5章

第55話 後輩

修学旅行明けの月曜日。

俺は教室で1人、机に突っ伏していた。


「おいおい、まじかよ!」


「ああ、そうらしいぜ。1年の________って子が________らしいぜ」


「それはエグすぎだろ……」


なんだかいつもより教室が騒がしい。


周りが何の話をしているのか少し気になるが、正直今の俺は眠すぎてそれどころではない。


「はぁ……」


先週は本当に大変だった。

帰りの新幹線を降りて、やっと家に帰ったと思ったらあんなことになるとは——



————————



『さっきのはど、ど、どういうことよ!!』


「お、おい。落ち着けって……」


金曜日の夜。

修学旅行から帰ってきて、本来ならもうベッドで寝ているはずの時間。


帰りの新幹線で寝ていたとはいえ、3泊4日の実質ぼっち旅行で俺の心と体はかなりクタクタだ。


それが、なぜか自室でエレナに怒られているというこの状況。


意味がわからないぞほんとに……。


『ねぇ!ちょっと聞いてるのリョウガ?』


「えっ?あ、ああ。もちろん聞いてる」


『私は怒ってるんじゃないのよ。リョウガのことを本気で心配してるの』


「そ、そうか……」


この言い方。正直、このパターンは大体怒ってるんだよなぁ。


『だから……あの女について教えなさい。言っとくけど嘘ついたら——』


「わ、分かってる。正直に言うから、な?」


————


「——それで、修学旅行の最終日は山田君が来れなくなったから葉月さんと2人で回っていたって感じだな」


俺は葉月さんとのことをエレナに説明した。


まあ、さすがに葉月さんにお弁当を作ってもらっていることは伏せているが、それ以外はほぼそのまま。


『……』


「え、エレナ?」


『とりあえず、学校では絶対にマスクと眼鏡を付けっぱなしにしなさい。特にその葉月っていう子の前は絶対に外しちゃダメよ。いい?』


「りょ、了解」



————————



という感じで日付が変わるまでエレナの説教を聞かされたのだ。


おまけに週末は分単位で仕事をしていたおかげで俺は精神的にも肉体的にもボロボロ。


「……」


俺は眼鏡を外し、静かに目を閉じる。

とりあえず、1限が始まるまで寝るか——


トントン


俺の肩が叩かれる。

誰だ?


そう思って顔を上げると、そこにいたのは山田君。

なんだかいつもと様子が違うような……。


「ね、根倉君。ビックニュースだよ!!」


「お、おう……。どうしたんだ山田君?」


な、なんだかテンションがやけに高いな……。


「いや、ヤバいんだって!ねえ、何の話か聞きたいかい?」


いや、寝たいです。

——とか言ったら話が長引きそうだしな、、


「……ああ、気になるな」


「そっかー。どうしよっかなー、教えてあげてもいいんだけどなぁ」


意味ありげにこちらをチラチラと見てくる山田君。

なんでもいいから、早く俺を寝かせてくれ……。


「オレ、メチャクチャキニナルナー」


「ふふ、仕方ないなー。じゃあ教えるね。なんと——我が桜川高校に声優が誕生しました!」


「そうかー。……って、えっ?」


猛烈な眠気が一気に吹き飛ぶ。

えっ、俺バレたのか?う、嘘だよな?


「ど、どういうことだ山田君?」


心臓がバクバクとうるさい。

もし俺がryogaだとバレたら本当にヤバい、というかヤバいじゃ済まないぞ……。


「ふふーん、そうくると思ったよ。なんと、今回声優になったのは——」


「な、なったのは?」


俺はゴクリと固唾を飲んで山田君を注視する。

頼む、誰か別の人であってくれ——


「1年のやなぎ エリカちゃんでーす!いえーい!!」


「い、いえーい」


よ、よかった……。

俺は山田君の謎テンションに合わせつつ、自分の正体がバレなかったことにほっと胸を撫で下ろす。


「いやー、でもすごいよね。柳さん」


「ああ、すごいと思う」


声優として事務所に所属できる人は声優志望者全体のうち、ほんの1、2パーセント。


それは俺自身経験したことだからその凄さはよく分かる。

学校で関わることはないだろうが、その子には純粋にリスペクトしかない。


「それにね、めちゃくちゃ可愛いらしいんだよ!僕もまだ見たことないんだけど1年生の中で1番美少女だとか——」


山田君の話を遮るように、教室の扉が開く。


ガラガラッ


「失礼します」


「へっ?」


そこに姿を現したのは、キラキラと輝く金髪ロングを揺らす制服姿の美少女。


整った顔立ちに、ブレザー越しにも分かる2つの凶器。


葉月さんやエレナを除けば、普段まず見ることのないレベルの可愛さだ……。


彼女は誰かを探しているのだろうか。

教室中をキョロキョロと見回している。


「おいおい、あれって……」


「や、柳エリカちゃんだ」


ザワザワ ザワザワ


周りが一気にざわめきだす。


「ど、どうしたんだい?柳ちゃん」


近くにいたクラスメイトが声を掛ける。

すると、彼女は口を開き——



「あの……根倉せんぱいっていますか?」

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