第6話 日曜日の憂鬱 ②


「や、やっぱり離れてくれないか?これはマズいというか……」


「ダメ。今離れたら不戦敗だから」


「分かった、分かったから!俺の負けだ。だから離れよう、な?」


俺とエレナは予約していたカラオケに向かっていた。

――腕を組んだ状態で。


そのせいで周りからの視線がすごいことになっている。俺のような陰キャと、S級美少女のエレナが恋人のようにいちゃついているのだ。

目立たないわけがない。


「ほら、周りから見られてるだろ?さすがにヤバいってこれは……」


「む、ムリ。絶対離れない」


「はぁ……」


小学生みたいな駄々をこねるエレナ。

本当に負けず嫌いなやつだ、俺の負けでいいと言っているのに。


エレナは勝負事になると途端に頑固になる。

これがエレナの良いところでもあるのだが今回はそれが裏目に出てしまっているようだ。


「盗撮されてSNSに上げられでもしたら事務所に迷惑かかるだろ?マジで離れないと怒るぞ」


「あ、歩けない……」


「えっ?」


そう言われてエレナの足元を見ると、ハイヒールを履いた足が生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。

今歩いている通りはでこぼことした石畳の道、ハイヒールだとかなり歩きづらそうだ。


やれやれ……。


俺はエレナの前でしゃがむ。


「ほらっ、乗れよ」


「へっ?」


「おんぶするから。歩けないんだろ?」


「あ、ありがとう……」


なんだその意外そうな顔は。

俺だって気遣いくらいできるっての……。


「うわ~、すごいねあのカップル」


「ほんとそれ。超絶イケメンと銀髪美少女とか……」


「私もあんなイケメン王子様におんぶされたいな~」


すれ違う人達は足を止め、うっとりと2人を眺めている。


そんな中、エレナを背負って気まずそうに歩く涼雅。


学校では『根暗』と呼ばれ馬鹿にされているせいですっかり自信を無くしている涼雅だが、マスクと眼鏡をはずした彼の姿は客観的に見てもかなりのイケメンだ。


ボイストレーニングのためにしている筋トレや、肺活量を鍛えるための毎朝のランニングのおかげで体もしっかりと引き締まっている。


「Je suis très heureuse de t'avoir rencontré,Ryoga.(あなたに出会えてよかったわ、リョウガ)」


「なんか言ったか?」


「ううん、何でもない」


――――エレナが頬を染めている本当の理由に、彼が気付くのはしばらく先の話。









「2名で予約していた根倉です」


「根倉さんですね。お部屋は301号室になります」


カラオケ屋の受付に並ぶ人達を尻目に、俺とエレナは指定された部屋に入る。


「うわ~!すごいねこの部屋」


「確かに、これはすごいな」


案内された部屋は、ライブ会場を彷彿とさせる部屋だった。

ステージのような段差があり、中心にはマイクスタンドが立っている。


「ねえリョウガ、照明もあるよ」


「ほんとだ。すげぇなこれ」


明らかに2人用の部屋ではない。まあ、でもせっかくだし思う存分使わせてもらうか。


「あ、いいこと思いついた」


エレナは新しい悪戯を思いついた小学生のような笑みを浮かべる。


「どうしたんだ、突然」


「ふふ~ん、それはね――」


「それは?」


ズビシッ!


「――今から四条エレナのミニライブやります!」


「アホか」


『犯人はお前だ!』と言わんばかりに人差し指を突きつけてくるエレナのおでこに、軽いチョップをくらわす。


「何のためにカラオケ来たと思ってるんだ。さっさと読み合わせするぞ」


「ふ~ん。そんな態度でいいのかな?」


「……何が言いたい?」


「『俺マチ』のオープニングも歌おうと思ってたんだけど」


「な……んだと!?」


『俺の青春は間違ってない……たぶん』――通称、『俺マチ』。


ひねくれた主人公と素直になれないヒロインたちが繰り広げる、甘酸っぱくももどかしい青春ラブコメを描いたアニメだ。


原作のライトノベルは8年前に発売されて以来、シリーズ累計500万部を売り上げているという人気っぷり。


2年前にアニメ化された『俺マチ』のヒロイン役の1人に、当時デビュー1年目の新人だったエレナが選ばれたのだ。

それからは、エレナの際立ったルックスも相まってトントン拍子に人気が上がっていき、今やエイトプロダクションの看板声優になっている。


「そっか、聞きたくないのか~。いやー、残念だね!本当に残念。でも仕方ないよね、リョウガが聞きたくないって言ったんだし?」


「……」


「んー?どうしたのかなリョウガ。早く台本出さないと!読み合わせするんでしょ?ん?」


「お……」


「お?」


「お願いします!ミニライブしてくださいエレナ様!!」


俺はエレナの足元に向かって滑り込み膝を床につけ頭を下げる。


圧倒的、スライディング土下座……!


何を隠そう、俺は『俺マチ』の大ファンなのだ。

原作は全巻初版で3セット持っているし、アニメのブルーレイからイベントグッズまで、持っていないものは無い。

俺が声優を目指したきっかけだ。


こんなことで俺マチの曲を歌ってもらえるなら安いものだ。いや、安すぎる。

安すぎてバーゲンセールまである。


「でも私もプロなわけだし?タダでというわけにもいかないんだよねー」


エレナが意味深な表情で俺を見下ろしてくる。

なるほど、金を払えということか……。


「じゅ、10万までなら……」


「いや、そういう意味じゃないってば!ってか金額が微妙にリアルなのが怖いわね……」


「じゃあ何をすればいいんだ?」


「今度スイパラおごってよ」


「へっ?」


「いいでしょ?それくらい」


「あ、ああ。別にいいけど……」


「ラインで私のスケジュール送るから。リョウガの空いてる日教えて」


「分かった」


スイパラって1人1500円とかじゃなかったっけ?

そんなのでいいのだろうか。

俺は嬉しい反面、複雑な気持ちでエレナをまじまじと見つめた。

当の本人はご機嫌な様子で、鼻唄を歌いながらスマホをいじっている。

まあ、本人がそれでいいというならそれでいいか。


「こ・れ・で、よしっと!じゃあ早速行くわよ!一曲目、俺マチの1期オープニング『青春プレパレード』!!」


「うおぉぉぉ!!!!」


――1時間後。


「3回目のアイラブユー あなただけに捧げたい~」


「ハイ! ハイ! オー、ハイ!」



――2時間後。


「君色に染まっていく~ ワタシのココロ止まらないー」


「ハイ! はぁはぁ…… ハイ!」



――3時間後。


「そ……それいけ……食パンマン……」


「ハ……ィ ハィ……」


こうして、3時間ぶっ続けで歌い続けたエレナと合いの手を入れ続けた俺は、現在ソファにぶっ倒れて寝転がっていた。


「も、もう無理……」


「お、俺も……」


声を出し過ぎて軽い酸欠状態だ。

これでは台本読みなんてとてもできそうにない。


「帰るか……」


「そうね……」


練習はできなかったけど、俺マチの生歌を聞けて本当に良かった……。

満足した俺とエレナはカラオケ屋を後にしたのだった。

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