第8話 天使の思惑

私の名前は葉月 凜花。


自分で言うのもなんだが、私の容姿は優れていると思う。

周りからは「天使」だとか「学年1の美少女」とか言われるし。


でも、中学生の頃の私はその真逆だった。

三つ編みのおさげに黒メガネ。

休み時間は席で1人本を読んでいる、絵に描いたような地味な生徒。


親が厳しくてゲームも漫画も買ってもらえず、スマホは1日30分だけ。

だから周りの話題についていけなくて、自然とボッチになっていた。


そんなある時、私は出会ったのだ。

――私の運命を変えることになるゲーム、『ダンスの王子様~dance of prince~』、通称「ダンプリ」に。







お昼休み。

さっさとお弁当を食べ終えた私は、いつものように自分の席で本を読んでいた。


「ねえねえ、ダンプリってゲーム知ってる?」


「へ~、何それ?」


「『ダンスの王子様』っていうタイトルで、ダンスのエリート養成学校に入学した主人公が色んなイケメン達と出会って仲良くなっていくっていう話なんだけど。もうとにかくキャラがカッコよくて、ストーリーがヤバいの!リナもやってみてよ、絶対損しないから!」


「そんなに言うならやってみようかな~。機種は何?」


「ピーエムピー。持ってるでしょ?ソフトは私が貸すから。あー、この感動を語りたい!!」


クラスの中でもオタクグループの地味な女子達が何やら騒いでいる。

ゲームなんて本当にくだらない。

空いてる時間があるなら勉強や読書をしたほうがよっぽど有意義だというのに。


なんだかよく分からないイライラを抱えながら、私は読書に戻った。




昼休みに感じた胸のモヤモヤは、家に帰っても続いていた。

どう考えても私が正しい、ゲームなんて時間の無駄。

お父さんもいつもそう言ってるし、間違ってなんかない。


……でも、なんであの子はあんなに楽しそうなんだろう。

有意義なことに時間を費やしているはずの私は、なぜ毎日をこんなにも退屈に感じているのだろう。


気付けば、私はスマホでピーエムピーとそのゲームの値段を調べていた。

2つ合わせて1万8000円くらい。

かなり高いけど、今まで貯めていたお小遣いとお年玉があるから全然買える金額だ。


でも、どこで売っているのだろう?


グーグル先生に聞いてみると、どうやらゲームショップという場所に行けば買えるらしい。

位置情報をプリントしたところで親にスマホを回収され、私は眠りについた。




日曜日、私は家から少し離れた繁華街に来ていた。

親には図書館に行くと言ってある。


「あ、あった!」


プリントした地図の通りに歩いていると、ある店の前にたどり着いた。

何回も名前を確認するが、間違いない。

私はドキドキと胸を高鳴らせ、店のドアを開けた。



――か、買ってしまった……。

店を出てきた私の手には、白い袋に入ったピーエムピーの箱とゲームソフト。

手に伝わるずっしりとした重さに、自分が買ったのだという言いようのない満足感。


でも、これを買ったのがお父さんにバレたらきっと怒られて没収されてしまう。

絶対にバレないようにしなければ……。

私は気を引き締めて家に帰った。



家に帰った私は、自分の部屋でピーエムピーの説明書とにらめっこしていた。


「うーんと、これをこうして……。よしっ!」


設定が全部終わり、『ようこそ』という文字が画面に映った。

上手くいったようだ。

本体の裏側にソフトを入れ、ダンプリを選択する。

画面が真っ暗になり、ゲームが始まった――







「うへへっ……。怜くんカッコいいよぉ」


ゲームを始めて1週間。

私は寝る間を惜しんでダンプリをプレイしていた。

4人いる攻略キャラの中でも、霧谷きりたに れいというキャラに私はドハマりしていた。


怜くんは幼い頃に両親を亡くし、妹と2人で暮らしている。

この学校に学費免除の特待生として通いつつ、生活費を稼ぐためにバイトをいくつも掛け持ちしている。

彼の夢はダンスを仕事にしてお金を稼ぎ、妹を不自由なく養ってあげること。

そのために友達も作らず、学校の屋上でいつもストイックに練習をしている。


『おい、気安く俺にしゃべりかけるんじゃねえ』


『怜くん……』


「ツレないな~。でもそんな冷たい怜くんも好き♡」


屋上で一緒にご飯を食べようと誘った主人公に、怜くんが冷たく当たるシーン。

前髪をかき上げ、主人公に壁ドンならぬフェンスドンをしているというシチュエーションだ。

冷たくしているように見えても根は優しい、妹思いの怜くん。

見た目も性格もイケメンなのだが、私が好きなのは――


『下の名前で呼ぶなって言ってんだろ?俺にお仕置きされたいのか?』


「声がカッコいい……!お仕置きしてください!!」


耳元でささやいてくるかのようなこの声。

聞くたびに耳がゾクゾクして、顔がにやけてしまう。


「誰が声を当ててるのかな?」


スタッフロールを見ていると、どうやらryogaという人が声を当てているらしい。


「うそっ!?私と同い年?」


調べてみるとryogaという人の正体は謎に包まれており、事務所が公表しているのは年齢が15才(中3)ということだけ。

そうであれば、ryogaくんと私が同じ学校、同じクラスになんてこともあり得るかもしれない。

でも、今の地味な私ではきっと振り向いてくれないだろう。


「もっと、可愛くなりたい……!!」


その後、私は可愛くなるために必死で頑張った。


そして無事高校デビューに成功し、クラス――いや、学年の中でも1番可愛いと言われるようになった私は、色んな人から告白されるようになった。

でもどんなにイケメンと言われている人やスポーツのできる人に告白されても、私の脳裏に思い浮かぶのはryoga様の怜くん。


「ねえ、凜花さ。昨日隣のクラスの池田くんに告白されたんでしょ。付き合うことにしたの?」


「ううん、断った」


「え~!?池田くんめっちゃ優良物件じゃない?サッカー部のエースだし、それにかなりカッコいいし。好きな人でもいるの?」


「へっ?いや、いない……かな」


「ふ~ん、勿体ないと思うけど」


私も薄々気付いていた。

ryoga様が同じ学校、ましてや同じ学年にいる可能性なんて限りなくゼロに近い。

私の思っていたことはすべて絵空事なんだって。



そんなある日、私が廊下を歩いていると廊下の角から出てきた人とぶつかってしまった。


「きゃっ!」


「いてっ!あ、すいません。大丈夫ですか?」


その声を聞いた瞬間、私の脳に電流が走った。

何百回、いや何千回と聞いた声。

聞き間違えるわけがない。


「あの――」


「ryoga……さま?」


私がそうつぶやくと、目の前の相手はビクッと体を震わせた。

マスクと前髪で表情がよく見えない。


「ryogaって誰のことかな?俺よく知らないんだけど。じゃあ、先教室戻っとくね」


彼の去っていく後ろ姿を見ながら、私は確信した。

あの人――根倉くんがryoga様に違いない。

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