第12話 保健室

「おーい、葉月さん。大丈夫ですかー?」


ここは保健室。

俺は気を失った葉月さんを抱えて保健室のベッドで寝かせ、その側に座っていた。


どうしたものか、と俺は横になっている葉月さんに目を向ける。


「うへへっ……。ここじゃダメだよぉ……」


何やらとてもニヤけた顔で寝言をつぶやいている黒髪美少女。

普段の葉月さんからは想像もできないような顔だ。

とても他のクラスメイトには見せられない。


ほんとに、いったい何があったんだ……?

自分がしでかした失態に内心ビクビクと震えていると、葉月さんが目を覚ました。


「んっ……。あれ、ここは……」


「あ、葉月さん!目が覚め――」


「ひぅっ!」


バタン


俺が思わず前のめりになって顔を近づけた途端、葉月さんは気絶しベッドに倒れこむ。


え、嘘だろ……?


屋上からそのままの格好で来たので、今の俺はマスクと眼鏡を外したままだ。

まさか、俺の素顔ってそんなにブサイクだったのか……。


いやいや、まだそうと決まったわけじゃない。

さすがに見ただけで気絶されるほど気持ち悪い顔ではない……よな?

きっぱりと断言できないのが悲しい。


「あれ、私……」


「あ、葉月さ――」


「ひぅっ!」


バタンッ


……俺、泣いてもいいですか?





side 葉月 凜花


私が目を覚ますと、そこは保健室だった。

体を起こし、ふと横を見ると教室で見るいつもの・・・・根倉くんが心配そうな表情でこちらを見ている。


あれ、なんかさっきは素顔だった気が……。

いや、気のせいか。


「な、なんかごめんね。保健室にまで運んでもらっちゃって」


「い、いえ!こちらこそすみませんでした……」


そうだ、屋上のことを謝らないと――


「「あ、あの!」」


声がハモってしまった。なんだか笑えてしまう。


「ふふっ、根倉くんからどうぞ」


「わ、分かりました。その、屋上では本当にすいませんでした。俺、屋上での記憶が途中から無くて……」


「いや、悪いのは私だよ!ごめんね、練習中に邪魔しちゃって」


「えっ、なんで……」


彼は呆然とした表情になる。

そうか、彼は屋上での記憶が無いからまだ私に正体がバレていないと思っていたのか。


「「……」」


お互い、気まずい沈黙が流れる。

さすがに言わないわけにはいかないだろう。


「君、ryoga様だよね?」


「……」


「屋上でやっていたのはダンプリの台本の練習、であってる?」


彼はしばらく俯いていたが、意を決したように顔を上げる。


「はい、俺がryogaです」


「そっか……。やっぱり君だったんだね」


なんだか不思議な感じだ。長い間胸につっかえていたものがとれたような、すがすがしい気持ち。


「葉月さん、1つだけ約束してください」


「何、かな?」


「屋上で俺が言っていたこと、それを他の人に絶対に言わないでください。俺がryogaだっていうことは言ってもいいのでそれだけは。どうか……どうか、お願いします」


そう言って、彼は椅子から立ち上がり深々と頭を下げる。


「い、言わないよ。絶対言わない。君がryoga様だってことももちろん喋らない。だから頭を上げて、ね?」


「本当に、ありがとうございます」


そこでふと、私の頭に疑問が生じる。

自分がryogaだっていうことをバレるほうがまずいんじゃないのだろうか?


「なんでそこまでしてダンプリの話をバレたくないの?」


「もちろん、俺がryogaだということもバレてほしくはないです。でもそれ以前に、声優には守秘義務があるんです」


なるほど、そういうことなんだ。

ようやく合点がいった。


「つまり放送前にダンプリの内容を第3者にバレるのはまずい、ってこと?」


「はい。もしそれが広まってしまうと、俺だけじゃなくて他の演者さんや制作会社、事務所の人達にも迷惑がかかってしまう。下手したら損害が出るかもしれない。だから、絶対にばらさないでください。お願いします!」


その時、私は根倉くんという人が分かったような気がした。

自分のことよりも、周りの人を気遣える優しい人。

君はそんな人なんだね。


「私もね、キミに謝らないといけないことがあるんだ」


「葉月さんが俺に、ですか?」


「うん。昨日の朝、根倉くんが慌てて教室から出ていったときあるでしょ?あの時、君とエレナっていう子のラインを見ちゃったんだ」


「ああ、それで……」


「そう、だから君が屋上で練習してるってわかったんだ。最低だよね、私。本当にごめんなさい」


私も、ベッドの上で彼に頭を下げる。

謝って許してもらえるかは分からないけど、仕方ない。

私はそういうことをしてしまったのだ。


「じゃあ、これでチャラですね」


「へっ?」


予想外の言葉に、私は下げていた頭を上げる。


「俺は葉月さんのことを許す、葉月さんは俺がryogaだとバラさない。これでプラマイゼロ。どうですか?」


彼はニコニコと笑っている。(マスクで表情よく分からないけど)

全部私のせいなのに……。

ずるいよ、こんなの。


「これじゃダメですか?」


「ううん、もう1つお願い」


欲張りな私の、もう1つのお願い。


「え、もう1つですか?」


「うん。私と……葉月凜花と友達になって欲しいな」


「えっ、俺がですか?」


「やっぱりダメ……かな?」


「い、いえ。ぜぜひお願いします!」


「ふふっ、噛んでるよ」


「すいません……」


私はポケットからスマホを取り出し、根倉くんとラインのIDを交換した。

まずは友達から、だよね。そして行く行くは……ふふふ。


こうして、私は根倉くんと友達になったのだった。

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