第11話 俺、何かやっちゃいました?

昼休み。

誰もいない屋上で、俺は1人練習をしていた。

ちなみに今はマスクも眼鏡も外し、仕事モード。


「『おい、俺に気安くしゃべりかけるんじゃねえ』……うん、いけてるな」


今やっているのは10月から放送される秋アニメ、『ダンスの王子様~dance of prince』――通称「ダンプリ」の霧谷 怜という役。


彼は1匹狼の黒髪イケメンという印象だが、その中身は妹思いの優しい兄というギャップが女性の心を掴み、ファン投票で1位に輝いている。


俺にとっても、この役は特別な思い入れがある。

声優事務所のオーディションに合格し、晴れて新人声優となった俺が初めてもらった仕事が、このアニメの原作である乙女ゲーム『ダンスの王子様』の「霧谷 怜」役なのだ。


自分とかなり境遇が近いキャラで、感情移入できたのもあるだろう。

新人声優とは思えないほど迫真の演技をした俺は、その後色々な仕事をもらえるようになり、今がある。


だからこそ、今度のアニメではファンの期待に応えられるような——いや、それを超えるような演技をしたい。


(俺はイケメン。俺はイケメン俺はイケメンイケメン……)


自分がイケメンではないのは百も承知だが、それでは良い演技にならない。

自己暗示をかけ、『霧谷怜』というキャラと自分を一体化させていく。


(俺は霧谷怜。俺は霧谷怜、俺は……)


五感が研ぎ澄まされていく。

なんだろう……この感じ。

今までに感じたことの無いレベルの集中が出来ているのが分かる。


そう、まるで自分が霧谷怜である・・・・・・・・・かのような感覚。


「……」







side 葉月凛花


「よし、じゃあ今日はここまで。次に当たるやつは問題を授業前に黒板に書いておくこと、以上!」


4限の数学の授業が終わった途端、根倉くんは早足で教室を出ていった。


「マジさっきの授業眠かったよね~。昼ごはん食べないとやってられないわー」


「凛花ちゃん、ご飯食べよー」


いつも一緒にお昼を食べている友達が、私の机に集まってくる。


「うーん、実は今日お弁当忘れちゃって……。私は食堂で食べてくるからみんな先食べといてくれない?」


「え~、購買じゃだめなの?」


「うん、今日は何だか食堂で食べたい気分」


「仕方ないなー。明日はお弁当忘れるんじゃないぞ~?」


「もち!じゃあ行ってくるね」


そう言って教室を出る。

――が、もちろん向かう先は食堂ではない。


「はぁ……はぁ……。よしっ、到着!」


階段を上った先にあるのは屋上への入り口。

普段は鍵がかかっていて先生の許可がないと入れないのだが、今はドアが半開きになっている。


「失礼しま〜す」


小声でそう呟き、ドアの隙間からこっそりと中を覗く。

するとそこには1人の男子生徒の後ろ姿。

何やらブツブツとつぶやいている。


「ふふっ、見つけたわ――涼雅くん」


おそらく今は台本の練習中。

この現場を見られたら、さすがに根倉くんも言い逃れはできないだろう。

私はドアを開け、足音を立てないように彼の背後に忍び寄る。


今だ!


「わっ!」


彼の背中を軽くたたき、驚かす。


「こんにちは、根倉くん!」


「……」


なぜかリアクションがない。


「ね、ねぇ。聞こえてるんでしょ?こっち向いてよ」


彼がゆっくりと振り向く。

それを見た私は、言葉を失った。

だって、その姿はまるで――


「怜……くん?」


霧谷怜そのもの・・・・だった。

黒い髪に鋭い目つき。そして何より、びっくりする程カッコいい。


「……」


無言で近づいてくる彼に、私は思わず後ずさってしまう。


「ね、ねぇ。根倉くんなんでしょ?」


「……」


「な、何かしゃべってよ!」


「……」


ガシャン


気付けば、私の背中がフェンスに当たっていた。

これ以上はもう下がれない。


そして彼はもう目の前。


ドン!


根倉くんが私の顔の真横に手を突き出す。

これって、まさか……。


「おい、さっきからごちゃごちゃうるせえぞ」


「う、うそ……」


その姿から声まで、「ダンプリ」で主人公をフェンスドンする怜くんそのもの。

画面の中から出てきたかのようなレベルだ。


その体勢で彼は前髪をかき上げ、顔を近づけてくる。


「おい、聞いてんのか?」


「か、カッコいい……」


思わず、心の声が漏れてしまう。


いったい何が起きてるの!?


やばい、近すぎてもう訳が分からない。

心臓の音がバクバクとうるさい。


こんな至近距離で見つめあってたら死んでしまう……。

そう思い、私は顔をそむける。


だが、彼が私の顎を指で上げて目が合ってしまう。


(あ、顎クイ!?)


「人と話すときは目を見て話せって教わらなかったのか?」


「だ、ダメっ!」


ドンっと突き放そうとする私。

しかし、彼は背中に左腕をまわしてホールドしてくる。


な、なんかいい香り……。

って、何を考えてるの私!


「は、離れて!怜くん」


私は手で押そうとするけど、彼の力が強くてむしろ密着してしまっている。


「俺のこと下の名前で呼ぶなって言ってるよな。そのうるせぇ口、ふさいでやろうか?あぁん?」


彼の口が迫ってくる。

夢にまで見た怜くんとのキス。


「くぎゅう……」


頭の処理能力が追い付かなくなった私は、そこで意識を手放した――







ふと我に返ると、俺はフェンスに手を持たせかけていた。

さっきまで台本をよんでいたはずなのに。


あれ、俺は一体何を……?


「も、もうダメぇ~~」


「えっ?」


足元から聞こえる声にびっくりして、下を見る。

するとそこには、ぐるぐると目を回して座り込んでいる葉月さんの姿。

何があったんだ……?


「あ、あの。大丈夫ですか?」


「怜くんダメだよぉ~~」


なんだか様子がおかしい。

というかなんでその名前を知ってるんだ……。


――ひょっとして俺、何かやっちゃいました?



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