第56話 後輩 ②

「あの……根倉せんぱいっていますか?」


柳エリカがそう言った瞬間、クラス中の視線がこちらに向く。


お、俺……?


タッタッ


一直線にこちらに向かってくる金髪美少女。

……そして気づけば彼女は俺の目の前。


「初めまして、根倉せんぱい——」


——いえ、ryogaさま・・・・・


「……えっ?」


耳元で囁かれた言葉に、一瞬思考がフリーズする。

う、嘘だろ……?


「ね、根倉くん。柳さんと知り合い……なのかい?」


「い、いや。そんなわけないだろ山田君」


俺みたいな陰キャがこんな美少女と知り合いなんてさすがに無理があるだろ……。


「そ、そうなんだ……」


そう言いつつ半信半疑の目で俺を見てくる山田君。


「根暗のやつ、どういうことだよ」


「チッ、陰キャのくせにあんな可愛い子と……マジで舐めてるだろ」


「ほんとそれな」


くっ、それにしてもこの状況はマズい。

一体どうすれば……。


パシッ


「柳さん、ちょ、ちょっと場所を移そうか」


「ふふっ、分かりました」


タッタッ


そして俺は柳さんの手を取り教室を出て——


「あっ、おはよ!涼雅くん」


「は、葉月さん!?」


そこにいたのは俺に向かってヒラヒラと手を振ってくる葉月さん天使


「お、おはようございます」


「今日もお弁当作って来たよ——ってえっ?ど、どういうこと?」


葉月さんは俺の背後にいる柳エリカを見て困惑している様子。

だが、さすがに説明している時間は無い。


「ご、ごめん葉月さん。また後で」


「ちょ、ちょっと涼雅くん!」







5分ほどして俺と柳さんは校舎裏に到着。

さすがにここなら誰にも見られないだろ……。


「ふぅ」


俺はいったん息を整える。

いや、まだ完全にバレた訳じゃない。なんとか誤魔化せるはず。


「……それで、柳さん。えっと、ryogaって誰のことですか?」


「ふふっ、まだしらを切るつもりですか?ryogaさま」


柳エリカは不敵な笑みを浮かべながら俺を見透かすように見つめてくる。


くっ、さすがにこれはもう……。


「はぁ……」


俺はため息をつき、目の前の彼女を見据える。


「——ああ、俺がryogaだ。それで、アンタはなぜ俺を知っている……柳エリカ」


「ふふっ、何故でしょうね。教えてあげてもいいですけど……そうですね、1つ条件があります」


「条件?何が望みだ」


「簡単なことですよ、根倉せんぱい——」



————



「準備できましたか?」


「あ、ああ……」


俺は目を瞑っている柳エリカにそう答える。

先ほどと同じ状況で、ただ1つ違うのは——


(素顔を見せてくれ、か……)


——俺が眼鏡とマスクを外し、仕事モードの状態である、ということ。


そして、目の前の金髪美少女は瞑っていた目を開く。


「……えっ?」


口をポカンと開けたまま、固まっている様子。


「はぁ……」


予想通りの反応ではあるが、悲しくなる。

素顔の俺を見て葉月さんが気絶したくらいだからな。まあ、なんとなく気づいてはいた。


「……もういいか?」


「ふぇっ?あ、は、はい!もう大丈夫です」


そう言って眼鏡をかけ直そうとした瞬間、俺の脳裏にある考えが思い浮かぶ。

いや、そうか。こうすれば——


俺は眼鏡を再びポケットに直し、柳エリカに向かって近づく。


「な、なんですか?」


「……」


俺から距離を取るように後ずさる金髪美少女。

ジリジリとお互いの距離が近づき、気づけば柳エリカの背中が壁につく。


よしっ、ここだ。


ドンッ


「へっ?」


俺は壁に向かって手を突き出し、柳エリカに向かって顔を近づける。


「ちょ、ちょっと待って!」


そう言って押し返してくる彼女の手を掴む。


「あっ……」


「いいか、俺の正体を誰にもバラすなよ?」


「わ、分かりました。分かったから離れてください!」


「……本当だな?」


「ほ、本当に言いませんから!だから離れて——」


パッ


俺は顔を真っ赤にしている彼女から手を離して距離を取る。


「も、もうダメぇ……」


そう言ってペタンと座り込んでしまう柳さん。

ふふ、作戦は成功だな。


そう、俺が思いついたのは俺のブサイクな顔を近づけることで彼女に無理やり約束を守らせるという荒技。


まあ、さすがにあれだけ全力で拒否されるのはメンタル的にきつかったが、なんとか作戦を完了。


「じゃあ、俺はこれで。何か困ったことがあれば相談してくれ」


まあ、俺みたいな陰キャに喋りかけてくることはもうないだろうが、社交辞令としてそう言い、俺は教室に戻るべく歩き出す。


パシッ!


「うおっ」


後ろから手首を掴まれて引き戻される。

な、なんだ?


「何か用ですか?柳さん」


「……エリカ」


「ん?」


「だ、だから。エリカって呼んでください……」


「な、何を言ってるんだ?」


「嫌……ですか?」


「そ、そういうわけじゃ無いけど……」


まだ顔を真っ赤に上気させてまま、潤んだ目でそう呟く金髪美少女。


ど、どういう風の吹き回しだ?

さっきのアレで好感度は間違いなくマイナスのはず……。


「スマホ出してください」


「え?あ、ああ」


そして気づけば俺のラインには『柳エリカ』という名前が追加されている状況。


「じゃ、じゃあ私行きますね……」


「い、いや。ちょっと待っ——」


タッタッ


彼女は俺の静止も聞かず校舎に戻っていった。

ま、マジか……。

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