第54話 お土産

「いらっしゃいませ〜」


修学旅行4日目。

俺は京都のアニメイトに来ていた。


「あっ、ダンプリのコーナーあるよ。行こっ!」


そして、隣にはふわっとした笑顔を浮かべている葉月さん。

いや、可愛すぎだろ……。


「それにしても、山田君来れないんだね……」


「あ、そうですね」


本来、最終日の自由行動は山田君も入れた3人で回るはずだったのだが、山田君が『【響け!サックスソリスター】の聖地巡礼の続きがやりたい』と言って急きょ別行動をすることになったのだ。


つまり、俺と葉月さんの2人きりで今から数時間回るということになる。


「……」


な、なんか緊張してきたな……。


「ほ、ほらっ。行こうよ涼雅くん……」


パシッ


「えっ?」


気づけば葉月さんの左手と俺の右手が繋がれている状況。


し、心臓の鼓動がおかしい。

いや、マジか……。



————



ダンプリのコーナーに移動した俺と葉月さん。


「わぁ〜、あれダンプリの怜くんだよ!」


そう言って葉月さんが指差しているモニターに映っているのは、高身長黒髪のイケメン——霧谷 怜。


『おい、気安く俺にしゃべりかけるんじゃねえ』


『怜くん……』


流れているのは、ちょうど怜がヒロインに壁ドンをしている場面。


こうして自分の声を聞くのはなんだか複雑な気分だ。


というかこれ実際にどこかでやったような……。

いや、気のせいか。


「きゃ〜!ryoga様かっこいい」


「私も怜くんに壁ドンされたい……」


「だよね〜。生ryoga様見てみたいなぁ」


「ほんそれ!顔出ししてほしい、、」


ふと周りを見渡すと女の人たちが集まってきている光景。

こ、これはマズい。


「葉月さん、行きましょう」


「へっ?あ、うん」



————


タッタッ


「よいしょっ、と。疲れたね〜」


「そうですね」


ポスンッ


慌てて店を出た俺と葉月さんは、近くにあるベンチに座って一息つく。


というか、今さらなんだけど——


「葉月さん、手……」


俺と葉月さんはさっきからずっと手を繋いだままの状態になっている。


しかも葉月さんも顔を赤く染めてかなり恥ずかしそうな様子。

なんでこんなことを……。


「は、離しますよ」


そう言って手を離そうとするが、葉月さんが強く握り返してきて離れない。


「は、葉月さん?」


「……な、七星さんとも手を繋いだんだよね?」


「ま、まあ」


「じ、じゃあ……私もいいよね?」


な、何を言ってるんだ?

しかもさっきより顔を赤くして……。


「いや、アレは演技です。これはさすがにヤバいというか……」


「むぅ」


そう言って無言で抗議の眼差しを向けてくる葉月さん。


いや、でもさすがにこれ以上は俺の心臓がもたないしな……。


「はぁ。分かったよ」


見つめ合うこと数十秒、繋いでいた手が離れる。

た、助かった……。


「私お手洗いに行ってくるね。ちょっと待っててくれるかな?」


「あ、分かりました」


葉月さんはベンチに荷物を置いていなくなる。

さて、どこで昼ごはんを食べるかな——


プルルルッ プルルルッ


電話の着信音。誰だろう?


「もしもし」


『あ、もしもしリョウガ。今ちょっといい?』


電話の相手はエレナだった。

どうしたんだろうか?


「ああ、いいぞ」


『今アンタ京都にいるのよね?お土産買ってきてほしいんだけど』


「わ、分かった。何がほしいんだ?」


『【さくら屋】っていうところのあぶらとり紙。友達に勧められてね』


「了解。それで、何枚買えば——」


俺がそう言いかけた瞬間、横から葉月さんの声が聞こえてくる。


「涼雅くんお待たせー」


ポスンッ


「あ、ああ。あっ、ごめんエレナ。それで何枚買ったら——」


『……今の女誰?』


エレナの声が急に低くなる・・・・


「エ、エレナ?」


『ねぇ、私聞いてるんだけど。……誰?』


バキッ!!


「えっ?」


な、なんか今何かが折れる音が……。

というか、なんでそんなにキレて……。


「い、いや。ただのクラスメイトだ」


『ふぅん?じゃあ、ただの・・・クラスメイトから下の名前で呼ばれてるんだ?ふぅん……』


エレナの機嫌がますます悪くなっていく。

くっ……こ、これはマジでやばい。


「い、いや。これは違うんだ。たまたま——」


「涼雅くん、お昼ご飯どうする?あっ、カップル・・・・プランとかあるよ。ほらこれ——」


突然、横からスマホを指差してそう言ってくる葉月さん。

な、なんでこのタイミングで……。


『りょ、リョウガ!な、今のど、どういうことよ!!』


「ご、ごめんエレナ。ちょっと用事が」


『はぁ!?ちょっと待ちなさいよリョウガ——』


ピッ


俺は思わず通話ボタンを切る。


ピコンピコンピコンピコンッ


や、ヤバいヤバい。

スマホの通知音がひっきりなしに鳴りまくっている。


「もうっ、涼雅くんどうしたの?お昼どこ行くか決めようよ」


「は、はい」


くっ、どうしたらいいんだ?


「ほらっ、早くしないとお店混み始めちゃうよ?」


そう言って急かしてくる葉月さん。

あ、頭が回らない……。


「ねぇ、涼雅くん!」


「……」


ピーッ


や、やってしまった……。

俺はスマホの電源を切り、鞄にしまう。


「ふぅ」


とりあえず一息ついて呼吸を整える。

よし、落ち着いてきた。


まあ、エレナには後で掛け直せば大丈夫だろう……たぶん。

俺は葉月さんの方に向き直る。


「えっと、お昼ですよね?」


「あ、うん。で、でも別にそんなに焦らなくてもいいかな。見てまわりながらゆっくり決めよっか!」 


あれ?葉月さんなんかさっきと言ってることが違うような……。


「わ、分かりました」


こうして俺と葉月さんはベンチを立ち去ったのだった。





ピーッ ピーッ


『今日も新幹線をご利用いただきありがとうございます。この電車は「のぞみ」号、東京行きです。途中の停車駅は——』


新幹線の窓越しに時計の時間を見ると時刻は午後4時。

もうこんな時間か……。


「お疲れ根倉君。どうだった?今日の自由行動」


「ああ、楽しかったよ」


あの後、俺は葉月さんと京都のアニメショップ巡りをしてつつがなく京都を満喫。


葉月さんと2人きりで最初はかなり緊張したけど、普通に楽しかったな……。


すると、今までの疲労からか、ふと眠気が襲ってくる。


「あれ、眠そうだけど大丈夫?」


「いや、たぶん寝るかも」


「分かった、おやすみ根倉君」


「ああ、おやすみ山田君」


そう言って目をつむる涼雅。


「……zzz」


こうして、涼雅の3泊4日の修学旅行が幕を閉じたのだった。


——ちなみに、この後涼雅がエレナからの大量の電話とラインに気づくのはまた別の話。



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