデオ屋さんに行って『いつ約』のDVDをレンタルしてイッキ見した。
————
幼い頃、『大人になったら結婚しようね』と約束した木の下。
そこで2人は向き合っていた。
『カレン、俺はお前さえいれば……それだけで何もいらないんだ』
『私も、私も同じだよ。シン……』
ギュッ
涙を流す幼馴染を主人公が力強く抱きしめる。
そして2人の距離が近づいていき——
————
「うぅ、いいおはなしだったよぉ……」
グスッ グスッ
『いつ約』を最後まで見終わった私は、真っ赤に腫らした目をテッシュで拭いながら余韻に浸っていた。
「本当に……グスッ……よかったぁ」
どのキャラも毎日を全力で生きていて、鳥籠の中にいる私とは大違いだった。そして、私のつまらない毎日をワクワクで満たしてくれた。
その時、ふと思った。
「私、
この退屈な日常を抜け出して、ワクワクしてドキドキする世界に行ってみたい。
ポチポチ ポチポチ
【アニメ キャラ なるには】
思いついたまま、グーグル先生に聞いてみたところ出てきたのは『声優』という言葉。
——声優ってなんだろう?
よくわからないけど、これがカレンになれる方法だということだけは理解できる。
「私……声優になりたい!」
この時、私の夢が決まったのだった。
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