第7話 葉月凜花はからかいたい

今日も俺は教室で1人、スマホを見ていた。


『青春プレパレードー♪ どんなに覗いても見えないこの気持ち〜』


「はぁ……」


イヤホン越しに聞こえてくる癒しボイスに幸せの吐息が漏れる。

耳が蕩けそうだ。


今俺が見ているのは、2ヶ月前に行われた俺マチのアニメ放映2周年の記念ライブの映像。


俺はブルーレイDVD全巻セット(定価1万8000円)を5セット購入したのだが、優先券を全て使って応募して当たったのは1口のみ。

本当に激しい戦いだった……


「ねぇ、根暗がなんかニヤニヤしてるんだけど」


「どれどれ?うわぁ、あれはさすがに引くわ〜。普段の5割増しでキモいじゃん」


「ヤバっ!あれは放送禁止級でしょ……」


周りから聞こえてくる陰口も、今は気にならない。


『みんな〜、今日は楽しんでくれてるかなーー!』


声優さん達の可愛さに心が浄化されていく。

ああ、尊い……。


「おはよ、涼雅くん!」


それにしてもエレナはすごいな……。

画面の中で踊っているエレナはキラキラと輝いている。


「ねぇ、聞こえてる?おーい」


こんな美少女が彼女だったらなぁ……。

イケメンって本当にズルい。


フゥー


「うひゃっ!?」


右耳から吹き込まれた息に驚いて振り向くと、5センチほどの至近距離に天使の笑顔。

ヤバい、何が起きてるんだ……?


「もうっ、やっと気づいてくれた?おはよ、涼雅くん!」


「お、おおおはようございます……」


は、葉月さん?

どうして、というか何で?えっ?


「ねぇ、何見てたの?」


「い、いや別に……」


「興味あるなぁ〜、私にも見せてよ。ちょっと座るね?」


天使は俺の耳から外したイヤホンを自分の右耳につけ、俺の席の端に座り込む。


この前の事といい、なんで俺みたいな陰キャに絡んでくるんだ?

やっぱり俺がryogaだと疑っているのだろうか。


「あ、あのちょっと近いというか……」


「ふふっ、近づかないと見えないから。もうちょっと詰めるね?」


「えっ」


葉月さんはそう言って体を寄せてくる。

天使の髪からふんわりと香ってくるラベンダーの匂い。

くっ、頭がクラクラしてきた……。


「おい、そんな奴じゃなくて俺と喋ろうぜ!凛花」


顔を上げると斜め前にいる鈴木達がこちらを見ている。


「ごめんね鈴木くん。今は涼雅くんに用があるから」


「そっかー。残念だな~」


ふっ、ざまぁ。

いつも俺を軽蔑した目で見てくる鈴木が秒殺されているのを見るのは、ちょっと気持ちいい。

俺はスマホ越しに、こっそりと斜め前を覗き見る。



「……チッ、調子に乗るなよ陰キャが」


そんな俺を、親の仇を見るような目で睨んでくる鈴木。

周りのクラスメイトも何事かとこちらを見てくる。


「ねぇ、見られてるね。私たち」


横から微笑んでくる葉月さん。

本当に何を考えているんだ……。


「……」


それにしてもマズい、また悪目立ちしてしまった。

くっ、どうすれば……。


「ち、ちょっとトイレ!」


「あっ。ま、待って」


俺はスマホを置いて教室から飛び出す。

な、なんとか抜け出せた……。


「ふふっ……。逃がさないよ、ryogaさま」


この時、俺は思ってもいなかった。

スマホを教室に置き忘れたせいで、あんなことが起きるなんて――

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