第63話 春夏秋冬

キーンコーン カーンコーン


「よーし、それじゃあ今日の終礼はここまで!気をつけて帰れよ〜」


放課後。

特に何事もなく終礼が終わり、俺は下駄箱で靴を履き替え1人校門を出る。


タッタッ


「はぁ……」


それにしても、今日は色々とあったな……。本当に色々と。


まず鈴木に呼び出されたのは、1回本気で投げただけで鈴木が気絶して驚くほどあっさりと終わったのだが——


(その後、だよな)


あの後、葉月さんと屋上に向かったのだがなぜか葉月さんは手を繋いだまま離そうとしなかったのだ。


「いや、マジか……」


葉月さんの手の感触が残っている右手を眺め、俺はため息をつく。


あの葉月さんと学校で手を繋いでいたという事が今だに信じられない。

だって、あの葉月さんだぞ?


そして思い出すのは、セミロング黒髪の天使が触れ合いそうな距離で俺に向かって微笑みかけてくる光景。


心臓がドクドクとうるさい。

まさか、葉月さんは——


パンッ!


「……ふぅ」


自分の頬を叩いて、一旦心を落ち着ける。

いや、葉月さんが好きなのはあくまで声優の『ryoga』であって俺ではない・・・・・


彼女の好意も、俺ではなく『ryoga』や俺の演じたキャラクターに対して向けられているものに過ぎないのだ。


「まあ、そりゃそう……だよな」


葉月さんが『根倉涼雅』としての俺を好きになってくれるのではないか、という妄想をしてしまいそうになるが、それはあくまで妄想・・


どこまでいっても俺みたいな陰キャが葉月さんのような美少女と付き合えるのは、アニメやラノベの中だけなのだ。


「はぁ〜〜」


今日何度目かのため息をついてしまう。

……まあ、そうは言っても悪いことばかりではない。


(ふふふっ)


さっきまでとは打って変わり、思わず笑みが溢れる。

そう。なにせ今日はあの日・・・だからな。


タタタタッ


俺はスマホの検索バーに文字を打ち込み、お目当てのを検索。


「えーっと……あ、これか」


俺の目に映っているのは『カフェ 春夏秋冬』という店名と、【偶数月20日限定 DXパフェ半額キャンペーン!】と書かれたカラフルな文字列。


このカフェは、学校の最寄駅から徒歩5分のショッピングモールにあるオシャレな雰囲気の喫茶店なのだが、ただの喫茶店ではない。


『DXパフェ』という、通常よりもかなり大きなサイズのパフェが絶品らしい。


【食べるログ】や【ホットチリグルメ】に投稿されている口コミや写真を見てもかなりのクオリティと量。


客の大半は女性やカップルばかりらしく、男の1人客はかなり浮くという口コミを見て敬遠していたがさすがに半額セールとなれば話は別。


(行くしかないっ……! この戦場にっ……!)


まだ見ぬ極上パフェを食すため、俺は圧倒的覚悟で一歩を踏み出し——


「あれっ、せんぱい?」


どこかで聞いたような声が後ろから聞こえる。

……だが、これはおそらく別の誰かに向けたものだろう。


なぜ分かるかって?答えは簡単。


そもそも、俺に『せんぱい・・・・』なんて言う女子の知り合いはいないからな。


「お〜い、聞こえてますよね。せーんーぱーいー?」


はぁ、誰か知らないが羨ましいな。

後輩の女子に呼び止められるなんて間違いなくかなりのイケメンだろう。


「……」


姿も知らないイケメンに嫉妬しつつ、ショッピングモールへの道のりを急ぐ俺。


「もうっ!無視するんですか?それならこっちにも考えがありますよ……えいっ!」


ムギュッ


「うおっ」


突然左腕に抱きつかれ、俺はバランスを崩す。

な、なんだ?って——


「……何の用だ。柳エリカ・・・・


俺の目に映っているのは、金髪ツインテール・・・・・・・・の女があざとい笑みを向けてくる状況。


「ふふっ。こんにちは、せーんぱい♪」


正直、色々とツッコみたいことはあるが——まず1つ言わせてくれ。


「おい。なんでその髪型をしている?」


前に見た時は間違いなくストレートロングだったはず。


流行っているヘアスタイルに合わせるとかであればまだ分かるが、間違いなくツインテールはそういった髪型ではない。


「えっ、せんぱいこういうの好きじゃないんですか?」


「……はっ?」


驚きのあまり、ポカンと口を開けてしまっているのが自分でも分かる。


確かに昨日のイベントでそんなことを言って盛大にスベったが、なぜそれを柳エリカが知っている……?


俺の心を読むように、ポケットからスマホを取り出して操作をする柳エリカ。


「ツイッターですごい話題になってますよ?せんぱいが金髪ツインテール好きって。ほらっ」


そう言って柳エリカが差し出してきたスマホの画面を見ると、トレンドの最上部に『#金髪ツインテール』というハッシュタグが表示されている。


う、嘘だろ……。


「というか髪。さ、触ってみますか?ほらっ、手貸してください」


「えっ?」


気づけば、俺の左手が柳エリカの金髪を撫でているという光景。

サラサラしてて気持ちいいな……じゃなくて。


「お、おい。何してるマジで」


「さ、サービスですよ?はぁ。せんぱいだから仕方なく触らせてあげます」


「い、いや。大丈夫だから……」


俺が慌てて手を離すと不満げな顔でこちらを見てくる柳エリカ。


この前のことといい、マジで何を考えている……。


「と、とにかく。俺は今から用事があるから、じゃあな」


DXパフェを食べるという特別な用事があるんだ。嘘ではない。


「それってそのスマホのパフェのことですか?」


「ん?ってあっ……」


俺の右手のスマホにつきっぱなしになっている画面を指さす柳エリカ。

し、しまった……。


「偶数月の20日は半額——って今日じゃないですか!あー、私もちょうどパフェ食べたかったんですよね〜」


「いや、無理しなくていいぞほんとに」


というか来ないでくれ……。

こんな髪型、しかも超絶美少女と行ったら俺が悪目立ちしてしまうのは自明。


「なんでそんな意地悪言うんですか?」


な、なんで急にそんな泣きそうな表情で……。


「わ、分かったから。一緒に行こう、な?」


「やったー!じゃあ急いでいきましょうか、せーんぱいっ♪」


さっきまでの表情が嘘のように、満面の笑みで腕を引っ張ってくる柳エリカ。

さ、さっきの泣き顔は演技?いや、マジか……。

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