第5話 日曜日の憂鬱
今日は日曜日。
時刻は10時過ぎ。
俺はとある人物と会うために、山手線で渋谷に向かっていた。
ガタンゴトン ガタンゴトン
吊り革を持ち、電車に揺られながらスマホをいじっていると、近くに座っている女子高生2人組が俺を見ながら何やらヒソヒソと喋っているのが聞こえてくる。
「ねぇ、あの人……」
「うん。すごい____だよね」
声が小さくてよく聞き取れない。
(はぁ、何なんだ一体……)
今日の俺は、普段は必ずしているマスクや眼鏡を外し、髪もセットして仕事モード。
とは言っても、今日の用事は仕事ではない。
知り合いの声優に、台本読みの練習に付き合ってもらうのだ。
向こうの希望で、仕事用の身だしなみで来ているのだが……
「ねぇねぇ、あの人めっちゃカッコよくない?」
「ホントやばい!ねぇ、声かけてよ」
「無理無理、あんなイケメンだし絶対に彼女いるって!」
周りの人達がコソコソと喋っているのが聞こえる。
「はぁ……」
俺もそんなにイケメンだったら人生イージーモードなのに……。本当にズルい。
同じ車両にいるであろうイケメン君を内心羨ましがりつつ、スマホでポチポチとゲームをして時間を潰す。
正直、イケメン君のおかげで俺が悪目立ちしないのはありがたいが居心地がわるい。
この電車だけで一日分の労力を使ったような気分だ。
★
誰かと目が合わないようにスマホをいじること15分。渋谷駅前のハチ公前広場に着いた。
俺の心とは裏腹に、空は雲一つない快晴。
周りを見渡すが待ち合わせ相手はいない。特徴的な見た目なのでいればすぐわかるから、まだ来ていないのだろう。
「それにしても、すごいな……」
周りを見渡すと人、人、人。
日曜の朝ということもあってか、ハチ公前は人であふれかえっている。
「うわっ、何あの人!?」
「アイドルか俳優だって絶対!ねぇ、誰なのかな?」
「確かに、超絶イケメンなのに見たことないし……。気になる~!」
「とりま喋ってみようよ!」
周りが何やら盛り上がっている。
さっきの電車といい、何で俺の近くに超絶イケメンがゲリラ的に発生するんだ……。
「あ、あの!写真いいですか?」
ふと声をかけられて振り向くと、2人組の女子高生。
2人ともかなり可愛い。明らかに陽キャオーラを放っている。
「えっ、俺?」
「は、はい!あの、ダメですか?」
突然の事態に、思考がフリーズする。
なんで俺と写真?
俺なんかじゃなくて近くの超絶イケメンにお願いしたらいいのに……。
(いや、そうか!)
おそらくこれは罰ゲームだ。
何かの罰ゲームで、陰キャと写真を撮ってグループラインに載せないといけないのだろう。
そうでなければこんな可愛いJKが俺に声をかけてくるわけがない。
危うく勘違いするところだった……。
「すいません、ちょっと写真は……」
「で、ですよね!すみませんでした!」
そう言って去っていく2人組に心の中で謝る。さすがにグループラインで見知らぬ人達に笑われるのはキツい。
去り際に「事務所的に写真はNG」とか何とか言っていたような気がしたが、まさか俺が声優だとバレたのか?いや、そんなわけないか。気のせいだろう。
「あの、ryogaさんですよね!写真いいですか?」
えっ?
嘘だろ、なんで!?
またも後ろから聞こえた声に慌てて振り返ると――
「
そこにいたのは銀髪碧眼の美少女だった。
さらさらと風になびく長い銀髪。透き通ったスカイブルーの瞳。
見る人を虜にする聖女のような笑顔。
「おいエレナ、びっくりするからやめろって言ってるだろ?」
「だってリョウガが女の子にデレデレ鼻の下伸ばしてたんだもん!私怒ってるんだよ?」
「いや、むしろ逆だって。どこをどう見たらそうなるんだよ……」
ぷくーっと頬を膨らませてポカポカと俺を叩いてくるこの美少女の名前は
エイトプロダクション所属の現役女子高生声優だ。父親が日本人、母親がフランス人のハーフでありフランス語と日本語どちらもペラペラというバイリンガルっぷり。
俺と同じ養成所に通っていたこともあり、今でもこうやって定期的に会っている。
ただの友達以上の親近感を抱くのは同じ釜の飯を食った仲であり、数少ない同年代の声優だからだろう。
「ってかお前、変装してないのかよ……」
エレナは俺と違って顔出しをしているため、変装をしないと余裕で一般人にバレる可能性がある。
「だって、マスクとか嫌いなんだもん。だいたい、変装しても髪の色で結局バレるし」
「あー、なるほどな。――って、おい!な、何してるんだよ!」
突然、エレナが俺の腕に抱き着いてきた。
「何って?」
「いやだから腕……」
「デートだから普通でしょ?それとも何、恥ずかしいの?」
ニヤニヤと笑いながら挑発してくるエレナの顔は少し赤みを帯びている。
恥ずかしいんだったら最初からやるなよ……。
というかそもそもこれはデートじゃなくて台本読みの練習だ。
でなきゃ俺みたいな陰キャがこんな美少女とデートできるわけがない。
「はぁ……。その安い挑発、乗ってやるよ。後悔すんなよ?」
「ふふっ、そうこなくっちゃ。じゃあ早速、
こうして俺の憂鬱な日曜日が幕を開けたのだった。
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