2章
第13話 アイドル声優
「次は新宿、新宿~。お出口は左側です。中央線にお乗り換えの方は――」
ピーッ、ピーッ
ドアの開く音と共に電車から降りる。
今は平日の朝9時。
本来であれば学校で授業を受けているはずの時間だ。
だがしかし、俺はサボっているわけではない。
そう、今日は夏アニメ『俺の彼女と妹が異世界でもバトルを繰り広げています(泣)』――略称、「俺カノ」の1話の収録日。
「えーっと。このスタジオどこにあるんだ……?」
マネージャーに送ってもらった地図を確認するが、どこにあるかよく分からない。
なんか周りから見られてる気もするし。
はぁ……。
「すいません、ここってどうやって行けばいいですか?」
「えーっと、この建物を右に曲がって……うん?あ、なるほど!この路地を抜ければ左手にあると思います。これでよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
俺は観光案内所のお姉さんに書き込んでもらった地図を頼りにスタジオへと向かう。
「ここを直進……だよな?」
もうちょっとわかりやすい場所にしてくれと思ってしまう。
このスタジオに限らず、収録スタジオは分かりづらい場所にあることが多い。
人気声優――特にアイドル声優が収録に来るときにファンにバレるのを防ぐためという理由らしいが……まあ俺のような陰キャには関係のない話だ。
★
地図の通りに歩くこと10分。
お姉さんの言うことが正しければ、目的地にかなり近づいているだろう。
この路地を抜ければもうすぐ――
「ねえ、君かわいいね~。芸能人?アイドル?」
「ち、違います。どいてください」
ふと顔を上げると、何やら面倒くさそうなことになっていた。
路地の端で、黒髪ロングの女の子がチンピラ4人組に絡まれている。
年齢は俺と同じくらい……だろうか。
サングラスとマスク越しに、それでもにじみ出るようなオーラ。
明らかに一般人のそれではない。
女の子は助けを求めて周りを見渡しているが……平日の朝だからだろうか、周りには誰もいない。
早くスタジオ行きたいんだけどなぁ。
「はぁ……」
俺が本日何度目かのため息をつくと、女の子と目が合う。
「あ、カズくん!もう、待ってたんだから~♥」
次の瞬間、女の子が俺の腕に抱きついてきた。
すいません、名前が1文字も合ってないです……。
「い、いや。俺の名前カズじゃな――」
「お願いします。合わせてください……」
少女は必死な様子で、小声で耳元に囁いてくる。
あれ、この声どっかで聞いたことがあるような……。
「おいおい、何俺たちの邪魔してくれちゃってんのぉ?」
グループのリーダー格の男が、血管ブチ切れそうな顔で俺を睨んでくる。
いっそそのまま切れてくれないかなぁ。
ブルッ……ブルッ……
隣の女の子が震えているのが腕越しに伝わってくる。
はぁ、仕方ない。
俺は頭を90度下げる。
「すいません!俺の彼女が迷惑かけました。見逃してやってくれないですか?」
これぞ事務所の先輩直伝、平謝り!
勢いよく頭を下げるのがコツだ。
先輩はこれでいろんな修羅場を潜り抜けてきたらしいから、今回もこれでいけるはず――
「はぁぁ?許すわけ無いだろボケが!人の獲物勝手に横取りしてんじゃねえぞ」
「お前嘘つくんじゃねえよ!どうせ他人だろ。ちょっといいツラしてっからって調子こいてると痛い目見ちゃうよぉ?」
まあ、そんなわけないよな。
明らかに話が通じそうな連中ではないし。
というかいいツラって……俺にお世辞言うとか何考えてるんだこいつ。
俺は、もう一度念を押しておく。
「もう一回聞きます。見逃してやってくれませんか?」
「舐めてんのお前?」
「もういいわ。こいつマジでぶち殺す!」
目の前の奴らは完全に頭に血が上っている。
できれば
「ねぇ、逃げないとまずいですよ。一緒に逃げないと……」
「大丈夫です。危ないのでちょっと下がっててください」
俺は少女を腕から引き離し、半身に構える。
「ヒュー、かっこいいねぇヒーローくん」
「4対1で勝てるわけねぇだろバカが!死ねや。オラッ」
突然飛んできた拳を足のステップでよける。
「この人数だとさすがに手加減できないからな。恨むなよ?」
★
――数分後。
地面にはチンピラたちが転がっていた。
「す、すごい……」
私は思わずつぶやく。
この数分で私の目に映っていたのはチンピラたちが投げ飛ばされる光景。
彼らの手が少年の体に触れた瞬間、まるで魔法のように飛んでいくのだ。
しかも当の本人はこれだけの人数を相手にしたのに息が乱れていない。
おまけにす、すごくカッコいい。
いったい何者なの……?
「じゃあ、俺はこれで」
彼は何事も無かったのように背を向けて歩き出す。
「あ、ま、待ってください!」
「……何でしょうか?」
「お、お礼させてください。助けてくれたお礼」
「いえ、別にいいですよ」
「い、いや!させてください。この後ご飯でも……」
「すいません、時間がないので」
「じゃ、じゃあラインだけでも交換してください!」
「まあ、それくらいなら」
スマホを取り出し、ラインのIDを交換する。
ピコンッ
「えーっと、名前は……って、えっ?」
涼雅は驚きのあまり目を見開く。
なぜなら、そこに書いてあったのは『
17歳にして声優業界のトップを走る、超人気の清楚系アイドル声優と同姓同名なのだ。
「お名前、涼雅くんって言うんですね。カッコいい名前……。私、姫宮しおりって言います!よろしくお願いしますね、凉くん」
「はい……。あ、あの。ひょっとして……声優のしおりんですか?」
「はい。大石プロダクション所属の声優、姫宮しおりです♪」
少女はサングラスとマスクを外す。
その姿は紛れもない、姫宮しおりそのもの。
「う、嘘だろ……?」
「嘘じゃないですよ。ほらっ」
「ちょっ、えっ?」
姫宮しおりことしおりんが上目遣いに、涼雅の手をやさしく包み込む。
「い、いや。夢だろ?えっ?」
「夢じゃないです。どうしたら信じてくれるんですか?」
しおりんの目がうるうると潤んでいる。
心なしか頬も赤いような……。
いや、気のせいだろう。だって俺だぞ?
プルルルッ
携帯の着信音で我に返った俺としおりんは、パッと手を放す。
エレナからだ。
『リョウガ、あんた一体何してるの?もうすぐ収録始まるわよ!』
「え、まじ?」
『嘘つくわけないでしょ。さっさと来て!』
「わ、分かった。すぐ行く」
プーッ プーッ
「どうやらお急ぎのようですね。じゃあまた今度お礼させてください」
「は、はい。いや、でも本当にお礼なんて……」
「もう、私が貴方にお礼したいんです。これ以上は言わせませんよ?凉くん」
なんだか押し切られてしまった。というか、あのしおりんが俺のことを凉くんって、マジか……。
「じゃあこれで失礼します。姫宮さん」
「私はしおりって呼んでください、ね?あと敬語もいらないです」
「……」
「返事は?」
「わ、分かりまし――分かった」
え、なんだこれ。本当に夢じゃないのか?
「じゃあまたラインしますね」
「あ、ああ。分かったよ……しおり」
「ふふっ、よろしい。じゃあ、私も仕事があるので失礼しますね。バイバイ、凉くん!」
そう言って、しおりんは行ってしまった。
「あ、時間……」
その後、俺は猛ダッシュでスタジオに向かったのだった。
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