第62話 葉月凛花は気づかせたい

「えっ、用事?」


昼休み。


いつものように涼雅くんに声を掛けて、一緒に屋上へ行こうとした矢先のことだった。


「は、はい。すみません、ちょっと野暮用があって」


「そ、そうなんだ……」


予想外の出来事に私——葉月 凛花は少し驚いてしまう。


だって、彼……涼雅くんには恐らく私と山田君以外に友達はいないはずだから。


先生に呼ばれている感じでもなさそうだし、何の用だろう?


「すぐ行くので、先にお弁当食べておいてください」


「う、うん。分かったよ」


タッタッ


そう言って、教室から出ていく涼雅くん。


その瞬間、上手く言葉に出来ないけれど嫌な予感が私の脳裏をかすめる。


昼休みが終わってすぐに殺気立った様子で教室を出て行った鈴木くん達。 


そして、普段は用事なんか滅多に無い涼雅くんが今日に限って『用事がある』と言い出したこと。


2つの出来事がパズルのように組み合わさる。


……そ、そんなことないよね?

いや、でもまさか……


「ごめん山田くん!先に屋上でご飯食べといてくれる?」


「へっ?あ、わ、分かりました!でもどこに——」


「時間ないからまた後でね!」


山田くんにそう言い捨てて、私は教室から飛び出す。


タッタッタッ


自分の想像が外れてくれと願いながら、私は階段を駆け降りる。


もし私の予想が正しければ、涼雅くんの向かう先は恐らく——







「はぁ……はぁ……つ、着いた……」


目的地に着き、私は膝に手をついて呼吸を整える。


辺りには全く人の気配が無い。

や、やっぱり気のせいだったのかな?


「そ、そうだよね。まさか涼雅くんが、ね——」


そんな私の呟きをかき消すように、殺気のこもった怒声が響き渡る。


『根暗ァ!俺とタイマンしろや』


『——』


ビクッ


思わず体が強張ってしまう。

そ、そんな……。


体中から力が抜けてしまいそうになるのを必死に抑えて、私は声のする方向に近づく。


タッ タッ


曲がり角からそっと顔を出して様子を伺うと、そこにいたのは——


「う、うそ……」


私の目に映ったのは、見慣れた後ろ姿。


鈴木君がボクシングの構えで今にも涼雅くんに殴りかかろうとしている。


前に教室で自慢げに、『俺昔ボクシングやっててさぁ』って言いながら腕をブンブンしていたから、鈴木君は間違いなく経験者なのだろう。


それに対する涼雅くんは右足を少し引いて、だらんと両腕を脱力させている。


ま、まさか戦うつもりなの……?


『いっぺん死ねやぁ!』


と、止めないと!


「や、やめ——」


『寝ろ』


バァン!


「……えっ?」


涼雅くんの声(カッコいい)と共に何かが叩きつけられるような音がして、気がつけば鈴木君が地面に横たわっている状況。


ど、どういうこと?

だって鈴木君はボクシング経験者……なんだよね?

……えっ?


混乱している私をよそに、足音が近づいてくる。

か、隠れないと!


私はしゃがんで身を隠す。

すると、目の前を慌てた様子で走り去っていくのは気絶した鈴木君を担いでいる後藤君と斉藤君。


信じられないけど、これってつまり……そういうことだよね?


「……誰だ?」


ゾクゾクッ


曲がり角の奥から聞こえるryoga様・・・・・・の低音ボイスに、思わずビクンと体が反応してしまう。


か、カッコいい……。


タッ タッ


そして私は曲がり角から姿を表す。


「わ、私だよ。涼雅くん……」


「は、葉月さん?」


さっきまでのryoga様のような雰囲気は消え去り、そこにはポカンと口を開けているいつもの涼雅くん。


あれだけカッコよくて喧嘩も強いなんて、こんなのもう……。


「な、なんでここに……」


「授業が終わってすぐに鈴木くん達が校舎裏に行くのが見えて、その後涼雅くんが突然用事があるって言い出したから心配になって……」


そう言いながら私は涼雅くんの方に近づいていく。


「な、なるほど——ってえっ?」


ギュッ


私はお弁当を持っていない手で涼雅くんの右手を包み込む。


「涼雅くんってすごく強いんだね……。私、まだドキドキしてる」


「い、いや。あれは鈴木が弱かっただけです。というかすみません……」


「ふふっ、なんで謝るの?涼雅くんってやっぱり面白いね」


申し訳なさそうな様子の涼雅くんに、思わずクスッと笑ってしまう。


鈴木くんを一瞬で倒したんだからもうちょっと誇ってもいいのに。

まあ、彼らしいといえばそうなんだけど。


「そ、それじゃあ行こうか。涼雅くん」


「い、いや。離さないとやばいです」


「だ、ダメだよ。屋上まで離さないから」


自分でも、顔が赤くなっているのが分かる。

少し恥ずかしいけど、こうでもしないと君は気づかないだろうから、ね。


「えっ?」


驚いた様子で私を見てくる涼雅くん。

ふふっ、もう離さないよ?


「ほらっ、行こうよ……」


「は、はい」


こうして、私は涼雅くんと屋上に向かったのだった。

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