第38話 提案
事務所からの帰り道。
俺は駅に向かっていた。
周りを歩く楽しそうなカップル達とは対照的に、俺の心は限りなくブルー。
「はぁ……」
帰り道で今日何度目かのため息をつく。
マジでありえない。あり得なさすぎるぞこれは……。
俺が落ち込んでいる理由、それはさっきの事務所での出来事だ――――
★
ガチャッ
「さあ、ryogaくんも座ってくれ」
「はい、分かりました」
俺は会議室のテーブルで関さんと向かい合うように座った。
「これが今日渡す書類ね。よいしょ……っと」
ドスンッ!
な、なんか今音が鳴ったんだけど……。
関さんがテーブルに置いた書類は、辞書1冊分くらいの厚さがある。
ふぅ、どうやら今日は長くなりそうだ。
…………
「――って感じだ。この日は収録の1時間後に別でオーディションがあるから、こちらでタクシーを手配しておくよ。よろしくね」
「はい、了解です」
これで説明もほとんど終わりだろう。
けっこう疲れたな……。
って、ん?
テーブルの端にまだ説明されてない書類を見つける。
「あの、これなんですか?」
「ああ、それか……。まあ、読んでみてくれ」
神妙な面持ちの関さんに促されるままに、俺はその書類に目を通す。
「えーっと、どれどれ……って、はっ?」
えっ、嘘だよな?
いやいや、そんな訳ないだろ……。
見間違いだろうと思って何度も目をこすって見直すが、そこに書かれている文章はやはり変わらない。
~・~・~
『アニマルふれんず! Blu-ray&DVD発売記念トークイベント~みんなで遊ぼう!わいわい動物祭り~』
出演
ニャー子役:姫宮しおり
ウルフくん役:ryoga
~・~・~
「なんですかこれ?いや、えっ?」
「いやぁ、その、なんというか。このアニメのプロデューサーには色々と借りがあってね……。頼む、この通り!」
関さんはガバッと頭を下げる。
いや、それでも顔出しはマズすぎるだろ……。
「いや、さすがに俺が顔出しなんて。ヤバいですよ……」
「分かる、分かるよ。ryogaくんが素顔で出たら大騒ぎになっちゃうのは分かってる。だから出演をOKする代わりにこちらも条件を付けたんだ。ページをめくってくれ」
「……」
俺は渋々ページをめくり、書かれている内容に目を通す。
特に普通の内容だ。
集合時間、持ち物、段取り……って、なんだこれ?
衣装の欄に『コスプレ(キャラクターをモチーフにした衣装)』と書かれてある。
「あの、コスプレって何ですか?」
俺がそう尋ねると、関さんは待ってましたとばかりにドヤ顔を向けてくる。
「いやぁ、君が素顔で出たらマズいだろ?だから僕も考えたんだよ。どうすればryogaくんの素顔をかくせるか、ってね。その結果がこれさ」
なるほど、そういうことか。
「つまり、『俺にコスプレして身バレされないような恰好で出て欲しい』ってことですか?」
「そう!その通り。いやぁ、とっさの思いつきなんだけど中々のファインプレーだったよ~」
関さんは褒めてくれと言わんばかりの渾身のドヤ顔。
いや、こうなったのはアンタのせいだからな?
「……まぁ、分かりまし――」
「いやぁ、ありがとう!あっ、俺この後打ち合わせあるんだった。スッカリワスレテタヨー」
ガタッ!
「えっ、あ、ちょ、待ってくださ――」
「じゃあね〜」
ガチャッ
タッタッタッ
あっという間に部屋から居なくなる関さん。
「……」
★
ということがあったのだ。
関さん、いや、あのおっさんやりやがった。マジか……。
とはいえ、一度オッケーと言ってしまった以上もう後には引けない。
となれば、やるべきことは1つ。
スッ
タタタッ
俺はポケットからスマホを取り出し、ラインのアイコンをタップする。
誰かいるかなぁ。
「って、いるわけないよな……」
仕事関係を除くと数えるくらいしか居ない友達リスト。
こういう時、自分はボッチなのだと改めて実感させられる。
やっぱり、コスプレをしたことがある知り合いなんているわけないか……。
――いや、待てよ?
俺はスマホを操作し、とある相手に電話をかける。
プルルルッ プルルルッ
ガチャッ
『もしもし、どうしたのリョウガ?』
「あっ、エレナ。ちょっと相談したいことがあるんだけど、コスプレってしたことあるか?もしあれば今から俺の部屋に来て欲しいんだ」
ガタガタガッシャーーン!!!!
な、なんかすごい音がしたぞ……。
「お、おい大丈夫かエレナ?」
『こ、コス、へ、へやっ?!そ、そういうのはちょっとまだ早いというか!で、でもっ。リョウガがその気なら私も嫌じゃない、かも……』
まだ早い?何か用事でもあるのだろうか。
「すまん、もし用事とかあるんだったらこの話は無しで大丈夫だ――」
『行く!!絶対行くに決まってる!!すぐ行くからっ!!!!』
プツッ
電話が切れる。
な、なんかすごい前のめりな感じだったような。
俺の家に来れて喜んでるとか?
いや、そんなわけないよな……。
ピコンッ
『そ、その。話って大事な話……だったりする?』
エレナからのメッセージ。
まあ、これで俺がコスプレをミスって素顔バレしたりしたら、俺の声優人生が詰んでしまうかもしれないしな。
『ああ、かなり大事な話なんだ』
俺はそう返信してスマホを閉じる。
ふぅ、これで何とかなるかもしれないな……。
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