第38話 提案

事務所からの帰り道。

俺は駅に向かっていた。


周りを歩く楽しそうなカップル達とは対照的に、俺の心は限りなくブルー。


「はぁ……」


帰り道で今日何度目かのため息をつく。

マジでありえない。あり得なさすぎるぞこれは……。


俺が落ち込んでいる理由、それはさっきの事務所での出来事だ――――





ガチャッ


「さあ、ryogaくんも座ってくれ」


「はい、分かりました」


俺は会議室のテーブルで関さんと向かい合うように座った。


「これが今日渡す書類ね。よいしょ……っと」


ドスンッ!


な、なんか今音が鳴ったんだけど……。

関さんがテーブルに置いた書類は、辞書1冊分くらいの厚さがある。


ふぅ、どうやら今日は長くなりそうだ。



…………



「――って感じだ。この日は収録の1時間後に別でオーディションがあるから、こちらでタクシーを手配しておくよ。よろしくね」


「はい、了解です」


これで説明もほとんど終わりだろう。

けっこう疲れたな……。


って、ん?


テーブルの端にまだ説明されてない書類を見つける。


「あの、これなんですか?」


「ああ、それか……。まあ、読んでみてくれ」


神妙な面持ちの関さんに促されるままに、俺はその書類に目を通す。


「えーっと、どれどれ……って、はっ?」


えっ、嘘だよな?

いやいや、そんな訳ないだろ……。


見間違いだろうと思って何度も目をこすって見直すが、そこに書かれている文章はやはり変わらない。


~・~・~


『アニマルふれんず! Blu-ray&DVD発売記念トークイベント~みんなで遊ぼう!わいわい動物祭り~』


出演

ニャー子役:姫宮しおり


ウルフくん役:ryoga


~・~・~


「なんですかこれ?いや、えっ?」


「いやぁ、その、なんというか。このアニメのプロデューサーには色々と借りがあってね……。頼む、この通り!」


関さんはガバッと頭を下げる。

いや、それでも顔出しはマズすぎるだろ……。


「いや、さすがに俺が顔出しなんて。ヤバいですよ……」


「分かる、分かるよ。ryogaくんが素顔で出たら大騒ぎになっちゃうのは分かってる。だから出演をOKする代わりにこちらも条件を付けたんだ。ページをめくってくれ」


「……」


俺は渋々ページをめくり、書かれている内容に目を通す。

特に普通の内容だ。


集合時間、持ち物、段取り……って、なんだこれ?


衣装の欄に『コスプレ(キャラクターをモチーフにした衣装)』と書かれてある。


「あの、コスプレって何ですか?」


俺がそう尋ねると、関さんは待ってましたとばかりにドヤ顔を向けてくる。


「いやぁ、君が素顔で出たらマズいだろ?だから僕も考えたんだよ。どうすればryogaくんの素顔をかくせるか、ってね。その結果がこれさ」


なるほど、そういうことか。


「つまり、『俺にコスプレして身バレされないような恰好で出て欲しい』ってことですか?」


「そう!その通り。いやぁ、とっさの思いつきなんだけど中々のファインプレーだったよ~」


関さんは褒めてくれと言わんばかりの渾身のドヤ顔。


いや、こうなったのはアンタのせいだからな?


「……まぁ、分かりまし――」


「いやぁ、ありがとう!あっ、俺この後打ち合わせあるんだった。スッカリワスレテタヨー」


ガタッ!


「えっ、あ、ちょ、待ってくださ――」


「じゃあね〜」


ガチャッ


タッタッタッ


あっという間に部屋から居なくなる関さん。


「……」





ということがあったのだ。

関さん、いや、あのおっさんやりやがった。マジか……。


とはいえ、一度オッケーと言ってしまった以上もう後には引けない。

となれば、やるべきことは1つ。


スッ


タタタッ


俺はポケットからスマホを取り出し、ラインのアイコンをタップする。

誰かいるかなぁ。


「って、いるわけないよな……」


仕事関係を除くと数えるくらいしか居ない友達リスト。


こういう時、自分はボッチなのだと改めて実感させられる。

やっぱり、コスプレをしたことがある知り合いなんているわけないか……。


――いや、待てよ?


俺はスマホを操作し、とある相手に電話をかける。


プルルルッ プルルルッ


ガチャッ


『もしもし、どうしたのリョウガ?』


「あっ、エレナ。ちょっと相談したいことがあるんだけど、コスプレってしたことあるか?もしあれば今から俺の部屋に来て欲しいんだ」


ガタガタガッシャーーン!!!!


な、なんかすごい音がしたぞ……。


「お、おい大丈夫かエレナ?」


『こ、コス、へ、へやっ?!そ、そういうのはちょっとまだ早いというか!で、でもっ。リョウガがその気なら私も嫌じゃない、かも……』


まだ早い?何か用事でもあるのだろうか。


「すまん、もし用事とかあるんだったらこの話は無しで大丈夫だ――」


『行く!!絶対行くに決まってる!!すぐ行くからっ!!!!』


プツッ


電話が切れる。


な、なんかすごい前のめりな感じだったような。


俺の家に来れて喜んでるとか?

いや、そんなわけないよな……。


ピコンッ


『そ、その。話って大事な話……だったりする?』


エレナからのメッセージ。


まあ、これで俺がコスプレをミスって素顔バレしたりしたら、俺の声優人生が詰んでしまうかもしれないしな。


『ああ、かなり大事な話なんだ』


俺はそう返信してスマホを閉じる。


ふぅ、これで何とかなるかもしれないな……。

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