第61話 ワンパン

昼休み。

校舎裏には3つの人影が動いていた。


「お、おい駿。マジでやめとこうぜこれは……」


「あ゛ぁ?何言ってんだ和夫ぉ」


「和夫の言う通りだって!本当にどうしたんだよ駿……。あんな根暗ほっとけばい——」


ドスッ


「ぐはっ」


血走った目をしている茶髪男が取り巻きの1人にボディを打ち込む。


「おいおい、何俺に指図してんのぉ?正樹、お前いつからそんなに偉くなったわけ?」


「ご……ごめん駿」


「チッ。最初からそう言えや。……んで和夫、お前さっきなんて言った?もっかい言ってみ?」


「あっ、い、いや……。俺も根暗のやつシメるの賛成だわ」


「だよな?まさかあんな陰キャ相手にひよるわけないよな?」


「あ、ああ。当たり前だろ」


明らかにおかしい様子の鈴木駿に、取り巻きの1人——斎藤和夫は若干顔を引きつらせて話を合わせる。


(さ、逆らったらマジでなにされるかわかんねぇ……)


和夫は腹を押さえて地面にうずくまる正樹被害者を見て、内心冷や汗をかく。


それもそのはず、鈴木はボクシング経験者なのだ。


といっても小学校の頃に2、3年習い事程度にやっていただけなのだが、素人相手にイキリ散らすのにはうってつけ。


もしここで返答を間違えたら、腹パンどころでは済まないだろう。


「俺の顔に泥塗りやがって。根暗ぁ!マジでぶっ殺す……」


殺意のこもった目でシュッシュッとシャドーボクシングを始める鈴木。


分かる人から見れば涼雅との実力差は火を見るよりも明らかだが、鈴木はとある勘違い——いや、思い込みをしていた。


(前のヤツは俺があの陰キャを舐めていただけ。俺が本気でやれば根暗なんざ敵うわけないだろボケが!)


そう、鈴木は前のとき涼雅にやられたのは自分が相手を舐めて油断していたせいだと思い込んでいるのだ。


しかし、すぐに身をもって気付かされることになる。

自分が油断していたせいではなかったのだと————







タッタッ


「ふわぁ……」


12時過ぎ。

4限の授業が終わった俺はあくびを噛み殺しながら階段を下っていた。


いつもなら葉月さんと山田君と屋上に向かって階段を上がるのだが、今日向かっているのはその逆方向。


というのも、今朝の登校時に鈴木にいちゃもんをつけられて校舎裏に呼び出されたのだ。


まあ、行かずに無視してもいいが後々面倒臭くなるのもアレだしな……。


さっさと用を済ませて屋上に向かうべく、俺は校舎裏へと向かったのだった。



————



タッタッ


よし、到着。

……って何してるんだあいつ?


校舎裏に着いた俺が真っ先に目にしたのは異様な雰囲気でシャドーボクシングらしき動作をしている鈴木の姿。


準備運動だろうか?

経験者っぽい動きをしているが、正直かなり色んな部位がガラ空きになっている。


……まあ、どうでもいいが。


すると、俺の足音に気づいた鈴木が血走った目でこちらを睨みつけてくる。


「根暗ァ!俺とタイマンしろや」


「は、はぁ」


えっ、どうリアクションしたらいいんだこれ?


俺が戸惑っている間に、鈴木は2メートル程度の間合いでボクシングの構えを取ってくる。


「チッ。クラスのカス共が俺を馬鹿にした目で見てきやがるんだよ。マジでお前どう落とし前つけてくれんの?」


何を言うかと思えば……。

被害者はこっちだというのに、逆恨みもいいところだ。


「ふぅ……」


俺はゆっくりと息を吐き、半身に構える。


「俺や山田君、葉月さん——日向さんに謝るつもりはないんですね?」


あの時は日向彩華にも腹が立ったが、よくよく考えれば彼女もコイツらの被害者。

コイツらがあんなことをしなければ日向さんもあんなことはしなかっただろう。


「あ゛っ?ボソボソ聞こえねーんだよ陰キャが」


「もう1度聞きます。被害にあった人に謝るつもりはないんですね?」


「はぁ?寝言は寝てから言ってくださーい」


ニヤニヤと気持ち悪い顔でこちらを見てくる鈴木。


「……そうですか、分かりました」


鈴木は全く反省する素振りはない。

ならこっちもそれなりの対応をさせてもらおうか。


「いっぺん死ねやぁ!」


タッタッタッ


ブンッ


迫ってくる鈴木の右拳をギリギリで避け、手首を掴む。


「寝ろ」


クルッ


バァン!


「かはっ!」


地面に叩きつけられた鈴木は口から泡をふき、ピクピクと痙攣して動かなくなる。


えっ、もう終わり?


予想外の展開に、俺は思わずフリーズしてしまう。


あれだけシャドーボクシングしてイキっといてこの程度って、マジか……。


「う、嘘だろ?本気の駿がワンパンで……」「あ、あり得ねぇ。何者なんだよアイツ」


倒れている鈴木の後ろで狼狽えている様子の斉藤と後藤。


「えっと……まだやります?」


「「(ブンブンブンブン)」」


取り巻き2人は全力で首を横に振っている。

よし、思ってたより早く屋上に戻れるな。


「じゃあ、俺はもう行くのでこれ保健室まで運んでおいて下さい」


「あ、ああ」「わ、分かった」


タッタッタッ!


2人は鈴木を肩に担ぎ、あっという間に姿が見えなくなる。

——さて、俺も行きますか。


そう思って歩き出すと、どこからか視線を感じる。


「……誰だ?」


タッ タッ


曲がり角から姿を表したのは——


「わ、私だよ。涼雅くん……」


「は、葉月さん?」


お弁当を片手に持ち、不安げな表情で俺を見つめてくる天使の姿。


「な、なんでここに……」


「授業が終わってすぐに鈴木くん達が校舎裏に行くのが見えて、その後涼雅くんが突然用事があるって言い出したから心配になって……」


「な、なるほど——ってえっ?」


ギュッ


突然、もう片方の手を俺の手に絡めてくる天使。


「涼雅くんってすごく強いんだね……。私、まだドキドキしてる」


「い、いや。あれは鈴木が弱かっただけです。というかすみません……」


あんなヤツ相手に葉月さんを心配させてしまうなんて、俺もまだまだだな。


「ふふっ、なんで謝るの?涼雅くんってやっぱり面白いね」


そう言って微笑み、さらに俺の手を強く握ってくる葉月さん。

修学旅行の時といい、なんでこんなことを……。


「そ、それじゃあ行こうか。涼雅くん」


「い、いや。離さないとやばいです」


「だ、ダメだよ。屋上まで離さないから」


「えっ?」


葉月さんはなぜか今度は頬をほんのり赤く染めて、優しく手を引っ張ってくる。


こんなところを誰かに見られて変な勘違いされたら損をするのは間違いなく葉月さんの方。

本当に意味がわからない……。


「ほらっ、行こうよ……」


「は、はい」


そうして、俺と葉月さんは屋上へと向かったのだった。




————————————————————————————————————


初めまして、タマと申します。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


最近、話数が多くなってきて読みづらいかなと思って章分けしてみました。

もし前のほうが良さそうであれば戻そうと思います。


また、もし良ければ ★(レビュー) ♥ フォロー等していただけると今後の創作の励みになります。

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